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「GWは北朝鮮旅行へ」中国庶民の薄い危機感 - 安田 峰俊

 先月以来、世界では朝鮮半島における軍事衝突発生の危機が一定のリアリティを伴って語られるようになり、日本では緊張感が高まっている。5月1日、海上自衛隊の護衛艦は安保法制に基づき、史上初めて米海軍艦船の護衛任務を日本の領海内で実施。また6日には国内大手各紙が、朝鮮半島有事発生の際の邦人・アメリカ人の脱出計画に関する日本政府側のプランを相次いで報じた。一部報道やネット世論などにおいては、北朝鮮の建軍節(朝鮮人民軍の設立記念日)である4月25日前後に「開戦」するという気の早い見立てすら登場していた。

 いっぽう、北朝鮮との軍事衝突において「当事者」となるはずの韓国では、日本ほどの危機感の高まりは見られないとしばしば報じられている。ならば、北朝鮮と国境を接するもうひとつの隣国・中国はどうなのだろうか?

 結論を先取りして言えば、すくなくとも庶民レベルでは「韓国以上に緊張感がない」が答えである。

北朝鮮旅行には歯ブラシを持っていけ!


GWの北朝鮮ツアーのホームページ。現在も毎日催行している。

 緊張感のなさを感じさせる最も象徴的な事例が、中国国内の各旅行業者によって催行されている北朝鮮観光ツアーだろう。私が複数の業者に電話を掛けて聞いてみたところ、中国国内発の北朝鮮ツアーはこのゴールデンウィーク中も無事に催行されていた(ただし、以前は可能だった日本人のツアー参加は現在はNGのようだ)。

 北朝鮮のミサイル発射失敗が伝えられた4月中旬、一時的に中国系航空会社の北朝鮮運行が見合わされたり、中国国内発の北朝鮮ツアーが催行中止になった(ただしいずれもミサイル・核問題との因果関係は不明)と報じられたこともあるが、少なくとも現在はいずれも復活している。

 ここで、吉林省の延辺朝鮮族自治州から北朝鮮東部のラソン特別市に陸路で行く1泊2日ツアーの概要を以下にご紹介しよう。なんとも牧歌的な空気が漂う説明文に、思わず拍子抜けすること請け合いである。

【GW北朝鮮旅行2日パック 850元(約1万3800円)から】

<日程>

【1日目】
朝、延吉市を出発、200キロ離れた圏河国境にて出入国手続き。
北朝鮮側ウォンジョン国境より65キロ、ラソン市に到着。
昼食後に革命事跡館にて太陽像(金日成・正日の肖像画)を見学後、温室にて金日成花・金正日花を鑑賞。
その後にラソン港を30分観光。国営土産物店でショッピング。
ラソン市中心劇場もしくは現地幼稚園にて、北朝鮮の小中学生のショー鑑賞。
夕食後にホテル泊。

【2日目】
朝食後に美術展示館・外文書店を参観し、ビバ島を遊覧観光1時間。
海鮮加工工場を見学後、国境に移動。中国入国後に延吉市内にて楽しい旅行を終了。

<注意事項>

・IDカードとパスポートを必ず携帯すること。
・洗面用具や歯ブラシ、スリッパなどは各自で準備のこと。
・北朝鮮では人民元(中国の貨幣)が通用するが、6000元以上の持ち込みは不可。
・小型のデジカメ持ち込みは可能。ただしフィルムカメラは持ち込まないこと。
・通信用具、大型望遠鏡・録音機は持ち込まないこと。
・韓国製の食品、贈答用品・印刷物などは持ち込まないこと。
・旅行中の撮影、録画は観光地のみでおこない、他の場所を撮らないこと。この規定に違反した場合は北朝鮮にて勾留されることがある。
・金日成の銅像を参観するときには厳粛に。主席のポーズを真似して写真を撮ったり、主席像の半分だけを撮ったりしないこと。自発的に献花をおこない、中朝友好の気持ちを示すこと。
・旅行中は旅行会社の指示に従って観光すること。勝手にツアー団を離れての単独行動、親戚・友人訪問や商業活動をおこなわないこと。ルールを守り、密貿易や麻薬販売などの非合法活動をしないこと。
・祖国の安全、名誉、国益を害する行為をおこなわず、北朝鮮の係員と政治的な話やデリケートな話はせず、中朝両国の友情の架け橋となるべく努めること。
・持ち込んだ食品を、現地の路上の人や子どもなどに勝手にあげてはいけない。礼儀に気をつけて現地の人と友好的に接すること。
・北朝鮮の子どものショーが終わった後は、アメ・ビスケット・ノートなどのごほうびをあげて、両国の友情をはぐくむようにすることが望ましい。

<ひとことアドバイス>

・ホテルのハード面での設備は限界があり、しばしば停電し、たまに断水します。
・道路は比較的未舗装路が多く、車両は普通は中古の韓国車や日本車です。
・ガイドは多くがピョンヤン大学中国語学部の卒業生で、サービスがよく礼儀正しい人たちです。ただ、旅行シーズンはガイドの需要が増えるので、ガイドたちには中国語がそれほど上手ではない人もいます。ご了承ください。
・北朝鮮旅行の日程は当日の決定事項を優先します。北朝鮮の政治的な要因によって観光ができないスポットがあることもあります。

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 上記のツアーの他にも、北京発の空路や遼寧省瀋陽発の国際列車でピョンヤンやケソンに向かうツアーの催行も確認できる。実際の参加者も、絶対数はすくないものの微博(中国版ツイッター)を検索して見つけることができる。例えば下記は、核・ミサイル危機が持ち上がって久しい4月27日から30日まで北朝鮮旅行に行ったという湖北省武漢の女性の書き込みだ。


「フォトショップで加工しなくても北朝鮮の青空はこんなにキレイ!」だそうである。たしかに中国よりも空気がよさそうだ。

 ほか、中国国内には北朝鮮が外貨の獲得を目的にして開設している国営レストランが多数ある(特に中国東北部の瀋陽や丹東などに多い)。微博を検索してみると、こちらでもGW休暇中のグルメレポートとして北朝鮮レストランでの食事の写メや、“北レス”の名物である北朝鮮美女店員の歌謡ショーの動画をアップしている人たちが見つかる。緊張感は限りなくゼロだ。

軍事的緊張、戦略的傍観、そして不安と無関心

 庶民の認識はさておき、中国の為政者たちが昨今の朝鮮半島情勢を非常に注視しているのは確かである。中国人民解放軍は北朝鮮国境に10万人規模が展開中とも報じられ、兵士への「動けば撃つ」といった戦時朝鮮語の教育もおこなわれていると伝わる。 

 ただ、北朝鮮に戦火が上がったところで、中国が単独で北朝鮮軍と戦う可能性はほとんどなく、まずは難民流入の阻止が表立った仕事となる。アメリカのトランプ政権が習近平に協力を求める姿勢を見せたことで、中国にとって昨今の朝鮮半島情勢は、むしろ自国の国際政治上の影響力をよりアピールする好機という側面すら生まれている。米日韓の軍事データの収集など、中国にとって今後やるべきことは多いのだが、事態がどう転んでも中国自身が不利になる可能性は(短期的に見れば)それほど高くない。

 政府がこうした立ち位置であるため、中国国内の報道においても、北朝鮮問題は危機を報じつつもどこか「他人事」という雰囲気が演出されているように見える。

豆満江沿岸の中朝国境 ©安田峰俊

 もちろん、遼寧省など北朝鮮と近い地域の人々には、朝鮮半島からの難民流入によるパニックや、核爆発による環境汚染を心配する声も出ている。ただ、これらは台風や洪水の懸念と同じような地域限定の不安にとどまり、全国的に見れば庶民の間でほとんど緊張感は高まっていない。

 少し危ないので官民を上げて大慌ての日本、いちばん危ないのに慌てていない韓国、危険がなくて関心もない中国の庶民と、虎視眈々とチャンスを狙う中国政府――。東アジアの各国がそんな状態にあるなかで、現在の朝鮮半島危機は今日も深刻さの度合いを増している。

(安田 峰俊)

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