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弾道ミサイル発射成功で米朝の「殺るか、殺られるか」が加速する

金正恩氏

北朝鮮当局が最近、いたく気に入ったと思しきレポートがある。レーガン政権で外交アドバイザーを務め、現在は米ケイト―研究所の東アジア専門家であるダグ・バンドウ氏が外交誌ナショナル・インタレストに4月27日付で寄稿したもので、タイトルは「戦略的性急は北朝鮮を打ち負かすことはできない」。

米国が逃した「暗殺」の機会

内容をざっくり説明すると、オバマ前政権の「戦略的忍耐」を批判し、その放棄を宣言したトランプ政権だが、代案らしい代案は何も提示されていない。軍事的圧力を強めれば強めるほど、北朝鮮は米国を攻撃できる長距離ミサイル開発の動機を強めるだろう――というものだ。

北朝鮮メディアはわが意を得たりとばかり、このレポートを複数回にわたり引用。5月9日には労働新聞と民主朝鮮の主要2紙が、この指摘を中心に置いた論評をそれぞれ掲載した。

しかし一方、トランプ政権は北朝鮮に対し、圧力だけを行使しているわけではない。

共同通信は9日、「トランプ米政権が北朝鮮の核・ミサイル開発放棄を条件に、金正恩朝鮮労働党委員長の訪米を招請し首脳会談に応じる用意があると中国政府に伝えていた」と報じた。

またこれ以外にも、トランプ大統領は1日、ブルームバーグ・ニュースとのインタビューで「金正恩党委員長と会うことが適切であるなら当然そうするだろう。(そうなれば)光栄に思う」と発言。3日にはティラーソン国務長官が職員向け演説で、北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄すれば◆国家体制の転換は求めない◆金正恩政権崩壊を求めない◆南北統一を急がない◆米軍は北緯38度線を越えて北側に侵攻しないとする、「4つのノー」を保証する方針を示していた。

ところが、北朝鮮の金正恩党委員長はどれもお気に召さなかったらしい。これらに対する返答が、先述したバンドウ・レポートを引用した論評であり、14日の弾道ミサイル発射であったわけだ。

北朝鮮は12日夜から平安北道(ピョンアンブクト)の亀城(クソン)市付近の飛行場に移動発射台を展開。13日未明にかけてミサイルを起立させ、24時間以上が経った14日早朝に発射した。この動きを、米国は逐一見守っていたわけだ。

北朝鮮の意図は、動きを衛星にさらすことで軍事衝突を避けると同時に、自分たちの確固たる意志を示すことにあったと思われる。つまりはミサイル発射により、トランプ政権からの申し出を「公開処刑」したわけだ。

そもそも、北朝鮮がトランプ政権側の申し出に魅力を感じる可能性はなかった。2009年7月、オバマ前政権のクリントン国務長官は次のような提案を行っている。

「完全かつ後戻りできない非核化に同意すれば、米国と関係国は北朝鮮に対してインセンティブ・パッケージを与えるつもりだ。これには(米朝)国交正常化が含まれるだろう」

インセンティブ・パッケージとは、米国が国交正常化、体制保障、経済・エネルギー支援などを、北朝鮮は核開発プログラム、核関連施設はもちろん、ミサイルなどすべての交渉材料をテーブルに載せ、大規模な合意を目指すことを念頭に置いていたものとみられる。

北朝鮮は、これさえも蹴っ飛ばしたのだ。正恩氏にとっては「4つのノー」など、大幅に後退した提案でしかなかったと言える。

トランプ政権とて、オバマ政権時代のやり取りについて知らなかったわけではあるまい。恐らく、航空母艦「カール・ビンソン」を中心とする空母打撃群を北朝鮮の近海に展開させた軍事的圧力下で「4つのノー」を示すことで、「死ぬか、生きるか」を迫ったつもりだったのではないか。

しかし結局のところ、正恩氏がこれに乗ることはなかった。

14日の弾道ミサイル発射の様子を伝えた労働新聞を見ると、掲載された大量の写真から、ミサイルの搬出・展開・準備・発射のすべての段階で、正恩氏が立ち会っていたことがわかる。作業の過程は米軍の偵察衛星に捕捉されていたはずだから、この現場をステルス戦闘機などが急襲すれば、正恩氏を殺害できた可能性が高かったことになる。

(参考記事:「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民のキツい本音

逆に言うと、正恩氏は「そんなこと出来やしない」とたかをくくり、堂々と自分自身を衛星にさらしていたわけだ。

その上、弾道ミサイルの発射までが成功に終わったのだから、これは北朝鮮の立場からすると、米国に対する「軍事的勝利」となるのだ。

さて、今後のことだが、正恩氏は弾道ミサイルの担当者たちに対し、「米国とその追随勢力が気を確かに持って正しい選択をする時まで高度に精密化、多種化された核兵器と核打撃手段をより多くつくり、必要な実験準備をいっそう推し進める」よう指示している。

トランプ政権が、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験をひとつの「ライン」として考えていることからして、北朝鮮がICBMの開発を急ぐことはないだろう。まずは多種多様な中距離弾道ミサイルを開発、実戦配備し、米国の同盟国(日韓)に対する核攻撃能力を盤石にすることを目指すはずだ。そしてその上でICBMを完成させられれば、一方的に「死ぬか、生きるか」を迫られる立場を脱し、「殺るか、殺られるか」の関係で米国とのイーブンに近づく。

果たして米国は、その過程を傍観するだろうか。空母打撃群の展開で「脅し」が効かなかったとなれば、いっそう前のめりの軍事行動に出る可能性もある。

そして、そこで偶発的な衝突が生じれば、危機は一気に加速しかねない。そのような展開が起きないことを祈るばかりだ。

(参考記事:米軍の「先制攻撃」を予言!? 金正恩氏が恐れる「影のCIA」報告書

(参考記事:金正恩氏は米韓の「カウンター攻撃」にやられる

※デイリーNKジャパンからの転載

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