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北朝鮮帰国事業に熱心だった日本共産党の罪 - 小島晴則 (北朝鮮帰国事業をめぐる写真集『最後の別れ』著者)

帰国事業支えた共産党

 終戦時、私は14歳の軍国少年でした。新潟県の農家の次男坊として生まれ育った私は、海軍飛行予科練に志願。航空隊として入隊する直前、8月15日の玉音放送を聞き、これからどう生きていけばよいのか暗闇の路地に入り込んだような気持ちでいました。昭和21年、米を担いで上京。焼け野原の東京に驚きました。帰途、上野駅で売っていた「赤旗」を読んだことが動機となり、18歳の時に日本共産党に入党しました。

 徳田球一や志賀義雄といった、獄中から出てきた幹部の書物を貪るように読みました。まもなく共産党系出版物を扱う専門書店へ勤務し、その店が閉店するまで7年間働きました。その後、新潟地区の労働組合関係の仕事を2年間、さらに朝鮮総連の推薦もあり、昭和34年8月、新潟県帰国協力会の事務局で専従職員として働くことになりました。北朝鮮帰国事業が同年末から始まるため、全国から新潟市に集まる帰国者の最後の3泊4日間の生活を支援し、温かく送り出す仕事でした。

 当時、日本には約60万人の在日朝鮮人がいて、終戦後、多くの人たちが帰国しましたが、まだ日本に残っている人たちが北朝鮮に移住して、人生をやり直そうとしていました。その頃は、韓国よりも、北朝鮮のほうが発展しているように思えた時代です。今では考えられませんが、北朝鮮は社会主義の国であり、社会主義の理想がまばゆく思えた時代でした。

 帰国事業では合計9万3000人もの朝鮮人が新潟港から船に乗って北朝鮮に渡りました。日本人妻も1800人ほどいます。私は帰国協力会に8年あまり在籍し、155回にわたって北朝鮮に渡る船を見送りました。

 当時、〝帰国3団体〟として、朝鮮総連、帰国協力会、日朝協会があり、新潟県帰国協力会・日朝協会の事務局員は4人全員が共産党員でした。また朝鮮総連の人たちも、戦後すぐは日本共産党員として活動していた時期がありました。

 帰国事業は自民党や社会党などの超党派で帰国協力会を推進母体として組織し、多くのマスコミも応援して実施されたものですが、その手足となって支えたのは日本共産党の党員です。

 当時、日本共産党は北朝鮮の朝鮮労働党と名実ともに「兄弟党」の関係にありました。帰国者のほとんどが実際は韓国地域の出身者でしたが、その人たちが自分の故郷とは異なる北朝鮮に渡るということは、平等な社会建設という〝新興宗教〟のようなイデオロギーを信じていたからにほかなりません。

 日本共産党員であった寺尾五郎氏が『38度線の北』という北朝鮮を讃える本を出版し、多くの人がそれを信じて帰国したのです。  私も最初の船を送り出した昭和34年12月のことは忘れられません。波止場での絶叫シーン――。時代を動かす大事業に参加しているという高揚感と、社会主義朝鮮と直接関わることの気分的な優越感を抱き、月給は当時のサラリーマンの3分の1程度でしたが、張り切って働きました。

「地獄」へ送還し続けた責任に知らんぷり

 当初、50万人くらいの朝鮮人が帰国するだろうと豪語していた朝鮮総連の幹部もいましたが、事業が始まって3年目の昭和36年になると、帰国者が激減しました。「地上の楽園」と信じて海を渡った家族や親族から、北朝鮮は決して楽園ではない、むしろ地獄だと知らせる手紙が届くようになり、帰国を中止する人々が増えたからです。帰国事業は最初の2~3年で事実上終わってしまいました。

 私たちの仕事の一つは北朝鮮と新潟港を往復する船を出迎え、乗って来る北朝鮮の関係者らと打ち合わせすることでした。当時、新潟の共産党は上意下達のコチコチの幹部が多く、幻滅していました。建前は平等をうたいながら、幹部とヒラ党員間には大きな格差があったのです。しかし、仕事を通して垣間見る北朝鮮の人たちの格差は、それをはるかに上回っていました。幹部と部下の関係は、まるで王様と土下座する下僕のようで、社会主義の理想を持ちながらも、現実とのあまりに大きなギャップを見て、私はこの国はまともではないと思うようになりました。

 結局、昭和42年ごろには帰国船は中止、帰国協力会のほうも資金にも事欠くようになりました。私は退職することにし、同時に共産党も離党しました。独立して、呉服の担ぎ商いを始めました。

 北朝鮮に渡った人の多くが話が違うと感じ、騙されたと思ったようです。私の所にも、20~30人くらいの日本人妻や帰国者から近況を伝える手紙が来ていました。そうした手紙も、10年ほど前を最後に届かなくなりました。帰国から50年余りが経過し、ほとんどが死没してしまったようです。

 私は北朝鮮に多くの人々を送り出す事業で、仕事とはいえ、北朝鮮を信じ、本当に申し訳ないことをしてしまったという自責の念にさいなまれました。罪滅ぼしの一つとして、横田めぐみさんの救出運動に取り組むようになりました。

 めぐみさんの拉致については、平成11年ごろ、新潟市議会の委員会に私が招かれて質疑が行われた際、共産党市議が「拉致の証拠もないのに、北朝鮮が憎いので『拉致救出』をやっているのだろう」などと屁理屈をまくしたてていました。ところが、5人の拉致被害者が帰国すると、「わが党は拉致問題に取り組んできた」などと街頭演説している姿を見て、この党はつくづく信用できないと感じました。

 振り返ってみると、北朝鮮が社会主義国でなかったら、帰国事業は存在しなかったと思います。朝鮮総連が主体となり、日本共産党が中心となってそれを支える形で、この事業は行われました。

 当時の共産党には、社会主義国と直に連携している強みがありました。皮肉なことに、私は帰国事業に関わるなかで、社会主義の現実を垣間見、その幻想が頭から抜けていきました。昭和39年には私自身も訪朝する機会がありました。自分の目で直接確認した北朝鮮の現実は、やはり「楽園」などではなく、暗いものを感じました。

 仲よくなった朝鮮総連の関係者と本音で話すこともありました。社会主義の平等はあくまで建前で、実際はひどい社会だとの認識は同じでした。ただしそれを他の人に知られたら、密告されて大変なことになるので、内緒でした。

 要するに、日本共産党は、帰国事業に主体的に関わったのです。全国の帰国協力会は、共産党が主体になってつくられたものです。共産党は今になっても、その結果責任を認めようとはしていません。非常に無責任な姿だと感じます。

「里帰り」実現に尽力を

 向こうに渡った9万3000人の帰国者のうち、今も生きている方はほんのわずかだと思います。日本をたつときに、多くの人たちが数年で里帰りできるという虚偽を信じていました。ところがその後、一度として日本に戻ることができなかった人がほとんどです。

 私は公明党には、帰国者や日本人妻の里帰り実現のために、尽力してほしいと切望しています。小泉政権のもとで、拉致被害者の一部は帰国できましたが、ほかにも、日本を本当に恋しいと思いながら過ごしている人が現地にはいます。

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 私はこの2月で86歳になりました。帰国協力会の事務局にいたころの8年間に撮りためた膨大なフィルムを、3年半かけて整理し、675ページの記録写真集『写真で綴る北朝鮮帰国事業の記録』として発刊しました。先日、衆議院議員、漆原良夫先生に写真集を寄贈した際、日本人妻・帰国者の里帰りや拉致救出のために力を発揮し、この国の政府を動かしてほしいとの手紙を添えました。

 一昨年のことですが、共産党の志位和夫委員長が「北朝鮮にリアルな危険はない」などと述べたそうです。日本共産党はいまだに色眼鏡で北朝鮮のことを見ているのかと感じざるをえません。帰国事業の片棒を担ぎ、在日朝鮮人を「地上の楽園」ならぬ地獄のどん底にたたき込んだ役割を、朝鮮総連とともに、日本共産党が大きく果たしたのです。今回の写真集が当時の熱気とともに、北朝鮮問題を考える参考資料となれば幸いです。

こじま・はるのり●1931年2月、新潟市生まれ。50年、日本共産党に入党。左翼専門書店での勤務を経て、新潟県帰国協力会事務局に勤務。67年、新潟県帰国協力会事務局長・日朝協会新潟県連事務局長を辞任、共産党を離党する。97年から「横田めぐみさん等被拉致日本人救出新潟の会」会長を務め、現在に至る。編著に『幻の祖国に旅立った人々 北朝鮮帰国事業の記録』『写真で綴る北朝鮮帰国事業の記録 帰国者九万三千余名 最後の別れ』(共に、高木書房)。

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