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電通の違法残業事件が正式裁判に移行する3つの社会的意義 - 榊 裕葵(社会保険労務士)

7月12日、東京簡易裁判所が、略式起訴された電通違法残業事件につき、書面審査だけの略式命令で終わらせるのではなく、正式裁判を開いて審議をすべき旨の決定を出した。

私は東京地裁のこの決定について、3つの社会的意義があると考える。

■罰金30万円だけでは刑事罰として意味が無い


第1の意義は、電通に対して実質的な意味での刑罰を与えるという意義である。

電通は法人として労働基準法違反で起訴されたのであるが、労働基準法で定められた法人への刑罰は、驚くほど軽い。今回のような36協定違反で違法な残業をさせた場合の刑罰は、なんと「30万円未満の罰金」に過ぎない。5兆円近い連結売上高を誇る電通にとっては、略式審査をして「30万円の罰金を納付しなさい」という命令を出したとしても、刑罰としての意味はほとんど無いであろう。

この点、もちろん正式裁判をしたからといって、罰金の上限が30万円以上に増えることはない。しかし、今回正式裁判をすることが決まったということで、早速各メディアが大きく報道をしていたので、改めて世間の注目を集め社会的制裁を受けたということは、電通にとっては30万円以上の痛みであったであろう。

また、正式裁判が決まる前であるが、経済産業省は電通の略式起訴を受け、1か月の新規取引停止を発表した。
大手広告会社「電通」が労働基準法違反の罪で略式起訴されたことから、経済産業省は来月10日までの1か月間、電通がPRイベントなどの入札に参加できなくする措置をとったと発表しました。(中略)経済産業省は「社会的な影響を考慮して今回の措置を決めた。これまでに契約した事業については変わりはないが期間中、新たな契約を結ぶことはない」としています。電通に対しては農林水産省や国土交通省も同様の措置を検討しているということです。(NHK NEWS WEB  7月12日11時08分)
上記報道のよう、他の省庁も電通との取引停止を検討しているということであるが、正式裁判への移行決定は、こうした取引停止の決定にも影響するであろう。官庁が電通との取引を停止することは電通のイメージダウンにつながり、民間企業の中にも取引見直しを検討する会社も出てくるであろうから、受注減や売上減という意味で、電通への事実上の「罰金」になると考えられる。

■社会全体がこの事件を「共有」することができる


第2の意義は、正式裁判は公開制なので、私たちが「何が起こったのかを知る」ことができるという意義である。

略式命令の場合は、非公開の書面審査だけで終わってしまうので、私たちは、裁判所が何を考え、どのような判断で求刑をしたのかということや、電通はそれをどう受け止めたのかなどを知ることができない。

これに対し、裁判は公開で行われることが原則なので、傍聴をすることが可能であるし、判決文を閲覧することも可能である。

裁判の内容が分かれば、これをもとに有識者がテレビで討議をしたり、ブログで見解を公開したりするであろうから、今回の事件が様々な角度から分析され、同じような労働問題を発生させないためにはどうしてば良いかという研究や、過重労働を許さないという世論もますます強固なものになっていくであろう。

今回、東京簡易裁判所が出した正式裁判を行う決定は、この事件を「電通と裁判所や検察だけのブラックボックス」ではなく「誰もが見ることができる開かれた場所」へ引きずり出し、社会全体の問題として扱うことにした、という意味で、非常に大きな社会的意義があるのではないかと私は感じた。

■「一罰百戒」の効果がある


第3の意義は、労働基準法に違反することの重大性を世の中に認識させたという意味で、「一罰百戒」としての効果があるという意義である。

確かに、起訴前の段階でも、電通への徹底した捜査は「国策捜査」ではないかという批判的な意見も聞かれた。国策捜査の是非についてはここでは論じないが、社会保険労務士である私としては、電通への強制捜査をきっかけに「過重労働やパワハラを排除していかなければならない」という世論が一気に高まったことで、36協定による労働時間延長の絶対的な上限設定に向けた法改正が進んだことなど、我が国の労働環境改善にとっては大きなターニングポイントになったのではないかと肯定的にとらえている。

それと同様に、今回、電通が正式裁判を受けることになったという事実は、各企業の経営者や人事担当者に対して、「今後は自社でも労働基準法違反があれば裁判を受けるリスクがあるのだ」ということを認識させ、襟元を正させる効果があったのではないだろうか。

本来であれば、各労働基準監督署が管轄地域の違法企業を1社1社取り締まっていくべきなのであろう。しかしながら、企業数に対し、労働基準監督官の数が不足しているというのが我が国の現実なので、一刻も早く我が国から過労死を根絶するためには、たとえ「国策捜査」と言われたとしても、世の中に大きなインパクトを与え、国全体の労働環境を改善していくというショック療法的なアプローチは、我が国にとって不可避なのではなかろうか。

■過重労働を命じたりパワハラを行った個人の刑事責任も問うべき


なお、これは私個人の意見であるが、今回正式裁判に移行したのは「法人」としての電通だけであるが、悪質性の高い場合は、過重労働を命じたり、パワハラ行為を行った「個人」にも、正式裁判でしっかりと責任を問い正していくことが、過重労働やパワハラの抑止につながっていくのではないかと考えている。

私は、昔勤めていた会社で、ある社員が上司に詰められていて、あまりにも激しく詰められて卒倒した瞬間を目撃したことがある。その人がスローモーションのように倒れた瞬間を今でも思い出すことができる。

激しく詰めていた上司も、部署としての成果を出すために部下に発破をかけていて、卒倒させることまでは考えていなかったであろうが、会社の中で「上司と部下」という関係になると、ある種の感覚が麻痺してしまうのかもしれないと思った。

そういった感覚の麻痺を起こさせないためにも、会社から与えられた立場や権力を用いて、部下に長時間労働をさせたり、パワハラを行ったりした「個人」にも「それは仕事上のことで」とか「立場上のことで」という逃げを許さず、「1人の人間」として刑事責任を問われるような世の中になっていかなければならない。そうすれば、経営者や上司たる立場の人に良い意味での緊張感や自覚が生まれ、自分がパワハラを行うのはもってのほかで、誰もが働きやすい職場をつくらなければならないというう意識を強く持つようになるのではないだろうか。

そして、経営者や上司は、力で部下を押さえつけるのではなく、モチベーションを引き出したり、インセンティブを与えたりして部下を導いていく存在であってほしいと私は思っている。

■結び


最後はやや話が逸れてしまったが、私は電通の正式裁判が世の中にどのようなインパクトを与えていくのかを見守っていきたい。

《参考記事》
■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵
http://polite-sr.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/
■電通の「整備された労働環境」は、なぜ新入社員の自殺を生み出したのか? 榊 裕葵
http://polite-sr.com/blog/dentsu_mondai
■東芝メモリ分社化で従業員の雇用は守られるのか 榊 裕葵
http://sharescafe.net/50991370-20170403.html
■「非常に強い台風」が接近していても会社に行くのはサラリーマンの鏡か? 榊 裕葵
http://sharescafe.net/49408703-20160829.html
■働き方改革第一弾として、ホワイトカラーが今すぐ無くせる5つの残業 榊 裕葵
http://sharescafe.net/50496544-20170123.html

榊裕葵 
ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー
特定社会保険労務士・CFP

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