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【佐藤優の眼光紙背】菅直人首相は、原子力安全委員長経験者たちの緊急建言を国益のために活用せよ

 4月1日から、菅直人首相、枝野幸男官房長官たちが防災服を脱いで背広に着替え、テレビでも東京電力福島第一原子力発電所の事故に関する報道が減少しているので、体感としての危機感が低下している。しかし、実際には予断を許さない状態が続いている。

この関係で、一般紙は大きく報じなかったが、3月31日付で原子力安全委員長をつとめた佐藤一男氏、松浦祥二郎氏ら、わが国の原子力開発に深く関与した16人の専門家が発表した「福島原発事故についての緊急建言」が重要だ。特に佐藤一男氏は、1999年の東海村JOC事故のときの原子力安全委員長で、このときの経験も踏まえ『原子力安全の論理』(日刊工業新聞社、2006年)を上梓している。『原子力安全の論理』には、今回、福島第一原発で起きた事故が理論的可能性として想定され、シミュレーションがなされている。今次原発事故の内在的論理を知るために最適の書籍だ。

 16人の専門家の緊急建言は、とても重要なので全文を掲載しておく。

福島原発事故についての緊急建言

 はじめに、原子力の平和利用を先頭だって進めて来た者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします。

 私達は、事故の発生当初から速やかな事故の終息を願いつつ、事故の推移を固唾を呑んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、今日に至るも事故を終息させる見通しが得られていない状況である。既に、各原子炉や使用済燃料プールの燃料の多くは、破損あるいは溶融し、燃料内の膨大な放射性物質は、圧力容器や格納容器内に拡散・分布し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている。
 特に懸念されることは、溶融炉心が時間とともに、圧力容器を溶かし、格納容器に移り、さらに格納容器の放射能の閉じ込め機能を破壊することや、圧力容器内で生成された大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである。

 こうした深刻な事態を回避するためには、一刻も早く電源と冷却システムを回復させ、原子炉や使用済燃料プールを継続して冷却する機能を回復させることが唯一の方法である。現場は、このために必死の努力を継続しているものと承知しているが、極めて高い放射線量による過酷な環境が障害になって、復旧作業が遅れ、現場作業者の被ばく線量の増加をもたらしている。
 こうした中で、度重なる水素爆発、使用済燃料プールの水位低下、相次ぐ火災、作業者の被ばく事故、極めて高い放射能レベルのもつ冷却水の大量の漏洩、放射能分析データの誤りなど、次々と様々な障害が起り、本格的な冷却システムの回復の見通しが立たない状況にある。
 一方、環境に広く放出された放射能は、現時点で一般住民の健康に影響が及ぶレベルではないとは云え、既に国民生活や社会活動に大きな不安と影響を与えている。さらに、事故の終息については全く見通しがないとはいえ、住民避難に対する対策は極めて重要な課題であり、復帰も含めた放射線・放射能対策の検討も急ぐ必要がある。

 福島原発事故は極めて深刻な状況にある。更なる大量の放射能放出があれば避難地域にとどまらず、さらに広範な地域での生活が困難になることも予測され、一東京電力だけの事故でなく、既に国家的な事件というべき事態に直面している。
 当面なすべきことは、原子炉及び使用済核燃料プール内の燃料の冷却状況を安定させ、内部に蓄積されている大量の放射能を閉じ込めることであり、また、サイト内に漏出した放射能塵や高レベルの放射能水が環境に放散することを極力抑えることである。これを達成することは極めて困難な仕事であるが、これを達成できなければ事故の終息は覚束ない。
 さらに、原子炉内の核燃料、放射能の後始末は、極めて困難で、かつ極めて長期の取組みとなることから、当面の危機を乗り越えた後は、継続的な放射能の漏洩を防ぐための密閉管理が必要となる。ただし、この場合でも、原子炉内からは放射線分解によって水素ガスが出続けるので、万が一にも水素爆発を起こさない手立てが必要である。

 事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を増大させないためには、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、関係省庁に加えて、日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所、産業界、大学等を結集し、我が国がもつ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取組みが必須である。
 私達は、国を挙げた福島原発事故に対処する強力な体制を緊急に構築することを強く政府に求めるものである。

                             平成23年3月31日

青木 芳朗  元原子力安全委員
石野 栞   東京大学名誉教授
木村 逸郎  京都大学名誉教授
齋藤 伸三  元原子力委員長代理、元日本原子力学会会長
佐藤 一男  元原子力安全委員長
柴田 徳思  学術会議連携会員、基礎医学委員会 総合工学委員会合同放射線の利
用に伴う課題検討分科会委員長
住田 健二  元原子力安全委員会委員長代理、元日本原子力学会会長
関本 博   東京工業大学名誉教授
田中 俊一  前原子力委員会委員長代理、元日本原子力学会会長
長瀧 重信  元放射線影響研究所理事長
永宮 正治  学術会議会員、日本物理学会会長
成合 英樹  元日本原子力学会会長、前原子力安全基盤機構理事長
広瀬 崇子  前原子力委員、学術会議会員
松浦祥次郎  元原子力安全委員長
松原 純子  元原子力安全委員会委員長代理
諸葛 宗男  東京大学公共政策大学院特任教授


 16人の専門家が示した「福島原発事故は極めて深刻な状況にある。更なる大量の放射能放出があれば避難地域にとどまらず、さらに広範な地域での生活が困難になることも予測され、一東京電力だけの事故でなく、既に国家的な事件というべき事態に直面している。」という認識は、適切である。それと同時に、高濃度の放射性物質を含んだ汚染水を海にたれ流すような状態が続くと、諸外国から日本は国際法に違反する「原子力犯罪国」であるという烙印を押されてしまう。国際社会に向けた情報開示を迅速かつ徹底的に行うことにが必要だ。外務省国際法局は、福島原発事故が引き起こしうる国際法に抵触する事態についてシミュレーションを行い、菅直人首相と枝野幸男官房長官に至急報告すべきだ。

 今回の緊急建言を行った16人の専門家の知見を菅首相の政治主導で国益のために生かしてほしい。筆者に具体的提案がある。

 「悪魔の弁護団」を結成することだ。

 イスラエルには、「悪魔の弁護人」という制度がある。インテリジェンス分野で大きな業績を残し、現役を退いた専門家数名がイスラエルの首相直属の「悪魔の弁護人」に指名される。イスラエル軍やモサド(諜報特務工作局)が首相に提出した分析や提言に関して、徹底的なあら探しをするのが「悪魔の弁護人」の仕事である。1973年10月の第4次中東戦争で、イスラエル政府はアラブ連合軍が攻撃を仕掛ける可能性はないと判断を誤った。この戦争でイスラエルは勝利したが、一歩間違えれば、国家が消滅する危険があった。この時の経験から「悪魔の弁護人」制度が設けられたのだ。

 原子力専門家による「悪魔の弁護団」を設け、政府と東電の統合本部で行っている案を批判的に検討させる。16人の専門家は、この建言とともに具体的提案も行っている。例えば、作業環境、作業体制について次の提案を行っている。

・作業を速やかに実施するためには、作業環境、作業体制を整えること。
−−作業場の放射線量をできるだけ下げること。
−−重層的な作業体制をつくって、24時間体制で実施できるようにし、個人の被ばく線量を抑制すると同時に、作業者が適切な休養・栄養・睡眠をとって思わぬ災害やトラブルを起こさないようにすること。
 高レベルの放射線量下での作業は、2−3時間で交代できるようにすべき。
・前線の作業本部はサイトまたはアフサイトセンター内において、サイト内の現場作業と一体になって取組む(被ばくも苦労も分かち合うこと)。
・一個人に役割を集中させず、柔軟な役割分担も必要(現場所長等の超過労に配慮)


 こういう専門家的知見を生かす体制をつくることが真の政治主導と思う。(2011年4月4日脱稿)

■プロフィール
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・元外交官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「3.11 クライシス!」など。

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