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なぜ、金融事業者だけが顧客本位を求められるのか? - 塚崎公義 (久留米大学商学部教授)

金融庁が金融事業者に対し、顧客本位の業務運営を指導

 金融庁は本年3月、「顧客本位の業務運営に関する原則」を発表し、金融事業者(金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等を行う全ての金融機関等)が顧客本位の業務運営に当たるべきだ、としています。ポイントは「顧客の最善の利益の追求」で、具体的な原則として「顧客本位の業務運営に関する方針の策定・公表等」「顧客の最善の利益の追求」「利益相反の適切な管理」「手数料の明確化」「重要な情報の分かりやすい提供」「顧客にふさわしいサービスの提供」「従業員に対する適切な動機づけの枠組み等」の7つを掲げています。

 一読すると至極マトモなことを言っているようですが、本当にそうでしょうか? 他の業界を所掌する官庁が顧客本位を業界に説いているという記憶がないのですが、なぜ金融庁だけが顧客本位を業界に説くのでしょうか? その理由について考えてみましょう。

リスクの説明と手数料の説明は異なるはず

 顧客に物を売る時に、リスクの説明をするべきであるのは当然のことです。家電製品には詳細な取り扱い説明書が付いていますし、健康食品には「摂り過ぎは体に毒です」と書いてあります。こうした点については、各業界を所管する官庁や消費者庁などが厳しく指導しているはずです。金融商品についても、金融商品取引法が顧客のリスクについてしっかり説明するよう、定めています。たとえば契約締結前に書面を交付して、「損失を生じることとなるおそれ」や「損失の額が、顧客が預託すべき保証金などの額を上回ることとなるおそれ」があるときは、その旨を記載しなければならない、としているわけです。

 しかし、販売者の利鞘、利幅、手数料などについては、一般に公表されていません。自動車販売会社が100万円で売っている自動車を何円で仕入れたのか、表示することはないでしょう。レストランがメニューに価格を掲載する時、並べて材料費を記すこともないでしょう。「お勧めは?」と聞く客に、一番利幅の高い商品を勧める店だってあるはずです。それに対して、自動車販売会社やレストランを所掌する官庁から「利幅を公表し、顧客に最も有利な商品を勧めよ」という指導がなされたという話は聞きません。

 金融機関は、投資信託の販売手数料は開示していますし、外貨預金の際の外貨の売値(設定時)と買値(解約時)を公表していますから、一般の事業者より遥かに情報開示を行っているのに、なぜ今さら金融庁から指導を受けなければならないのでしょうか?

市場メカニズムが働く条件は、人々が賢いこと

 自動車販売会社が利益率を公表しなくても、消費者の大半は賢いので、良い車を安く買うための情報収集を怠らない、としましょう。消費者は、価格に見合った性能を有する自動車を間違えなく買うので、公表しなくても消費者の利益は害されないのです。

 そうであれば、企業は「消費者の利益を考えて、利幅を下げる」のではなく、「自社の利益を考えて、あまりガメツイ価格設定をすると客が来なくなってしまうから、顧客に優しい価格設定をする」のです。

 中には賢くない消費者もいるでしょうが、心配要りません。消費者の大半が賢ければ、売り手は暴利を貪るような価格設定をしなくなるので、賢くない消費者も適正な価格で購入することができるのです。

 しかし今度は、大半の客が賢くないとしましょう。売り手は法外な値段を付け、「お勧めは?」と聞いてくるカモに、最も利益率の高い商品を勧めることになるでしょう。時々賢い客も来店し、あまりの高さに唖然として立ち去っていくでしょうが、気にすることはありません。そうした客は、価格の安い(利幅の小さい)店に行けば良いのです。そんな客を逃しても、惜しくありません。だから売り手としては、「ガメツイ価格設定をしても客が逃げないから、顧客に優しくない価格設定をする」のです。

 もしかすると、自動車を買う客は賢いから、所管官庁が「顧客の利益を優先しろ」と言わなくても、顧客の利益が守られるので、所轄官庁は何も言わないのかもしれません。一方で、金融商品を買う客は賢くないから、所管官庁が「顧客の利益を優先しろ」と言わないと、顧客の利益が守られないため、その旨の指示を出しているのかもしれません。

 たしかに、後述のように、日本の金融教育は不十分ですから、そうしたことはあり得ますが、消費者が自動車等々について充分な知識を持っているのか否かは、はなはだ疑問です。

日本の金融教育は、不足している

 もしかすると、日本人は金融教育をほとんど受けていないので、金融商品や運用については無知で、「金融機関のお勧めに従うのが一番良い」と思っている人が多いのかもしれません。実際、金融広報中央委員会の金融リテラシー調査(2016年)によると 、たとえばクレジットカードで分割払いを選択すると、手数料(金利)負担が生じることについて理解している人は半分弱にとどまっています。また、住宅ローンの利用者でも、金利変動時の固定・変動金利の適切な選択について理解している人は半分弱です。国際比較をしても、正誤問題に関する正解率は米国よりも10%下回っています。

 また、visaが 2012年3月に日米の大学生に対し実施した調査によると、小・中・高等学校のいずれかで金融教育を受けた経験があると回答した大学生は、日本の大学生が39.7%(124名)に対し、米国の大学生は72.2%(249名)であり、約2倍の差がありました。日本の金融教育が如何に不足しているか、推察される所です。

株主利益を追求するのは悪いことか?

 「金融教育が足りないから消費者が適切でない商品を買ってしまうのだ。だから金融教育を充実させなければならない」というのであれば、理解できますが、それならば文部科学省に申し入れる話でしょう。「銀行協会等々に圧力をかけて、金融教育の寄付講座を作らせる」といった程度であれば、まだ理解できます。しかし、株式会社に対して「自社の利益より客の利益を考えろ」というのは、越権行為ではないでしょうか?

 そもそも、日本人の金融教育が足りないと言っても、「金融商品について、よく知らない」ということであって、手数料率を知らない、ということではありません。たとえば投資信託について言えば、「投資信託についてよく知らないから、自分の生涯設計に相応しくない投資信託を買わされてしまった」ということならば同情の余地はありますが、「投資信託の販売手数料が◯%である」ということは理解した上で買っているので、「手数料の高い投資信託を売りつけられた」という客に対しては同情の余地はありません。

 金融機関は多数の投資信託を売っていて、手数料も開示していますから、客としては手数料を比較すれば良いのです。ネット証券であれば、手数料は安いのですから、ネット証券で購入すれば良いのです。「インターネットが使えないから、手数料が高いと知っていますが、御社で購入します」という客に対して、高い手数料を請求したからと言って、監督官庁に怒られる理由はないでしょう。

金融庁の特殊性に起因している面も

 ちなみに、各省庁はそれぞれに所掌の業界を割り当てられていて、業界の健全な発展のために保護育成する行政を心がけるのが普通です。たとえば経済産業省設置法には「経済産業省は、民間の経済活力の向上及び対外経済関係の円滑な発展を中心とする経済及び産業の発展並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保を図ることを任務とする」と定めています。産業の発展を図ることが任務なのです。

 しかし金融庁は、前身が「金融監督庁」であったことからも推測できるように、金融産業の保護育成を目指したものではなさそうです。金融庁設置法にも「金融庁は、我が国の金融の機能の安定を確保し、預金者、保険契約者、有価証券の投資者その他これらに準ずる者の保護を図るとともに、金融の円滑を図ることを任務とする」とあります。金融産業の発展を図ることは、目的ではないのです。

 「担保を偏重せず、借り手の事業性を見て貸せ」「顧客の利益を最優先しろ」といった、金融業界から「無理難題」と思われるような要求が次々と出てくるのは、もしかすると、こうした金融庁の「本質」に基づくものなのかもしれませんね。

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