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【MIAUの眼光紙背】Amazonで「一度買った電子書籍が読めなくなった」と大騒動

端末の開発や配信サービスの試行錯誤が続く電子書籍。その中で、意欲的試みとして注目されているのが、Amazonが発売している電子書籍リーダー「Kindle」だ。

Kindle端末で表示できる電子書籍は、携帯電話通信を利用してAmazonが用意したネットワーク・WhisperNetを通し、通信費込みの安い価格で配信するビジネスモデルが構築されている。DRMも非常に強く、PCから移したPDFを表示できないこともあり、顧客を囲い込む性格の強いサービスと言える。

そのKindleだが、7月半ばに「買った本が突然消えた!」と話題になった。ユーザーの端末から一斉に消えたのは、MobileReference社が販売したジョージ・オーウェル作『1984年』と『動物農場』の電子書籍版。報道によれば、が同書の配信を止めたところ、WhisperNetでサーバと同期したユーザーのKindleから同書が消去されたという。購入代金は払い戻されたが同書を消されたユーザーからの抗議の声が挙がった。それを受け、Amazonは「今後同様の状況で端末から書籍を消すことはしない」とコメントした。発売元のMobileReference社と配信元のAmazonが問題の電子書籍を引っ込めた理由は「著作権」にある。MobileReference社はジョージ・オーウェル(1950年没)の作品を売り始めたが、死後70年まで保護のある米国では著作権が切れていなかったのだ。

ここまでがKindleをめぐって最近起きた騒動の顛末だが「おや?」と思った読者も多いのではないか。そう、これは米国での話である。Kindleは日本で売られていない。また、著作権問題を云々しようにも、日本では『1984年』と『動物農場』の保護期間がすでに満了しており、日本では「著作権フリー」になっている。

米国の騒動ではあるが、日本人から見ても示唆されるものは多い。これは、ユーザーがコンテンツを買うことに関する“古くて新しい問題”を思い出させる事件だからだ。言い換えれば、それは「ユーザーが支払ったのは“本を読む対価”なのか、“本を所有する対価”なのか」ということだ。

本などの「モノ」にコンテンツが載った商品を買ったとしても、これを許諾なくコピーしてばらまくことは著作権法で禁じられている。しかし、買った本を繰り返し鑑賞するのも、誰かに譲るのも、あるいは枕に使ったり捨ててしまったりするのも自由だ。この「自由」を買っているのだという感覚が、長らくユーザーの側にはある。

しかし、一度配信されたコンテンツについてはどうか? ユーザーは配信サービス会社の「利用規約」に同意してコンテンツの提供を受ける。「規約の範囲内でなら利用しても良いですよ」という約束事だ。「モノ」を買った時とは違い、殆どは譲渡や転売ができない。

ただ、「配信」と一口に言っても、ユーザーのPCや携帯端末にファイルがコピーされる「ダウンロード」販売と、鑑賞のたびにサーバへアクセスする方式(ストリーミングなど)では、ユーザーの意識に差が出てくる。ダウンロード販売では「モノ」を購入した感覚になじみやすいが、その一方で強いDRMがかかったファイルだと、DRMの認証サービスが終了してファイルのアクセスすらできなくなる場合もある。それを容認しなければならないとすれば、それは既に「モノ」を所有する感覚とは別物だ。

鑑賞のたびにサーバへアクセスする方式なら、ある時点から一部のコンテンツが配信されなくなることは頻繁にある。この場合、配信がストップしたことを悲しむユーザーは少なからずいるだろうが、自分の所有物を奪われたとまでは思わない人が多いはずだ。

先のKindleの騒ぎで興味深かったのは、電子書籍の「消去」をもたらした配信システムが、これらのダウンロードとサーバアクセスを同期させるもの――つまり中間の存在だったことだ。そして、利用規約がAmazonの「削除」を予告していたのかという問題は置くとしても、Kindleユーザーの意識は「モノ」を買ったという点にあり、ユーザーから抗議が殺到した結果、あのAmazonに「もう消去しない」と言わせることができた。これは、「モノ」を所有している感覚がデジタル時代にもまだ色濃く残っており、その構造がユーザーの反発を生んだようにも思える。コンテンツ配信の普及期にある今の段階ではこれまでの「モノ」の所有の延長で自由さを求めるユーザーが多いことは想像に難くない。その一方、もしユーザーの“所有者”としての自由が制限されるような――たとえば電子書籍を「消去」するような場面をあらかじめ規定しているような「利用規約」のコンテンツ配信が登場すれば、コンテンツを買う行為とユーザーの“所有”の結びつきは揺らいでいく。

当面の間、さまざまに登場するコンテンツ配信に対し、ユーザーはどう考えれば良いのだろうか。利用規約の内容を精査しながら、より「モノの所有」に近い条件を示す配信サービスを選んでいくしかないだろう。あるいは“一時的に利用する権利を買っている”と割り切ってサービスを使うか。私などは「モノの所有」にこだわる古い人間だから、それを維持できる配信サービスを探しつつ試行錯誤していくと思う。

しかし、「モノ」から離れても、ためらいなく対価を支払える感覚が社会のコンセンサスとなっていくのかというところも今後のコンテンツ配信の未来を考える上では興味深いポイントだ。今回の騒動が投げかけた問題は、我々がコンテンツの「所有欲」というどのように向き合えばいいのか考える上でとても良いケーススタディである。単なる電子書籍の未来というだけでなく、デジタルコンテンツの未来や、著作権問題を語る上で今後はユーザーの「所有欲」を抜きには語れなくなるだろう。

(谷分章優/MIAU事務局長、フリーライター)

プロフィール:
MIAU 2007年設立。ネット上の世論を集約し、政策提言などを行う団体。著作権法関連の動きについて、ネットユーザが意見表明するためのサポートを行っていくことを目的として設立された。
公式サイト:MiAU

眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。バックナンバー一覧 Readerに追加RSS

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