記事

韓国の政治文化を考える:「目上を立てる」儒教と「全員平等」の民主主義はいかに結びつくか

1/2

5月9日に行われた韓国大統領選挙で、文在寅氏が勝利しました。10年ぶりに保守派から政権を奪取した革新派の新大統領は、北朝鮮との対話を模索することを示唆しており、北朝鮮情勢にも小さくないインパクトをもつとみられます。

ところで、今回の選挙は朴槿恵前大統領の弾劾と罷免、そして逮捕に続くものでした。朴氏に対する抗議運動に代表されるように、韓国では国民の政治活動がしばしばオーバーヒートする傾向があります。

朴前大統領に対する抗議活動の場合、人口が5150万人の韓国で、100万人のデモが行われました。為政者への異議申し立ては民主的な行動ともいえますが、まだ罪が確定していなかった段階での抗議としては、やや行き過ぎの感もありました。

今回の大統領選挙で、全ての候補が、2015年の従軍慰安婦に関する日韓合意を見直す姿勢を打ち出していたことも、国民の政治活動の活発さと無縁ではありません。当選した文氏も従軍慰安婦に関する日韓合意の再交渉を日本政府に求める姿勢ですが、そこには少なからず、日韓合意に批判的な国内世論の過熱への警戒や配慮があるといえます。

日本からみて、やや過熱しすぎと映ることもある韓国民の政治活動は、なぜ生まれるのでしょうか。これを、韓国の政治文化から考えます。

儒教の光と影

韓国の政治文化を考える際、儒教の影響は見過ごせません。韓国では儒教の影響が強く、それは「本家」中国や江戸時代に儒教を国家イデオロギーとした日本を上回るといえます(個人的な感想では、韓国からの留学生は、日本や中国の学生と比べて礼儀正しい人が多い)。

孔子が広めた儒教は、家族や集団の一体性や調和、さらに子が親に従うように社会的序列を重視し、その一方で個人が自らの欲求や意見を安易に表に出すことを戒めます。その理想とする政治は、為政者が「法」によって人々を縛ることなく、「徳」によって人々を導くものです

しかし、どんな価値観や理念であれ、それを実行に移すのが人間である以上、光と影があることは避けられません。儒教についても同様で、人間同士の結びつきや上下関係を重視することは、慎みや謙虚さなどの美徳を生む一方、縁故主義をはびこらせ、上位者の意向の良し悪しを自ら判断することすら放棄させがちです

朴前大統領が個人的な友人に公務内容を話したことも、「大統領の長年の友人」というだけで多くの財閥がその要望に唯々諾々と従ったばかりか、むしろ率先してすり寄ったことも、孔子の教えとは無関係に、儒教が生みがちな影といえるでしょう。

世界各国の「透明性」を測定するトランスペアレンシー・インターナショナルの調査によると、2016年度の韓国の「腐敗度」は176ヵ国中52位。これはチェコ(47位)やイタリア(60位)とともに、先進国で最も低い水準です(ちなみに日本は20位、中国は79位)。

儒教と民主主義

欧米圏では、儒教が民主主義と相反するという観方が根強くあります。人種差別的な思考が強かった19世紀のヨーロッパでは、東アジア一帯を念頭に、儒教は「停滞」の象徴のようにさえ論じられました

現代でも、同様の観方は、欧米の比較政治学者の間でも珍しくありません。それによると、社会の一体性や秩序を重視し、目上の者にひたすら従い、自らの意見を表明しないことをよしとすることは、「慎み深い」としても、社会変革を促す「主体性」や「自発性」を損なうとみられます(同じ観点から、プロテスタントの国と比べてカトリックの国の方が民主主義に合わないという見方さえある)。

ただし、この観方は「(日本を含む)東アジアの儒教圏では民主主義が発達しにくい」という議論に行き着きやすく、さらにプロテスタント文化圏の優位を暗黙のうちに想定したもので、額面通りに受け止めることには、慎重であるべきでしょう。

その一方で、少なくとも、儒教の影響が強いとするなら、韓国で抗議活動や選挙運動が盛んなことは、一見したところ奇妙に映ります。為政者に対する批判は、儒教が重んじるタテの人間関係を否定しかねず、選挙運動が盛んなことは、社会の分裂を加速させかねないからです。

東アジア各国における政治の見方

それでは、韓国では政治がどのようにみられているのでしょうか。

猪口孝新潟県立大学学長が主催するアジアン・バロメーターは、アジア各国で意識調査を行っています。その調査結果を活用した研究は各国で行われていますが、例えばカリフォルニア大学のDoh Chull Shinらは、東南アジアを含む東アジア各国でどのような政治体制が好まれているかを比較しています

このうち、日中韓と台湾だけを抽出すると、表1のようになります。

画像

Dohらの定義によると、“能力主義”(Meritocracy)とは、有権者による選挙ではなく、試験などによって能力で選抜された人間に統治を任せるべきという考え方です。これは中国や朝鮮半島の歴代王朝で採用されていた科挙制度をはじめ、いわば官僚支配を認める立場です。

これに対して、“専制”(Autocracy)とは、選挙だけでなく、いかなる選抜をも好まない立場です。特定の家系の出身であることなど、いわば「自分たちと異なる特別な人間」に統治を委ねる志向といえます。「カリスマ」を求める志向も、これに該当するでしょう。

その一方で、Dohらは“民主主義”(Democracy)と“混合型”(Hybridity)を、複数の政党が選挙で争うことを認める点で一致しながらも、政府や国民の捉え方に違いがあるものとして捉えています。

これらのうち、「政府は国民に雇われている立場で、国民は自分たちの要望を表明しなければならない」、「政府は国民の要望を実現させなければならない」と考える人は“民主主義”に、「政府は両親のようなもので、国民にとって何が良いことかを決定しなければならない」、「政府は人々にとって良いことと考えることを実施しなければならない」と考える人は“混合型”に、それぞれ分類されます。

選挙への不信感

これらの分類に沿って表1の各国のデータをみていきます。まず、選挙を行なっている日本、韓国、台湾で、選挙を前提とする体制を支持する人々の間でも、「政府を使っている」(“民主主義”)より「政府に守られている」(“混合型”)と考える人が多いことは、東アジア全体で「お上意識」が強いことを示唆します。

民主的な体制の国でもそうだとすると、共産党一党支配のもとにある中国で、民主主義や混合型を志向する人が少ないことは、さして不思議ではありません。さらに当局の監視下に置かれやすい中国では、回答者が質問に警戒したことも考えられます。

しかし、ここでの文脈でむしろ注意すべきは、中国はさておき、日本や台湾と比較しても、韓国では“民主主義”と“混合型”の合計が10ポイントほど低く、“競争主義”と“専制”の合計が10ポイントほど高いことです。つまり、韓国における選挙への信頼度は、選挙が行われている国としては、総じて低いといえます

良くも悪くも、選挙は「自分の意見を明確にする」なかで「社会を分裂させる」効果があり、これらはいずれも儒教で戒められることです。社会の一体性や序列を重視するなら、選挙を通じて個人の自由な意志を表現することへの不信感が強かったとしても、不思議ではありません。つまり、選挙に対する信頼の低さからは、韓国における儒教の影響をうかがえるのです。

あわせて読みたい

「韓国」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    1台で4000戸分?EVは本当にエコか

    大西宏

  2. 2

    よしのり氏 山尾氏守り「満足」

    小林よしのり

  3. 3

    貧乏暮らしが生活保護の基準か

    中村ゆきつぐ

  4. 4

    死んでも祟る 富岡八幡宮の確執

    SmartFLASH

  5. 5

    貴乃花親方へ批判報道に妻が怒り

    女性自身

  6. 6

    父が殺人犯に 加害者家族の現実

    fujipon

  7. 7

    大企業の不正「なれ合い」が原因

    田原総一朗

  8. 8

    清水建設問題 下請け告発で発覚

    山口利昭

  9. 9

    庵野秀明 学校嫌なら逃げていい

    不登校新聞

  10. 10

    「結婚は人生で1回だけ」に疑問

    AbemaTIMES

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。