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「自分ファースト」を選んだトランプ - 海野素央 (明治大学教授、心理学博士)

 今回のテーマは「一人ぼっちのトランプ」です。ドナルド・トランプ米大統領は、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱を表明しました。その反動は大きく、トランプ大統領は各国の政治指導者及び経営者から批判を浴びています。本稿では、離脱表明の演説内容から何を読み解くことができるのかを中心に述べます。

バノングループの勝利

 米メディアはパリ協定を巡り、政権内における離脱派と残留派の間で激しい駆け引きがあったと報じています。離脱派は大統領上級顧問兼首席戦略官のスティーブン・バノン氏及びスコット・プルイット環境保護局長官らです。一方、残留派には大統領の長女イバンカ大統領補佐官、レックス・ティラーソン国務長官、ゲーリー・コーン国家経済会議委員長及びジェームズ・マティス国防長官らが含まれています。「ロシアゲート疑惑」の中心人物となっている娘婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問は、パリ協定は米国に不利益をもたらす「悪い取引」だと捉えて再交渉の立場をとったと言われています。 

 まず、演説の中でトランプ大統領は声のスピードを落としながら効果的に表情と間を使って、パリ協定離脱を表明しました。次に、米国にとって公平な協定に修正するための再交渉について言及しました。

 その背景にはバノン・クシュナー両氏の主張のバランスをとったというトランプ大統領の意図があるわけですが、離脱の印象が強烈であったことは間違いありません。ホワイトハウスのローズガーデンでトランプ大統領が「パリ協定離脱」という言葉を発すると、即座に最前列にいたバノン氏は同大統領に向かって熱烈な拍手を送っていたからです。離脱の勝利を祝う拍手です。

ホワイトハウスのパワーシフト

 バノン氏は「影の操縦者」と言われてきましたが、オバマ前大統領の医療保険制度改革(通称オバマケア)に対する代替案が撤回され、さらに国家安全保障会議(NSC)常任メンバーから外されると同氏の影響力は低下していきました。シリアミサイル攻撃に関して「グローバリスト(国際主義者)」のクシュナー氏と比較すると、「経済ナショナリスト(国家主義者)」のバノン氏の影響力の衰えは顕著に現れていました。ところが今回のパリ協定離脱により、バノン氏が復活し同氏の影響力が増加する可能性が高くなってきたのです。

 2017年3月ワシントンで下院外交委員会に所属するジェリー・コノリー議員(民主党・バージニア州第11選挙区)を対象にインタビューを実施すると、同議員はホワイトハウスにおけるバノン氏とクシュナー氏の影響力について増加と低下を繰り返すとみていました。米メディアは、米連邦捜査局(FBI)がクシュナー氏をロシアゲート疑惑解明のカギを握る人物として捜査対象にしたと報じています。今後、同氏の影響力は低下していくとみてよいでしょう。

 パリ協定離脱の演説の中でトランプ大統領は、「私はパリではなく、ピッツバーグ市民を代表するために選ばれた」と述べ、鉄鋼業で栄えた東部ペンシルべニア州の都市を取り上げました。それに加えて同じく鉄鋼の街として繁栄した中西部オハイオ州ヤングスタウン及び自動車産業のメッカであったミシガン州デトロイトも挙げています。その狙いは、環境保護よりも「雇用ファースト」であるという明確なメッセージをトランプ信者の白人労働者に発信することです。

 確かに選挙で票になる争点は環境保護ではなく、テロと雇用です。しかも、激戦州では特に雇用は不可欠です。

 トランプ大統領がパリを取り上げた背景には、別の理由も存在しています。仏国のエマニュエル・マクロン仏大統領に対する報復です。北大西洋条約機構(NATO)首脳会談の前にトランプ・マクロン両大統領は激しい握手合戦をしています。荒々しく手を上下に振って握手をした後で、トランプ大統領は先に手を放そうとしましたが、マクロン大統領は固く握り続けました。トランプ大統領の右手にしわができているのが確認できます。英BBCニュースは、「2人の指の関節が白くなるのがはたからも見て取れた」と報道しています。

トランプとマクロンのバトル

 トランプ・マクロン両氏の握手に関するバトルをもう一つ紹介しましょう。NATO首脳会談でトランプ大統領は両手を広げてマクロン大統領を歓迎する動作をしたのですが、同大統領はアンゲラ・メルケル独首相に近づきハグを2回したのです。その後、同大統領は2人の首脳と握手をして、やっとトランプ大統領と握手を交わしたのです。

 その際、トランプ大統領はマクロン大統領の右手を引っ張り自分に引き寄せています。それに対抗するためにマクロン大統領は左手でトランプ大統領の右腕を抑えたのです。同大統領はマクロン大統領に対して好印象を持たなかったはずです。

 トランプ大統領の握手には特徴があります。日本はお辞儀の文化なので、日本人は握手がもたらすメッセージについての認識が薄いのです。しかも、同大統領のように交渉・取引を有利に進める手段としてそれを用いるという発想も存在しません。握手を通じて交渉相手と初めて接触します。同大統領は交渉・取引の「入口」を重視しており、1回目の握手で相手に自分の「力」を見せつけて交渉を有利に進めようとするのです。不動産開発事業を通じて習得した知識とスキルなのでしょう。

 演説の中でマクロン大統領はパリ協定離脱を表明したトランプ大統領を皮肉って、「私たちの惑星を再び偉大にしよう」と英語で呼びかけています。結局、トランプ大統領の「私はパリではなく、ピッツバーグ市民を代表するために選ばれた」は、米仏関係に亀裂を入れることになりました。

グローバルリーダー不在の新世界

 2012年米大統領選挙における共和党候補指名争いの際、南部サウスカロライナ州チャールストンで反オバマ色の強い保守派の市民運動「ティーパーティー」のある活動家を対象にヒアリング調査を実施しました。この活動家は地球温暖化をまったく信じていませんでした。彼にとって地球温暖化は、リベラル派による「でっち上げ」でした。正にトランプ大統領の主張と一致しています。

 パリ協定離脱表明の背景は、ティーパーティー及び議会共和党保守派でティーパーティーの流れをくむ「フリーダム・コーカス(自由連盟)」の下院議員から支持を得ることができるという計算もあります。というのは、下院が弾劾訴追権を握っているからです。捜査の対象が自分に及ぶことを恐れているトランプ大統領は、地球温暖化対策に関して地球規模の利益よりも、「自分ファースト」の自己中心主義に基づいた意思決定を行ったと言えます。その決定により超大国としての信頼を失い、しかも孤立する道を選択したのです。

 今後、ロシアゲート疑惑でロバート・モラー特別検察官、FBI及び米上下両院の各委員会による捜査が本格的になると、トランプ大統領はパリ協定離脱表明で見せたように、選挙公約に忠実な言動をとり一層支持基盤固めに走る傾向が強くなります。その言動は米国の孤立を促進し、グローバルリーダー不在の新世界を生みます。

 パリ協定離脱表明で米国第一主義(アメリカファースト)に基づいた選挙公約を果たしていけば、「一人ぼっちの米国」になっていくことが明確になりました。仮にトランプ大統領がロシアゲート疑惑で罷免ないし辞任に追い込まれると、最終的に「一人ぼっちのトランプ」になる可能性も出てくるでしょう。

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