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東芝メモリの売却価格、2兆円では安すぎる 「買収額÷売上高」から見える驚きの結果 - 湯之上隆

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 東芝メモリの1次入札が行われた3月29日、東芝の綱川智社長は報道関係者とアナリスト向けの会見で、東芝メモリの売却額について「少なくとも2兆円」と発言した。

 これは、大失言だった。

 まだ5月中旬の2次入札を控えているときに、東芝の社長ともあろうものが、軽々しく売却額を口にしてはならなかった。しかもその額は、あまりにも安い値段だった。

 覆水盆に返らず。一度、社長の口から出てしまった発言内容は、もはや撤回できない。東芝メモリの売却額は、2兆円というあまりにも安い価格を基準として、2次入札が行われることになる。

 本稿では、まず、2兆円が安すぎると考える根拠を述べる。次に、なぜ、そのような安値になってしまったのかを分析する。

アナリストが言いだした1.5~2兆円の売却額

 東芝メモリの売却額は、綱川社長が上記会見で発言するより随分前から、「1.5~2兆円」と言われていた。一体誰が言い出したのかと、日経新聞を過去に遡って調べてみると、1月22日の『出資比率・期限・市況…東芝半導体、出資にハードル』という記事に、(東芝の半導体メモリ事業の価値は)「少なくとも1兆5000億円は下らない」(証券アナリスト)という記述が見つかった。筆者の知る限りでは、この後、「1.5~2兆円」という価格が世間に定着していったように思う。

 この売却額について、元東芝の半導体技術者で現在はTech Trend Analysisの代表を務めている筆者の知人の有門経敏氏は、「安すぎるのではないか?」と指摘した。その上で、半導体企業のM&Aについて、売却額とその企業の売上高の関係を調べてみたらどうかと助言を受けた。

(2)2016年7月、ソフトバンクは、売上高1791億円の英ARMを3.3兆円で買収すると発表した。買収額/売上高=18.43となる。
ARMは、プロセッサの設計情報をIP(Intellectual Property)として提供する半導体企業であり、2015年にARMのIPを使ったプロセッサは145億個も出荷された。ARMには、米クアルコムや台湾メデイアテックなどの設計を専門とする半導体企業(ファブレス)からIP使用料が入ってくる。さらに、ARMのIPが使われたプロセッサは、スマホ、デジタル家電品、ゲーム、クルマなどに幅広く搭載されるが、ARMのプロセッサが1個売れる度に、ARMには約10円の使用料がまるで税金のように入ってくる。
IoTの普及やビッグデータ時代を迎えて、2020年には、300~500億個のネットデバイスにARMのプロセッサが使われ、1兆個に達するセンサのほとんどにもARMのプロセッサが使われると推定されている。ソフトバンクの孫正義社長は、その広大な可能性に巨額投資を行ったのである。

(3)2016年10月、米クアルコムは、売上高42億ドルのオランダNXPを470億ドルで買収すると発表した。買収額/売上高=11.19となる。
NXPは、エレクトロニクスメーカーのフリップスの半導体部門が独立した垂直統合型(IDM)の半導体メーカーで、車載用や認証端末用等の半導体が主力であり、2015年に旧モトローラの米フリースケール・セミコンダクタを買収し、世界半導体売上高では7位、車載半導体ではルネサスや独インフィニオンを抜いて売上高1位となっている。
ディープラーニングAI半導体の開発を行っているクアルコムは、NXPを買収することにより、今後、世界的な普及が予測される自動運転車用AI半導体において、非常に有力なポジションを得ることができた。そのデファクトスタンダードを確立することが狙いである。

(4)2016年7月、米Analog Devicesが、売上高14.4億ドルの米Linear Technologyを148億ドルで買収すると発表した。買収額/売上高=10.28となる。
この買収劇には、世界半導体業界が大きく驚いた。その理由は、まず、Linear Technologyは、営業利益率40%を超える超優アナログ半導体メーカーだったことにある。次に、Analog DevicesとLinear Technologyは、競合関係にあった。したがって、よくぞ敵対する両社が、買収に合意したものだと驚いたのだ。
調査会社のIC Insightsによれば、2015年におけるアナログICメーカーの売上高ランキングでAnalog Devicesは4位、Linear Technologyは8位だった。買収後、両社合計のシェアは9%となり、18%のシェアを持つTexas Instruments(TI)に次ぐ2位となった。また、両社の製品群は相互補完関係にあるため、非常に強力なアナログ半導体メーカーが誕生したことになる。

「買収額÷売上高」の値とは“期待値”

 このように、半導体企業におけるM&Aをみてみると、「買収額÷売上高」が示す値とは、買収される企業への“期待値”のようなものであると考えられる。つまり、「買収額÷売上高」の値が高いほど、買収される企業の半導体事業の将来性を高く評価しているということである。

 ところが、東芝メモリの場合、「買収額÷売上高」はたったの2.45である。これは、過去のM&Aのケースと比較しても、異常に低い値と言える。

 四日市工場は、東芝とサンディスクが折半して投資し、運営している。そのサンディスクは、2015年10月に、ウエスタンデジタルが買収を発表し、2016年5月に買収が完了した。そのときの買収額は190億ドルで、2015年のサンディスクの売上高は66.28億ドルだった。したがって、買収額÷売上高=2.87である。

 この2.87という値も、これまで見てきた半導体企業のM&Aのケースに比べれば相当に低いが、東芝メモリの2.45は、それよりさらに低いのだ。

 ここ数年で、本格的なビッグデータ時代が到来した。そのため、HDDを一切使わず、すべてSSDを使ったオールフラッシュストレージが予想以上の速度で普及し始めた。SSDには、NANDが必要不可欠である。その結果、NANDの需要が急拡大している。

 それなのに、買収額÷売上高の値において、東芝メモリはサンディスクよりも低いのである。普通に考えれば、東芝メモリの買収額は、もっと高く評価されても良いように思われる。そうなっていないのは、何か理由があると考えられる。

東芝は足元を見られている

 3月29日の記者会見で、東芝の綱川社長は、2017年3月期の決算は、1兆100億円の赤字になる見込みであると発表した。この赤字額は、日立製作所がリーマン・ショック後に計上した7873億円の赤字を上回り、製造業史上過去最大となるという。その結果、東芝は2016年度末に6200億円の債務超過に陥ることが確実となった。

 東芝は、この債務超過を可及的速やかに回避しなくてはならない。そのために東芝は、東芝メモリを速やかに売却するしか方法がない。買収先の企業には、このような事情が良く分かっているから、買収金額を高く設定する理由がないのである。

 つまり、東芝は、買収先から、足元を見られているのである。これが、買収額が異常に低くなっている第一の原因である。

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