記事

ノーベル経済学者と語る、トランプ時代の世界経済と日本の行方

1/2

肥田 美佐子 , JOURNALIST

ノーベル経済学賞を受賞し、「現代の経済学の巨人」として知られるジョセフ・E・スティグリッツ教授。そして、「日本の経済学の巨人」である伊藤隆敏教授。ニューヨークのコロンビア大学にて、弊誌編集長・高野真が彼らに世界経済、日本経済の現状と今後について聞いた。

高野 真(以下、高野): 今日は、日米、および、世界経済についておうかがいしたいと思います。現在、世界には、格差やブレグジット(英国の欧州連合離脱)、トランプ政権、低成長経済、長期金融緩和政策、反グローバル化など、キーワードが山積しています。背景には金融危機があるように思えますが、スティグリッツ教授の見解をお聞かせください。

ジョセフ・E・スティグリッツ(以下、スティグリッツ) : まず、ドナルド・トランプが当選していなかったら世界経済がどうなっていたかを考えるのがベストだ。米国では、力強い回復とはいかないまでも、経済が本格的な回復をみせていただろう。一方、欧州は依然として問題を抱え、中国経済は6.5〜6.6%の成長を続ける。つまり、今年は、2016年と非常によく似た状況になる見込みだった。いくつかの点で、昨年より若干力強い成長はみられただろうが。

17年の懸念の一つに、欧州と米国が非同期的な回復局面にあったであろう点が挙げられる。米国では利上げが起こる一方で、欧州では、経済の弱さから(金融緩和策が続き)欧米に金利差が生じ、ユーロ危機への懸念もある。以上が私の見立てだが、これは、ヒラリー・クリントンが勝っていた場合の話だ。
 
だが、実際にはトランプが勝った。彼は、世界経済に”手りゅう弾”を投げ込んだようなものだ。というのも、混乱の多くが収拾していないからだ。

3月24日、共和党はオバマケア(米医療保険制度改革法)の改廃法案を取り下げ、議会での採決を断念したが、これはリアリティーチェック、つまり「現実への覚醒」の始まりだ。共和党は7年間、オバマケアの代替案を練ってきたにもかかわらず、それを実現できずにいる。オバマケアの改廃(に向けた党内の票固め)すらできない「政権の現実」は深刻だ。
 
また、税制改革案は一貫性に欠け、議会通過の見込みは薄い。日本などにも影響が及ぶ重要な分野においては、トランプの醜く不快なレトリックと、彼が実際にできることは限られているという現実の格差があぶり出されるだろう。米中関係では、大がかりな貿易戦争は起こらず、小さなものにとどまるだろう。

伊藤隆敏(以下、伊藤) : まず、トランプ勝利の背景には格差論議がある。金融危機では、米国民から大きな不満が巻き起こったが、混乱を引き起こした金融業界の当事者らは罰せられることなく、ボーナスをもらい続けている。これが格差論議に火をつけた。

スティグリッツ : 誰も罰せられず、われわれが何もしなかったという事実にとどまらない。オバマは、「チェンジ(変革)できると信じよう」という政策綱領を掲げて当選したが、変革などできなかったというのが現実だ。
 
格差の深刻さは、ある重大な問題が進行していることからもわかる。米国人男性、特に白人の平均寿命が短くなっているという事実だ。大学を出ていない中年(白人男性)の平均寿命は、他の先進国と比べ、大幅に短くなっている。他国では死亡率が下がっているのに、米国では、その逆だ。有権者が怒るべき理由があるのだと、声を大にして言いたい。

伊藤 : 皮肉なのは、トランプが、そうした不満や怒れる人々を結集することで勝ったにもかかわらず、その政策綱領が彼らにマイナスに働くという点だ。

スティグリッツ : グローバル化で失業した人々を支援すべきだと言ってきたのは民主党であって、共和党は反対してきた。だが、トランプは、ある意味で聡明だった。彼らの不満をすくい上げ、その声に耳を傾けた。「真実」にとらわれることなく、実現できようができまいが、構わず言いたいことを言った。まるで、お金が天から降ってくるかのように。結果的に、そうしたやり方が選挙では奏功した。

伊藤 : 米メディアは、事実関係をチェックし、批判するという使命を果たしたが、有権者にはその声が届かなかった。なぜなのか。

スティグリッツ : 理由は3つ。まず、米国の教育レベルの低さ、そして、独特な見解を流す(保守派の報道番組)フォックス・ニュースの影響だ。3つ目が、トランプのようなデマゴーグ(扇動政治家)を生み出してきた米政治の伝統である。

世界経済の歪みは「政策の結果」

高野 : 次に、今後の話に移りたいと思います。世界経済では、低金利や格差、反グローバル主義などの問題が挙げられますが、利上げの可能性や格差について、ご意見をお聞かせください。

スティグリッツ : まず、そうしたものは、どれも米国の政策の結果であって、不可抗力ではないと言っておきたい。これほどの低金利が続いているのも、一つには、財政政策という選択肢を放棄しているからだ。もっと財政出動を行っていれば、金融政策への依存度が減っていた。インフラ投資プログラムを行い、金利を引き上げるのも一考だろう。低金利が経済をゆがめるという批判には賛成だ。
 
低金利は、雇用が伸びないままの景気回復を招くという懸念もある。企業が、資本集約型であるテクノロジーに投資する(ことで、労働分配率が下がる)からだ。より財政政策型のポリシーミックス(政策の組み合わせ)を取り入れるほうが健全だ。

伊藤 : だが、(ベストセラー『21世紀の資本』の著者で仏経済学者のトマ・)ピケティは、金利が経済成長率を上回ると富裕層にプラスに働くと主張している。高金利下では、お金持ちが得をすると。

スティグリッツ : ピケティの主張は若干単純化されすぎている。彼が提案するのは、大胆な累進資本課税制度だ。富裕層の税引き収益率が経済成長率を下回れば、(格差という)問題は解決する、と。共和党が上下両院を制する米国で実現できるとは思えない。

また、資本と労働をめぐる単純なモデルでは現代の経済に対応しきれない点も指摘したい。同じ資産家でも、米短期国債の保有者と、株式を保有する富裕層では事情が違う。低金利下では国債利回りはゼロだが、株式投資のリターンは高くなる。利上げは格差解消に役立つ。

伊藤 : 08〜09年の株式市場の暴落は、貧富の差の解消に一役買ったということか。

スティグリッツ : いや、違う。たとえば、大半の米国人にとって主な資産は持ち家であるため、不動産の暴落は大打撃となった。だが、彼らの多くは株価の下落にパニックし、持ち家を底値で売ってしまった。富裕層は、持ち家の市場価値が下がってもさほど気にしないが。その意味で、(金融危機は)格差を生んだといえる。状況は好転したが、全体のダイナミクスに照らせば、非常に由々しき事態だ。

高野 : 次に金融政策ですが、日本では、出口すら見えない緩和策が続いています。米国では若干の利上げが始まりましたが、各国の金融政策に変更はありうるのでしょうか。

スティグリッツ : 景気回復がもっと力強いものだったら、利上げしやすかった。先ほども言ったが、政策しだいだ。財政政策に訴えていれば、金融政策にさほど頼らずに済む。

伊藤 : 世界は長期停滞に陥っているのでなく、成長率も実質金利も、永久に低いままではない、という主張もある。

スティグリッツ : まだ、(長期停滞論のような)仮説を受け入れる気にはなれない。というのも、たとえば、表向きには緊縮財政を口にしない米国でも、公共セクターの雇用が、08年当時より約50万人減っているのだ。ノーマルな成長がみられていれば、あと250万人多かったはずだ。これは、れっきとした緊縮財政政策である。緊縮財政政策を取っていなければ、経済はもっと力強く、金利も、よりノーマルなレベルだっただろう。
 
また、今後も低成長が続く理由にはいくつかあるが、最も顕著なのが、米国の人口増のペースが緩やかになっていることだ。次に、不動産に多額の投資を行い、資本財への投資を減らしていることも低成長の一因だ。

伊藤 : イノベーションの欠如を指摘する声もある。

スティグリッツ : 3番目の要因が、それだ。金融セクターがうまく機能しておらず、新興企業が資本を調達できないからだ。通常、新規事業の融資元は地銀だが、担保の不動産価格が下がったことで、地銀が貸し渋っている。08〜09年に小銀行が淘汰され、大手銀行の寡占が進み、地銀が弱体化した。金融セクターが本来の使命を果たしていない。

あわせて読みたい

「世界経済」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    昭恵氏秘書イタリア赴任の大出世

    国家公務員一般労働組合

  2. 2

    意識高い系バカにした50代の末路

    PRESIDENT Online

  3. 3

    北緊迫のいま慰安婦問題騒ぐ韓国

    木走正水(きばしりまさみず)

  4. 4

    薬局の過剰な万引き対策に疑問

    LM-7

  5. 5

    やくみつる氏「白鵬は引退して」

    NEWSポストセブン

  6. 6

    ヒアリ襲撃 珍獣ハンターの受難

    ライブドアニュース

  7. 7

    勝手に動く?中国製ネットカメラ

    永江一石

  8. 8

    不動産投資を否定する人の特徴

    内藤忍

  9. 9

    ウーマン村本 戦争反対を再表明

    キャリコネニュース

  10. 10

    牛乳石鹸 不可解なCMに困惑の声

    キャリコネニュース

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDまたはYahoo!IDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。