年明け、世界中の音楽業界を驚かせるニュースが報じられた。世界の音楽業界をリードする「4大レーベル」のワーナーミュージックグループとソニーBMGが相次いで米ネット通販大手のAmazon.comを通じてDRM(デジタル著作権管理機能)の付かないMP3形式の音楽データ販売を始めたのだ。
DRMの付かないMP3形式の音源はPC上で無制限にコピーすることが可能。これはネット上にアップロードすることもできるということで、MP3形式が普及し始めた1998年頃からネット上にMP3音源が違法アップロードされる問題の根源になっていた。このため、音楽の違法コピーの流通を恐れた大手レコード会社は、自らが運営する合法音楽配信サービスでは複製回数に制限を付けたDRM付きのファイルを販売していた。
「音楽配信といえばDRMがかかっているもの」。この考え方に変化が現れたのは、昨年2月のこと。自ら音楽配信サービスiTunes Storeを運営する米アップルのスティーブ・ジョブズCEOが、アップルのサイトに「消費者にとってもっとも望ましい選択はDRMなしで音楽を販売すること。レコード会社が認めるならばiTunes StoreでDRMなしの音楽ファイルを販売する」とするコラムを公開したのだ。
なぜ、ジョブズ氏はDRMフリーにこだわったのか。それは音楽ビジネスの主流がいまだに「CD」というパッケージ商品に縛られていることに他ならない。音楽CDは20年以上も前に作られた規格であり、DRM付きで販売することが技術的に難しい。だが、パソコンとCDドライブが登場したことで、CDに収録されている楽曲をパソコン上で簡単にコピーすることができるようになった。「iPod」に代表される携帯音楽プレーヤーが登場したのもCDがDRMに縛られない古い規格であったが故のこと。iPodはCDにDRMが付けられていなかったから誕生した、ある種の副産物的ヒット商品と言える。
もちろん、レコード会社もこうした状況をただ手をこまねいて見ていたわけではない。CDにDRMをかけて販売するため、大手レコード会社は2002年頃からCDにDRMを付けた「コピーコントロールCD(CCCD)」というディスクを市場投入した。しかし、CCCDは品質が非常に悪く、消費者の強い反発を受ける。2005年には4大レーベルの1つソニーBMGが、ウイルスのような挙動を行う「rootkit」を組み込んだCCCDを出荷し、ユーザーのパソコンのセキュリティに大きな被害を与えた。これは大規模な訴訟問題に発展し、ソニーBMGは多額の和解費用を支払うハメになった。この問題がきっかけとなり、音楽業界はCDにDRMをかけることを諦めざるを得なくなったのだ。
レコード会社がCCCDを諦めた結果として、音楽配信が普及し始めた現在でも、市場ではDRMなしの音楽CDが毎年何十億枚と売られている。この現状がある限り、ネット配信サービスでいくらDRMをかけても海賊版の根本的な対策にはつながらない。そこでジョブズ氏はレコード会社にDRMの撤廃を持ちかけた。ジョブズ氏はレコード会社幹部とねばり強く交渉し、コラムの発表から約4カ月後、4大レーベルの1つであるEMIグループがiTunes Storeを通じてDRMフリー音源の販売を開始することになった。
EMIの決断を受け、8月には同じく4大レーベルの1つユニバーサルミュージックグループもDRMフリー音源の配信を開始。そして昨年末から今年にかけ、2社もDRMフリーに踏み切った。ジョブズ氏の問題提起から1年も経たずに4大レーベルすべてがDRMフリーになったのだ。
米国の音楽業界アナリストであるグレン・ピープルズ氏は「EMIがDRMフリー音源の販売を開始して以来、音楽配信の売り上げを伸ばしている」と
自身のブログで指摘。4大レーベルが相次いでDRMフリーに参入したのは、「DRMフリー」が売り上げへのポジティブな効果をもたらしたことが確認できたから、とも言えそうだ。いずれにせよ、4大レーベルが参加したことで、今後欧米の音楽配信はDRMフリーが事実上の「標準」になるのは間違いないだろう。
だが、こうした動きが日本にもすぐに入ってくるかというと、それは疑わしい。日本の音楽配信は売り上げの90%をガチガチのDRMをかけた携帯電話向け音楽配信サービスである「着うたフル」が占めているからだ。着うたフルが十分な市場を形成しており、売り上げを年々伸ばしている事実がある以上、パソコン向け音楽配信を盛り上げる必要はないというのが日本のレコード会社の本音だろう。
日本には、世界にも類を見ない「CDレンタル」という特殊なインフラもあるため、PC向けネット配信が伸びないという問題も抱えている。しかし、「DRMフリー」が国際潮流になってきていることも事実。今後音楽のDRMをどのようにしていくべきか、日本独自の特殊事情を踏まえ、大局的な視点でDRMを捉え直さなければならない時期がすぐそこまで来ている。(津田大介)
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