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なぜインド人エリートは西葛西に住むのか #1 50年後の「ずばり東京」 - 佐々木 実

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地下鉄東西線沿線の西葛西に“リトル・インド”が形成されているという。東京都内に住む約1万人のインド人のうち、半分ほどがこの地に居を構えている。いつから西葛西はインド人の街になったのだろうか。ジャーナリストの佐々木実氏が、「小さなインド」を旅した。
(出典:文藝春秋2017年7月号「50年後のずばり東京」・全3回)


佐々木実氏(ジャーナリスト)

 ドナルド・トランプ大統領が誕生した際、「トランプ・ショック」が米国にとどまらず海外にまで広がった。とりわけインドでは意外な方面に影響を与えた。日本経済新聞は今年2月1日付のニューデリー発外電で報じている。

《インドで米新政権の政策が地元のIT(情報技術)サービス大手に打撃を与えるとの懸念が強まった。31日のインド株式市場でタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)など各社の株価が軒並み急落。売上高への寄与度が最大の米国で、インド人IT技術者が利用する渡米ビザの要件を大幅に厳格化する法案が提出されたと伝わったためだ。》

 インド最大の財閥タタ・グループのTCSを筆頭とするITサービス企業は、インド人のIT技術者を米国の企業に派遣して稼いでいる。技術者を派遣する際、インド企業は「H-1B」と呼ばれる専門技術をもつ労働者のビザを米国で申請しなければならない。米国では、このビザをもつインド人を採用するかわり米国人を解雇して人件費削減をはかる企業もあり、「アメリカ・ファースト」の矛先が向けられた。実際、トランプ大統領は4月にH-1Bビザの審査見直しに関する大統領令に署名している。インド株式市場のトランプ・ショックは、インドがIT技術者の「輸出大国」であることを皮肉な形で証明したわけである。

 じつは、日本も無関係とはいえない。いま、東京都江戸川区の西葛西を中心にインド人のコミュニティが形成されている。「リトル・インド」と呼ばれることもある。きっかけとなったのが、今世紀に入ってから急増しているインド人IT技術者。日本も「輸入国」なのである。

 1960年代の東京をレポートした開高健も、よもやインドからエンジニアが続々やってくる時代がくるとは予想しなかったにちがいない。なにしろ当時のインドは米国などから一方的に援助を受ける「低開発国」で、「第三世界」に分類されていた。13億の人口を擁する現在のインドは違う。50年前の日本を彷彿とさせる高度経済成長のただなかだ。アジア開発銀行の予測によると、2017年の国内総生産(GDP)の伸び率は前年より0.3ポイント増えて7.4%、翌年は7.6%に伸びる見通しだ。中国の経済成長が鈍化しているので、アジア経済の牽引役は中国からインドに交代するとみられている。


西葛西駅周辺 ©時事通信社

 グローバリゼーションの荒波にのってやってきたインド人と、グローバルなビジネス拠点トーキョーが接触して生まれた“リトル・インド”。インド料理のレストランはもちろん、インド人の子供たちが通う学校があり、インド人が訪れるヒンドゥ寺院がある。IT技術者たちだけではなく、貿易商や飲食店関係者などが渾然一体となり、新たな移民社会をつくりあげようとしている。共同体ゆえに日本人にはいくぶん閉じられてもいる、東京に生まれた「小さなインド」を旅してみた。

色粉をぬりたくった集団

 大企業の本社が集まる大手町駅から東京メトロ東西線で東へ7駅、江東区と江戸川区の区界を流れる荒川にかかる鉄橋を超えると、西葛西駅に着く。駅から南へ数分歩いたところに「子供の広場」と名づけられた公園がある。50m×25mのプールほどの狭いグラウンドがあるだけ。今年3月12日の快晴の日曜日、この小さな公園を目指して西葛西近辺からはもちろん、関東一円から押し寄せるようにインド人が集まってきた。「ホーリー祭」に参加するためだ。インドではよく知られた春の祭りで、あるインド人が教えてくれたところでは、日本の節分と似た祭事だという。

 午前11時ごろ公園に行ってみると、顔に赤、黄、緑など鮮やかな色粉をぬりたくったインド人ですでにごったがえしていた。公園脇にはインド料理の出店、奥の特設ステージでは大音響の映画音楽にあわせ、「ボリウッドダンス」を踊っている一団がいる。公園に足を踏み入れたとたん、ここが西葛西であることを忘れる。


西葛西のホーリー祭 ©佐々木実

「いいですか?」

 目の前にあらわれた小柄なインド人男性が、赤い粉をまぶした指をかざしたまま声をかけてきた。ほっぺたに冷たい粉を塗られてみると、なにやら仲間意識がめばえ、互いの自己紹介がはじまった。

「ヴィカス・コトナラともうします」

 派手な祭りだねというと、ヴィカスは紅色に染まった顔を寄せてきて、「インドではこんなもんじゃないよ」と囁いた。インド西部の内陸の都市アウランガーバード出身だという彼によれば、本来なら色粉だけでなく、水をかけあったりして狂喜乱舞する無礼講の騒々しい祭りなのだという。なるほどよく見ると、地面にはブルーシートが敷き詰められ、主催者の地元への配慮がうかがえる。そのぶん控え目になっているということらしい。

 ヴィカスはインドのITサービス会社から派遣されて、日本の金融機関でビジネス・アプリケーションの開発やサポートに携わっている。32歳独身のIT技術者だ。西葛西駅まで電車で15分の妙典駅(千葉県市川市)近くの賃貸アパートで暮らしている。

「休みの日はわたし、弓道をやりに行きます」。来日2年あまりにしては流暢な日本語でそういい、弓をひくポーズをしてみせた。弓道場に通いはじめて日本人の知り合いができたものの初老の男性ばかりで、同世代の女性はおろか男性とも話す機会がほとんどない、といかにも残念そうな顔でこぼした。

「リトル・インド」といっても、西葛西にインド人専用の住宅地区があるわけではない。インド人が群れをなして歩いているわけでもない。インドでは10月、11月にヒンドゥ暦の新年を祝うディワリという祭りが行われるが、西葛西でもディワリはインド人たちの秋の恒例行事となっている。日本人が「リトル・インド」を体感できるのは、こうした野外イベントでたくさんのインド人を目にしたときにかぎられるといってもいい。

 ホーリー祭には誰もが知る米国系金融機関の日本法人役員をしているインド人なども来ていて、「少なくとも500人以上のインド人が参加した」とも聞いた。小さな公園が1日かぎりでインドと化したようなものだったが、それにしても、なぜ西葛西なのだろうか。

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