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京都の老舗旅館が「従業員年収1000万円」を本気で目指すワケ - 中西 享 (経済ジャーナリスト)

 経営が難しいと言われる従業員が20人程度の小規模旅館。日本最大の観光資源を抱える京都市内で、老舗「綿善旅館」を経営する若女将が、旅館業務のマニュアル化など効率化を実現することにより「従業員1人当たりの年収を1000万にする」という目標を掲げ日々、奮闘している。この斬新な取り組みが古い習慣のしみついた旅館の生産性を大幅に向上させたことが評価され、6月21日に首相官邸で開催される「第2回生産性向上国民運動推進協議会」で安倍晋三首相らの前で成功事例として紹介される。事業継承や人手不足など難題を抱える中小企業の経営者にとって「中小でもやれば、できる」事例として大いに参考になりそうだ。

おの・まさよ 1984年生まれ。2007年に立命館大学卒業。同年に三井住友銀行に入行、10年に退職。11年に家業の「綿善旅館」に入社、15年4月産休を経て若女将として復帰。京都市出身

創業は天保元年

 京都市中京区で27部屋ある旅館の創業は江戸時代の1830年(天保元年)までさかのぼり、185年以上も続いてきた超老舗だ。富山の薬売りだった商人が京都に出てきて薬屋を営むかたわら、遠方から京都にやって来た呉服屋に宿を提供したのが創業のきっかけで、以来、暖簾を引き継いできた。

 後を継ぐはずの男子がいなかったため、若女将になったのは3姉妹の長女の小野雅世さん(33歳)。大学卒業後に銀行員となり、旅館業経営にそれほど興味はなかったが、経営を手伝っているうちに古い体質が目に付くようになり、「これでは駄目だ」と痛感、2015年4月から若女将として覚悟を決めて経営に本格的に参画するようになった。数十代続いてきた商売人のDNAは、若女将にしっかりと引き継がれた。

 正社員は20人、アルバイト・パートなどが20人前後という観光地によくある旅館だ。若女将という立場で経営をみたところ、「従業員の私物と仕事道具が混在しているなど、無駄なことが多すぎたので、まずは仕事場の整理整頓から始めた」。銀行員をしていた経験から非効率な点に気付いたため、従業員に直すように言っても、聞く耳を持たなかったという。

 立て直し方法に手詰まり感が出ていた時に、京都のほかの旅館から生産性を向上させるモデル事業として応募してみないかという誘いがあったので、「全国にPRできる絶好の機会」だと思い、応募を決断した。16年に生産性本部の専門家に2週間ほど仕事ぶりを見てもらい、経営の見直し提言をしてもらった。

マニュアル化

生産性向上を図る小野さん

 提言を受けてからこれを実践するためにどうするか悩んだ末に、従業員全員に情報を共有化することから始めた。32歳の男性社員の提案で、フロント係、客室係など誰でも見ることができるタブレット端末を配置した。従業員に口頭で注意しても、やりたくないことは「聞いてなかった」とか言い逃れされたが、タブレットに伝達事項を表示することで、全員に情報を伝えることができるようになった。「高齢の従業員からは反発されるのではないかという不安があったが、シンプルなことしか書かなかったので、徐々に浸透していった」。

 次のステップは、従業員によって異なる仕事内容を統一化だった。「布団を敷く、配膳をする場合でも人によってやり方が違い、それぞれの癖があったので、すべての仕事をマニュアル化して、誰がしても変わりないようにした。うちのような小規模旅館の場合は、全室にIT機器をいれるほどの設備投資はできなかった」と話す。

 タブレットを誰でも使いこなせるようになり、宿泊者の旅館についての口コミをタブレットのトップページに載せて、何時でも見られるようにするなど、使い方も進化した。情報共有が進んでチェックインからチェックアウトが効率的にできて、目に見える形で生産性がアップした。

 ある時、ベテランの客室係が交通事故に遭い、長期間休まざるを得なくなった。「以前だったら、とても仕事が回らなかっただろうが、仕事をマニュアル化して、1人の従業員が何役もこなせるマルチタスク化ができていたおかげで、臨時に人を雇うことなく乗り切ることができた」と振り返る。

人事考課を導入

 このクラスの事業規模の場合、多くは家族主義的な経営を踏襲して、人事考課制度などは導入していない企業が多い。しかし、「まともな企業にするために、人事考課を導入した。考課は5段階評価で、まず本人が自己評価をして、直属の上司が評価し、最終的に私と社長の2人が人事評価を行う。人事考課の内容はプリントに表示して、何ができて何ができなかったのかが一目瞭然で分かる。評価に不満があれば、従業員とじっくり話し合う。これを示すことで、従業員に対しても目標を明確化することができた」と人事考課の重要性を強調する。

 経営面で文字通り社長の右腕となった若女将は、従業員の待遇改善でも努力している。京都の旅館で高卒従業員の税込み月収は約17万円前後だが、19万円と奮発している。「優秀な人材を集めるためには、小規模な旅館では待遇を良くするしかない」と指摘する。さらに「従業員の平均年収を1000万円にする」という壮大な目標を掲げた。「いまの売上が約3億円なので、生産性を上げ、売上をあと2億円増やせば実現可能だ」と目標達成には自信がある。従業員に対しても伝えてあるそうで、これが少しでも仕事を頑張ってくれる材料になればと思っているという。旅館経営者や中小企業経営者が聞いたら、即座に実現不可能な大言壮語としか思わないだろうが、小野さんは近い将来の実現を視野に経営に当たっている。

「天ぷらナイト」

 10年以上も前から、これからは外国人宿泊客が大事な客になるとして積極的に受け入れてきた。当時は「インバウンド」という言葉もなく、どちらかというと外国人客を敬遠していた時代だった。客室には風呂がない部屋もあったので外国人の宿泊は埋まらなかったが、5年前に風呂のない部屋に全室シャワーを設置したことで外国人を多く泊めることができるようになり、稼働率が大幅に向上した。 1人でも新規採用をするのは難しい小規模旅館で、今年は正社員を4人採用したという。高卒2人、専門学校卒1人に加え、大卒の中国人1人も採った。宿泊者の3~4割は修学旅行生で残りは一般客だが、平日は大半が外国人だという。その多くが中国、韓国などアジア人だ。フロント係など大半の従業員は英語が話せるように自分で勉強したという。客室係も簡単な英語は話すことができ、分からない場合はタブレットを使って理解できる係に尋ねる。

 だが、外国人は宿泊をしても、旅館で飲食をしない客が多いのがネックになっていた。旅館にしてみれば飲食でお金を使ってくれないと、稼働率は上がっても売り上げ増につながらない。そこで旅館の大広間を使って、外国人宿泊客をターゲットに夏場の火曜日の夜に天ぷらの実演・会食を行う「天ぷらナイト」を3年前に企画、これで外国人の飲食を伸ばそうと試みた。外国人にはそれほど受けなかったが、「美味しい天ぷらが居酒屋の雰囲気で食べられる」として逆に日本人客に大受けし、「天ぷらナイト」はこの地域の夏の有名イベントにまでなっているという。

 京都の小規模旅館は事業継承ができなくて、外資に買収されるなど、長年続いてきた店を閉めざるを得ない事例が多いという。「綿善」は今年の春にゲストハウスをオープンするなど、新たな展開もしようとしている。同じ経営環境の中で新境地の開拓に成功した事例は、ほかでも使えるノウハウが詰まっているため、成功事例をパッケージ化する試みもされようとしている。 

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