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リベラリストの「偽善」――リベラル国際主義に未来はあるか? / 三牧聖子

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政治の場に偽善者は要らない?

現代の政治家にとって、口先ばかりの「偽善者」というラベリングは致命的であるようだ。「ポリティカル・コレクトネス」に配慮してばかりの、中身のない美辞麗句はうんざりだという声、人々の苦境と怒りを率直に代弁し、たとえ世界中から排外的だ、非道義的だと罵られようとも、国民の利益だけを追求するリーダーを待ち望む声は、世界各地に広がりつつある。

このような世界で絶賛不人気な主張の1つが、自国の狭い利益だけを追い求めることなく、平和という共通利益を追求しよう、それこそが啓蒙された自己利益(enlightened self-interest)の要請なのだという「リベラル国際主義(liberal internationalism)」である。

史上初の世界大戦が終結した1919年、リベラル国際主義は人々に希望をもたらす新しいアイディアであった。2度の凄惨な世界大戦を経て、人類は、国際政治は軍事力だけがものをいうむき出しの権力闘争であってはならない、強国も弱国もすべての国家が平和を享受できる国際秩序をつくりあげていかねばならないとするリベラル国際主義の考えを発展させ、様々な国際的な枠組みやルールをつくりあげてきた。

それから100年経ったいま、この言葉がかつて持っていた魅力は色あせ、リベラルな平和の理想を語る者は、世界と人間の実情から目を逸らし、抽象的な理想論に耽溺する「偽善者」と罵られるようになった。ますます多くの人々が、「リベラルな国際秩序」は世界の人々に等しく恩恵をもたらす普遍性など備えていない、そこから恩恵を受けられるのはわずかな人々で、その他大勢は損ばかりしてきたのだと憤り、抽象的な理想論はかなぐり捨てて、より直接的に自分たちの利益を追求したいと感じている。

そして、そのような不満が、第二次大戦後70年間、リベラルな国際秩序の盟主であったアメリカで、「アメリカ第一主義」を掲げるドナルド・トランプ大統領の誕生という政治変動を生み出すまでに高まっていることは、国際秩序の未来を考える上で無視できない要素である。

もはやリベラルな国際秩序に未来はないのか。なるほど、リベラルな国際秩序は完璧なものではない、しかし他に選択肢はないと、その未来を信じ続けようと粘り強く説く者もいる。米プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン公共政策大学院教授のジョン・G・アイケンベリーはその代表的な論客である。アイケンベリーは、第一次世界大戦中にウッドロー・ウィルソン大統領によって理想として掲げられ、第二次大戦後、アメリカのリーダーシップのもとで維持・促進されてきたリベラルな国際秩序がいかに世界の安定、さらには米国の国益を促進してきたかを強調する。彼によれば、「米国第一主義」を掲げて国際的な枠組みやルールに次々と背を向けるトランプ外交は、国際道義にもとっているのみならず、米国の国益にもかなっていない(注1)。

(注1)G. John Ikenberry, “American Leadership May be in Crisis, But the World Order Is Not,” Washington Post (January 26, 2016).

John G. Ikenberry, “The Plot Against American Foreign Policy-Can the Liberal Order Survive?” Foreign Affairs (May/June, 2017).

リベラル国際主義の未来を信じる政治学者たちからは次々と、今日の世界に張りめぐらされた様々な国際制度やルールは、アメリカ一国の意思でそこから抜けられるものでも、アメリカ一国がそれに背を向けるからといって崩壊するものでもない、相互依存の目が複雑に絡み合った世界において、アメリカの対外関係を完全に管理下に置き、「アメリカ第一主義」の対外政策を遂行できると考えるトランプ政権の前提こそが理想論で、リベラル国際主義への回帰しか道はないという声があがっている。

(注2)Stephen Chaudoin, Helen V. Milner, Dustin Tingley,“A Liberal International American Foreign Policy? Maybe Down but Not Out,” H-Diplo/ISSF Forum (January, 2017).

様々なほころびを見せていても、リベラルな国際秩序は人類がこれまでに実践した中で最善の秩序であるという彼らの結論は正しいかもしれない。しかし、彼らはリベラル国際主義の「正しさ」を確信するあまり、それに背を向ける人々を、感情に囚われ、あるいは、近視眼的に自己の利益を追い求めるために、リベラルな国際秩序がもたらす普遍的な利益を理解できない「非合理的」な人々とみなす傾向にある。

このような議論を展開する限り、リベラリズムに幻滅した人々との世界観の差異は埋まるべくもなく、リベラルな平和に向けた広範な協力体制を形成することもできない。リベラル国際主義の未来を信じ、願うのであれば、まずはなぜ、多くの人々がそれに背を向けているのかを真摯に考える必要がある。

リベラリストの偽善――E.H.カー『危機の二十年』の批判

この問題を考える上で示唆に富むのが、大戦間期の歴史である。第一次世界大戦という悲惨な経験への反省から、1920年代の国際政治では、経済的相互依存や文化交流などを通じ、権力政治は乗り越えていけるのだというリベラリズムの考えが支配的なものとなった。しかしほどなくそのような平和への期待は色あせ、1930年代には、平和に対する懐疑と悲観、戦争を肯定する思想が急速に広まっていく。なぜリベラル国際主義の言説、その平和のヴィジョンは、人々の期待をつなぎとめることができなかったのだろうか。

大戦間期の国際危機を同時代的に分析した著作として名高い、E.H.カーの『危機の二十年』(1939)は、その重大な原因を、大戦後の国際政治を実践の上でも理論の上でも主導した英米リベラリストたちの欺瞞に見出す。確かに国際秩序が目に見えて崩壊していったのは、1930年代以降のことである。しかしカーにいわせれば、国際秩序の崩壊はパリ講和会議(1919)に参加した戦勝国が、自分たちが構築した国際秩序を、従来の権力政治に代わる「革新的」かつ「道義的」な国際秩序と位置付けた、その時点で静かに始まっていた。

同書でカーは、英米の政治家や知識人が「共通利益」とうたいあげる「平和」の実態が、いかに大国中心主義的で、非道義的ですらあるかを糾弾していく。確かに現状の「平和」は、広大な領土と経済覇権を掌握する英米にとっては尊い「平和」かもしれない。しかし、現今の秩序から十分な利益を受けていないと感じている国家にとっては、不正な「平和」でしかない。

英米の政治家や知識人が、このような抑圧された他者の視点を考慮せず、ひたすら現今の「平和」の尊さを説き、それを神聖視することが、彼らとはまったく異なる境遇に置かれた人々を幻滅させている。このような分析に立脚してカーは結論する。英米の政治家と知識人がうたうリベラルな平和は、自分たちに都合のよい国際秩序を神聖化し、劣位の国に押し付ける、強者の「ユートピアニズム」であると。

カーからみて、このような偽善的な「ユートピアニスト」の最たる存在の1人が、ウィルソンであった。ウィルソンは戦時中、14か条の平和原則を発表し、国際平和に向けた諸国家の協力、強国も弱国も等しく安全を享受できる世界の実現を訴え、その実現のための国際連盟の創設を主張した。これらの事実をもって、現代の私たちの多くはウィルソンを、国際政治に新しい原則を持ち込んだ革新的な人物として理解している。

しかし、ウィルソンの平和構想は、その革新的な響きにもかかわらず、実態においては極めて現状維持的な側面を持っていた。国際政治におけるウィルソンの革新的なレガシーとして多くの人々がまず想起するのが、「民族自決(self-determination)」の提唱であるが、ウィルソンは、それを非西洋世界にも広く適用されるべき普遍的な原則として提示したわけではない。14か条の平和原則において「民族自決」は、ポーランドやベルギーの主権回復や、オスマン帝国やオーストリア=ハンガリー帝国下の諸民族の自治など、具体的な形で言及されたにすぎなかった。

ウィルソンは、同じく「民族自決」を戦後平和の原則として掲げたレーニンとの対抗上、「民族自決」を掲げたが、そもそもは「被治者の同意(consent of the governed)」や「自治(self-government)」といった言葉を好んで使った。すなわち、人々は専制的な政府の圧政から解放され、自由を享受しなければならないが、だからといってあらゆる民族が独立国家を樹立する必要はないと考えていたのである。むしろウィルソンは、「自治」のレベルに達していない「政治的に未熟」な民族にとっては、独立することより、「文明」国の庇護下に置かれることが利益であるという温情主義的な政治観の持ち主であり、非西洋世界の多くの民族は、欧米諸国による「後見」が必要だと見なしていた。

若き日のウィルソンに大きな影響を与えた思想家の1人に、『フランス革命の省察』(1790)を著した「保守主義の父」エドマンド・バークがいる。同書でバークは、政治社会とは、歴史的に発展してきた有機的なものであり、その変革は、その国の伝統や慣習を基礎とした漸進的なものでしかありえないとして、抽象的な原則をもとに、革命という急進的な手段を通じて新しい政治体制を構築しようとしたフランス革命を批判した。ウィルソンはこのバークの立場に強く共感していた。世界中の諸民族が「民族自決」という抽象的な原則に訴えて次々と独立するような事態は、ウィルソンが望む国際政治の方向ではなかったといえる。

さらにウィルソンのレガシーは、その国内政策においても現在、厳しい問い直しにさらされている。ウィルソンが1902年から1910年にかけて総長を務めたプリンストン大学の学生の間ではいま、ウィルソン政権下で連邦政府機関の職員に対する人種隔離政策が導入されたことなど、その人種差別的な政策への批判が高まり、キャンパス内の建物からウィルソンの名を排除しようとする運動が起こっている。パリ講和会議において、日本全権団が提出した人種差別撤廃条項に対し、ウィルソンが冷淡な対応に徹し、同案を廃案に追い込んだこともよく知られた事実である。

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