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食べログと「味覚成金」。

「食べログレビュアー」という人がいるようで、そういう人のプチ・スキャンダルが話題になっていた。どんな領域でも、頑張ればそれなりの評価を得られて、チヤホヤされて、きっちりと落とし穴がある。素晴らしい自由主義!

どこか、気になる店があって情報を知りたくて検索するとたいてい「食べログ」が上位に出てくるが、できるだけクリックしない。あのサイトのレビューの文章を読みたくないからだ。

そこには、「できれば文化人になりたい」ような人のこじれた承認欲求が漂って、どこか物欲しげだ。いや、「物が欲しい」というより、「認めて欲しい」ということかと思っていたんだけど、まさか本当にモノをもらっていたそうだから、なにか哀しい。

以前も書いたけど、どうもあのようなレビューの文章には哀愁が漂っている。

そもそも、「食の批評」のカテゴリーは成り立つのか。アートや音楽、あるいは文学のようなものと、「食」は異なる。そもそも、食がなくては生きて行けず、あるいはその糧を手に入れることができない人は、世界にたくさんいる。

そういう中で、食を評することにはちょっとした後ろめたさがあってもいいのではないか。だから、多くの作家が食について書いても、彼らはそれを日記のような体裁にする。食のみをああだこうだと書くことは、どうしてもさもしくなるからだろう。

食べ物それ自体を云々するんじゃなくて、生活の中に描くから読ませる文章になる。古くは池波正太郎だが、最近だと絲山秋子の「絲的炊事記」などが好きだ。

そして、食を上手に描く人には特徴がある。それは、自分なりの味覚の価値を、自分の中で育んでいることだ。

それは家庭の料理だったり、地域の食だったりすることが多い。しかし、ファーストフードでも成り立つだろう。生きるために食べる、という若い頃の経験をどこかで自分の身体に取り込んでいるから、他者が読める文になる。

ところが、ネットのレビュアーの文章はそういう「味覚の根っこ」がない。出てくるものを他と比較して、場合によっては価格との見合いなども論じているけれど、いったいどんな味、いや「どんな食事」を求めているのかわからない。

たしかに、たくさんの店を食べるいているのだろうが、なんというか「味覚成金」といった感じだ。一人一人が持っているはずの、文化のようなものが薄い。cultureの語源を紐解くまでもないけど、ちゃんとした人は長い経験のなかで自分自身を耕しているようところがある。

そして、そういう人が「知っている大人」だった。ネットで得られた情報を「見る」だけでは、「知る大人」にはなれない。

ところで、英国のフードジャーナリストであるビー・ウィルソンの『人はこうして「食べる」を学ぶ』(原書房)は、「味覚の根っこ」について様々な角度から論じている。ある種の理想として、現代の日本についても取り上げられているが、とても面白い。

こういう本を読んでいると、食の情報に右往左往しなくなるのかもしれない。

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