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コンピューターが消える日  - 川手恭輔 (コンセプトデザイン・サイエンティスト)

 米国の調査会社ガートナーが発表したところによると、第1四半期の世界全体のスマホ販売台数は、前年同期比9.1%増の3億8000万台でした。すでに多くの地域の人々に行き渡り、買い替えのサイクルが延びたことによって、そのスピードが鈍化したと言われてはいるものの、依然としてスマホ市場は拡大を続けているようです。パソコンやデジカメの市場のように新たな代替手段が登場するまで、スマホ市場が急激に縮小することはないでしょう。しかし、それはさほど先の話ではなさそうです。

 1970年代にミニコンが登場するまで、コンピューターは冷房の効いた専用の部屋に使いに行くものでした。紙のコーディングシートやラインプリンタからの出力だけを使って、コンピューターに触れずに仕事をする人も多かったと思います。本体にキーボードとディスプレイを備えたミニコンの時代を経て、1980年頃にパソコンが発売されましたが、コンピューターが一般の人々の仕事に使われるようになったのは、1991年にアイコンやグラフィカルなメニューをマウスで操作するWindowsが提供されてからでした。その年に、WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)が開発されています。

 2007年に米国で発売されたiPhoneは、2008年に3Gのモバイル通信をサポートして世界市場に展開し、手の中の小さなデバイスの、タッチパネル上に表示されたアイコンやメニューを指で操作するという新しい方法が徐々に受け入れられ、コンピューターを多くの人々の生活に欠かせないものにしました。これら、キーボードやマウスやタッチパネルなどは、すべて人間がコンピューターを操作するための装置です。そして、それらの装置を必要としないコンピューティングがすでに始まっています。

 アマゾンのEchoやグーグルのHomeなどの「スマートスピーカー」と呼ばれるデバイスは、ユーザーの音声による命令や質問をクラウドのコンピューターに送ります。そこで音声が認識・解析されて、例えば「リビングの電気をつけて」とか「明日の天気は?」といった命令や質問が処理されます。クラウドのコンピューターからの応答は、音声データでスマートスピーカーに返され再生されます。

 スマートスピーカーは、パソコンやスマホのようなコンピューターではありません。インターネットに繋がった単なる「マイクとスピーカー」です。スマートスピーカーには、キーボードやマウスやタッチパネルなどの装置はありません。ユーザーの音声をクラウドのコンピューターに送り、返された応答を再生するだけの機能しか持っていません。

 クラウドのコンピューターでは「音声アシスタント」と呼ばれるAIが、ユーザーの命令や質問を処理します。それはアマゾンではアレクサ(Alexa)、グーグルではグーグル・アシスタント(Assistant)と呼ばれています。EchoやHomeが「音声アシスタント」や「人工知能スピーカー」と呼ばれることもありますが、実際の音声アシスタント、人工知能(AI)はクラウドのコンピューターで動くソフトウェアです。

 インターフェースとは、コンピューターと周辺機器を接続するための規格や仕様です。そして、人間がコンピューターを操作するための方法や概念をユーザーインターフェースと呼んでいます。技術革新によって、コンピューターは少しずつ人間のほうに歩み寄り、使い易いものになってきました。コンピューターが、音声のような人間と人間とのコミュニケーションの手段で人間とコミュニケーションできるようになれば、ユーザーインターフェースは不要になります。

 音声アシスタントは、まだ「人間と人間」というレベルからは程遠いものですが、各社の力の入れようは、その距離が埋まる時間がそう長くはないことを予感させます。ラインもスマートスピーカーの発売を今夏に予定しており、アップルの参入も噂されています。ラインの音声アシスタントの名前はクローバ(Clova)で、アップルはもちろんシリ(Siri)です。

 スマホのコンピューターの主な仕事は、アプリのグラフィカルなユーザーインターフェース(GUI)の処理を行うことで、それ以外の多くの仕事は、すでにクラウド上のコンピューターが行なっています。GUIを使わずに、音声アシスタントと会話することで目的が達成できるのであれば、手元にコンピューターを持つ必要はありません。アレクサやグーグル・アシスタントという名前の、雲の中の音声アシスタントも、徐々に洗練されてコンピューターを意識させないものになって行くでしょう。

 例えば、アップルのAirPodsというマイク付きのワイヤレスイヤホンは、BluetoothでiPhoneと繋がっていますが、モバイル通信機能を内蔵して直接インターネットに繋がれば、スマホなしで手ぶらで、いつでもどこででも音声アシスタントと会話できるようになります。人間はコンピューターを持たずに音声アシスタントと会話し、その命令や質問に従って、音声アシスタントはインターネットに繋がった様々な機器(IoT)から情報を収集したり、それらに指示を与えたりする。コンピューターの大きさやバッテリー切れの心配のない家の中や自動車などの環境には、AIが遍在するようになるかもしれません。しかし、コンピューターという形はなくなるでしょう。

 ゲームをしたり写真を撮ったりといった用途や、ユーザーの質問に応えて地図などの画像や映像を表示するために、ディスプレイやカメラなどの周辺機器を備えたスマホという形のコンピューターが不要になることはないと思うかもしれません。しかし、それは「スマホありき」という固定概念です。InstagramやLINEなどのように「スマホありき」で誕生した新しいサービスだけでなく、Facebookなどのパソコン向けに開発された多くのサービスも、現在はスマホに最適化(モバイルファースト)されているのです。発想を変えて、「音声アシスタントとの自然な会話」という新しいコンピューティングを前提とした、これまでにないサービスの可能性に目を向けるべきでしょう。

 これまでコンピューターのプロセッサの処理能力は、ムーアの法則に従って約2年ごとに倍増を続けてきました。その恩恵によって省電力化とダウンサイジングが進み、かつて冷房の効いた専用の部屋を占めていたコンピューターは手の中に収まるまでになりました。しかしムーアの法則は、その限界に近づきつつあると言われています。そして、ディープラーニングを含めた機械学習によって可能になるAIは、これまでとは異なったコンピューターの処理能力を必要としています。

 最近、エヌビディア(NVIDIA)というGPUのメーカーが、特に自動運転の分野で大きな注目を集めています。GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)は、主にゲームなどの画像処理に用いられてきたプロセッサで、大量のデータを複数のプロセッサで並列処理することを得意としています。その性質が機械学習というアプリケーションと非常に相性がよく、AIの進歩を加速しています。 

 しかし、手元のコンピュータがなくなるいうことは、その分、雲の中の音声アシスタントが動くコンピュータに、さらに桁違いの力が必要になることを意味しています。グーグルは5月に開催した開発者会議(Google I/O 2017)で、機械学習に最適化した独自のプロセッサ(Cloud TPU)を発表しました。それを組み合わせた、既存のスパコンの性能を凌駕するほどのシステムが、GCP(グーグル・クラウド・プラットフォーム)というクラウドサービスとして提供されます。ムーアの法則に限界がきても、コンピュータのパワーを心配する必要はなさそうです。

 今のところ、アレクサやグーグル・アシスタントはそれぞれ一人(?)で、世界中の人々を相手に会話をしています。しかし、すぐに個々のユーザーを理解して、ユーザーごとのパーソナル・アシスタントになることができるようになるでしょう。ユーザーは自分で選んだパーソナル・アシスタントに、好きな名前を付けることになるのではないでしょうか。それは、グーグルが音声アシスタントに個性を持った名前を付けていない理由かもしれません。

 音声アシスタントは、AIファーストの時代への過渡期のものでしょう。テスラのイーロン・マスクが設立したニューラリンク(Neuralink)は、人間の脳とAIを直結することを考えています。声に出さずに、パーソナル・アシスタントに言葉を伝えることができるようになるのでしょうか。また、人間と人間のコミュニケーションにおいては、視覚が重要な役割を果たしています。パーソナル・アシスタントが視覚を持てば、より自然なコミュニケーションが可能になるはずです。コンピューターの形は消えて、より人々の生活に溶け込み、なくてはならないものになって行くでしょう。

 パーソナル・アシスタントは召使いではなく、友人と考えるべきだという意見もあります。そして、それは邪悪なものになる危険性があると警鐘を鳴らす人もいます。パーソナル・アシスタントは、召使いでも友人でもなく、あなたを監視するものになるかもしれません。

 しかし、AIは学習によって知性を高めることはできますが、自らその目的を見いだすことはできません。パーソナル・アシスタントが本能や感情に基づいて、何をすべきかを判断することもありません。グーグルの行動規範の序文が、「邪悪になるな(Don’t be evil)」という言葉で始まっていることは広く知られていますが、もしAIが邪悪な振る舞いをするならば、それは邪悪な人間によって指示されたものでしょう。

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