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痴漢冤罪撲滅に必要な最低限の条件

このところ、偶然かそうでないのか、電車で通勤時間帯に「痴漢と疑われた男性による路線への立ち入り」が目立っている。(*1)

このことから、ネットでは痴漢冤罪に関する発言が多く見られた。

意見としては「痴漢冤罪というのは痴漢男の屁理屈。痴漢被害に対する矮小化だ」「冤罪をなくすために、男性専用車両を作れ」「痴漢冤罪を阻止するために監視カメラを設置しろ。監視カメラを批判するサヨクは男の敵」などといった、的を射ているとはどうも言い難い論理が目立ったように思う。

痴漢犯罪を理解する上で、まず重要な事は、痴漢している男性はごく僅かだが、その一方で痴漢被害にあっている女性は極めて多いという事実である。

統計的なデータだと年に4000件程度(*2)ということではあるが、当然羞恥から訴えないケースなどもあり、暗数は極めて大きい。実際に女性に聞いてみれば、その大半が痴漢被害の経験をもっている。

こうしたことから、男性は痴漢被害を小さく見積もるのに対し、女性は男性全体に対して痴漢予備軍であるかのような印象をもっている。こうした双方の前提の違いから、問題がジェンダー論になってしまい、収集がつかなくなってしまう。

また、痴漢冤罪に関しては、警察や司法側の失態も見逃すことはできない。

新宿駅で発生した痴漢を疑われた男性が暴行を受けたにもかかわらず、警察が取り合わず、釈放後に男性が自殺をした事件。(*3)

そしてJR吉祥寺駅から京王線仙川駅へ向かうバスの社内で発生した冤罪事件(*4)では、男性が左手で吊革を持ち、右手で携帯でメールをしていた映像があったにも関わらず、痴漢行為があったと認定し、有罪判決を出してしまった東京地裁(控訴審の東京高裁で無罪判決)。そしてNHKの「ねほりんはぽりん」に出演した痴漢冤罪者は、警察が脅し透かし辱めで強引にでも自白を強要しようとするという話をしていた。(*5)

このように、痴漢の被疑者に対しては「疑わしきは罰せず」という原則を無視した「疑われたら罰しろ」とも言えるべきやり口が行われている。

痴漢被害に同情的な人は、ついこうした冤罪問題に対して「それで救われる被害者もいる」と考えがちだが、それが冤罪である以上は誰も救われないし、もし仮に「本当に痴漢をしていた誰か」がいたとすれば、実際の犯人を取り逃がしていることに他ならない。痴漢冤罪問題を放置するということは、痴漢を放置するということに等しいのである。

こうしたことから、ネット上では「捕まったら長期間勾留されるのだから、逃げるのは当然」という同情論が多い。

しかし、実際に路線に立ち入れば鉄道会社への損害賠償が発生するし、そもそも命の危険すらある。つい先日の16日にも東急田園都市線の青葉台駅で痴漢と疑われた男性が路線へ逃走。電車にはねられて死亡するという事故があった(*6)。どう考えても路線には立ち入らないほうが絶対にいい。

また、路線に立ち入るべきではないと言う人の中にも「名刺を渡せば逃亡の危険はないと判断されるので、その場で立ち去っていい」と主張する人もいる。しかし僕はこれにも懐疑的だ。

本当に痴漢をしたのであれば、その人の指や手のひら、また押し当てた側のズボンには、女性の衣服の繊維がついているはずだ。もちろん一番外側の服だけなら「満員電車の中で少し擦れてついた」ということはあり得る。しかしこれがもしも女性の下着だったり、また指などに女性の体液が確認できれば、痴漢加害者はこれを否定できない。

こうした手指のチェックをするためには、どうしても数時間は警察に厄介になる必要がある。この時、被疑者が「会社に行きたい」などの理由で身分を明らかにして立ち去ってしまえば、こうした手指の証拠品は洗い流されてしまうし、またやってないにしても「手を洗っていない証拠」などないのだから洗い落としたと疑われてしまう。

そう考えてみると、痴漢冤罪の問題は「無罪の人が有罪に貶められる問題」と認識されがちであるが、もう1つの実はみんなが重要に思っていながら直接的にはあまり口にしない別の問題があることに気づく。それは「痴漢の取り調べに付き合ってしまうと、会社に遅刻する。出社できない」という問題である。

「路線に立ち入っても逃げる」と「身分を明かして立ち去る」の2つには「時間を浪費せずに、移動してしまう」という共通点がある。そしてその共通点が有する利益は「会社に出社できる」ことだ。

そもそも痴漢冤罪における不利益は有罪判決を受けることよりも「会社や家族に知られること」であり、それを避けるために冤罪でありながらも示談に応じてしまう冤罪被害者もいるという。

つまり、痴漢を疑われた人は、有罪無罪以前に、そうしたゴタゴタに巻き込まれる事自体が嫌なのである。

そしてそのことが愉快犯や示談金目当てで痴漢被害を捏造してしまう犯罪者を生み出している。こうした存在がまた痴漢冤罪論者と、痴漢被害者側の対立を深めてしまうのである。

ならばせめて「男性なら痴漢に疑われるくらいのことはある」ということを前提にできる社会にできないだろうか。

具体的には、痴漢を疑われた際に、時間を取られることに対する許容である。仕事先に「ちょっと痴漢を疑われてしまって。今日は休みます」「ああそうか、わかった。ちゃんと捜査に協力するんだぞ」くらいで終われば、何の問題もないのである。ところが、今の社会では被疑者となっただけで犯罪者とみなしてしまうことも多く、疑われている事自体が恥であるという認識も強い。疑われただけで会社での立場が悪くなったり、家族関係が悪化してしまうようでは、当然被疑者は捜査に協力したくないし、また不本意な示談を受け入れてしまうことも仕方ない。

そしてもちろん、被疑者側も1日時間が潰れる程度のことを重く考えないことが重要だ。人生に一度くらいそのようなことがあってもいいと考えないと、とても捜査に協力することはできないだろう。

もちろんそれには拘束時間を短くすることも必要だ。その日一日くらいは仕方ないとしても、日をまたぐような聴取、勾留は被疑者の負担が高く、明らかにおかしい。

だいたい、痴漢の物的証拠なんて、手指についた繊維や皮膚くらいなものだ。それぞれ被疑者と被害者側からそれを取れば十分だろう。そうした調査をちゃんとせず、自白で調書を埋めようとするから、無駄に被疑者に負担をかけ、かえって痴漢被害を捏造するような詐欺師を産んでしまうのだ。警察の無駄な捜査をすればするほど、むしろ逃げおおせた痴漢加害者と痴漢捏造詐欺師の利益となっているように思う。

警察が痴漢検挙をちゃんとした捜査と捉え、しっかりと捜査をすること。そして疑われた人や、その周辺の人たちも、そうした疑われるということが、どんな人にもあり得ることを受け入れ、捜査に協力すること。最低でも、この2つが揃って成り立たない限り、痴漢冤罪は減らないだけではなく、痴漢加害者や、示談金目当ての詐欺師も減らないだろうと、僕は考えている。

*1:線路への立ち入り「逃走」相次ぐ…「痴漢」を疑われた場合、どう行動すべきか?(弁護士ドットコム)https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170513-00006079-bengocom-soci
*2:電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書(警察庁)https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/h22_chikankenkyukai.pdf
*3:「原田信助さんの国賠を支援する会」https://haradakokubai.jimdo.com/
*4:三鷹バス痴漢冤罪事件(日本国民救援会)http://www.kyuenkai.org/index.php?%BB%B0%C2%EB%A5%D0%A5%B9%C3%D4%B4%C1%D1%CD%BA%E1%BB%F6%B7%EF
*5:「ねほりんぱほりん」痴漢冤罪経験者の回を改めて振り返る「ここじゃなんなんで、駅事務所行きましょう」(エキサイトレビュー)http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20170518/E1495053680620.html
*6:34歳男性 痴漢疑われ線路に逃走…死亡(日テレNEWS24)http://www.news24.jp/articles/2017/05/16/07361635.html

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