記事

記者会見は論争の場ではない

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

政権発足から半年が近づくが、トランプ大統領とメディアの摩擦は、いっこうに収まらない。5月には連邦捜査局(FBI)前長官の解任問題について、大統領とホワイトハウスの説明に食い違いが出たことから対立はまた激化した。

最近のトランプ政権の先鋭的なメディア対応として 5月9日、ウェストバージニア州で、独立系ネットメディアの記者が、政府活動妨害容疑で逮捕された事例がある。この記者は、同州の議事堂内でプライス厚生長官にオバマケアの代替法案について遠くから大声で質問、無視して議事堂を出る長官を追いかけて質問を繰り返したという。逮捕はいささか過剰反応という気もするが、相手が政府要人といえども質問する記者は、社会人としての最低限のルールは守らなければならない。この取材方法は乱暴で、取材のためならどんな無礼も許されるというわけではないだろう。

アメリカだけでなく、伝統的にメディアの政府批判が厳しいフランスでも、政治家とメディアの軋轢が高まっている。大統領選中、マクロン候補寄りの報道を続ける多くのメディアに、ルペン候補は「メディアはヒステリックなキャンペーンをしている」と非難した。一方、勝利したマクロン大統領も、攻撃的な仏メディアが苦手なようで、5月末の西アフリカ諸国歴訪に当たって、同行する記者をエリゼー宮が独断で選択、選考に漏れたジャーナリストたちから「取材者を決めるのは、俺たちだ」と厳しい抗議を受けている。だが、その後も閣僚にメディアに情報を漏らさないように厳命するなど、メディアと距離を置く政権となっている。

長らくジャーナリストという仕事に関わってきた身としては、今、多くの国で派生している政府とメディアの摩擦を憂慮している。トラブルが主に記者会見の場で起きていることも気になる。記者会見は本来、行政機関などの情報開示の場であり、国民生活に重大な影響を及ぼす情報を周知するのが目的だ。為政者が世論操作を狙って意図的な情報を流すのは論外だが、外交、国防機密など国家の根幹を揺るがす情報まで、すべてを公開する必要はない。

会見の内容に不明な点がある時や、齟齬(そご)のある部分について、記者がその場で糺すのは当然だが、自分の意見と差異について討論する場ではない。しかしながら、記者の中には、記者会見を自説開陳の場と勘違いしている人もいる。酷い例になると、売名行為と思わせる身勝手な質問をする人さえいる。

また、相手に設営して貰った記者会見で、すべての情報を得ようとするジャーナリストが多いのも不思議だ。われわれが若い頃、わざと記者会見を欠席する先輩記者がいた。「会見で話される情報など、自分はとっくに知っている。それに自分は独自のルートで貴重な情報を得られるから、君らのような凡俗の記者とは同席しない」という事だった。ここまで粋がることはないが、お仕着せの記者会見の情報に頼る過ぎる記者は、それこそ凡庸だ。独自の取材網を育み、政治家や行政官と対等に情報交換をしながら、自分の信念に沿った取材を進めて行くのが本筋だ。

記者会見がメディアと政府の諍いの場になると、米、仏大統領のように会見を好まないリーダーが増えてくる。もともとアメリカには、「インナー・サークル」と呼ばれる大統領に近いジャーナリストだけで構成される情報取得ルートが存在する。見当違いの攻撃を繰り返すジャーナリストが増えると、アメリカだけでなく他の主要先進国でも信頼できるジャーナリストのみに情報を提供する傾向が増すだろう。

5月中旬、北京で開催された巨大経済圏構想、「一帯一路」に関する国際フォーラムで記者会見に応じた習近平主席は、1時間も遅れて会見場に姿を見せ、謝罪もなく約15分、自分の言いたいことだけを話し、質問はいっさい受け付けずに去って行った。

一方通行の記者会見は中国だけでなく、途上国では当たり前の風景だ。記者会見のない国も珍しくない。以前、JICAの民主化支援プロジェクトで、アフリカのジャーナリストに日本のジャーナリズムについて講義したことがある。その時、「日本では土日を除き毎日、官房長官の記者会見が開かれ、各大臣も週2回の閣議後、自分の役所に戻って記者会見をする」というと、彼らは信じられないといった顔をした。「わが国では考えられない」と最後まで納得しない記者もいた。

先進国でも今のような政府とメディアの争いが続くと、政府とジャーナリストが接触する機会が減ることが危惧される。事実、5月末のイタリア・タオルミーナ・サミットを終えたトランプ大統領は、歴代大統領が必ず行ってきた記者会見を開かなかった。

増大するメディアと政府の軋轢を解消するには、政府のより真摯な情報発信姿勢と共に、ジャーナリストが職務に対する自覚と誇りを高め、自尊の念と良識を持つことが重要だ。平安時代の和歌集「古今和歌六帖」に、「ありのすさび」という言葉がある。「在るのが当たり前になって、なおざりにする」といった意味だが、ジャーナリストも政府からの情報提供に慣れ過ぎて、荒んだ対応をしていると情報にアクセスする道はだんだん狭くなる。政府の取材制御によって被害を蒙るのは、広範な情報に接することが出来なくなる国民だ。

あわせて読みたい

「メディア」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    「安倍晋三記念小学校」嘘と判明

    和田政宗

  2. 2

    籠池氏の嘘 拡散した朝日は無視?

    和田政宗

  3. 3

    よしのり氏「罠にはまった文春」

    小林よしのり

  4. 4

    希望維新の合流進めたい安倍首相

    NEWSポストセブン

  5. 5

    山口組の自虐的川柳が傑作ぞろい

    NEWSポストセブン

  6. 6

    内田樹氏の安倍政権分析に納得

    マガジン9

  7. 7

    ISを「破門」しないムスリム社会

    SYNODOS

  8. 8

    詩織さん事件 超党派議連が追及

    田中龍作

  9. 9

    日本が核禁止条約に署名しない訳

    河野太郎

  10. 10

    よしのり氏 山尾氏の改憲案見よ

    小林よしのり

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。