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フランスの救世主マクロンの前に立ちはだかる「公費天国」の壁

フランス大統領選第1回投票に訪れた市民(撮影:木村正人)

[パリ、ロンドン発]フランス大統領選の第1回投票が4月23日に行われ、欧州連合(EU)統合推進派の中道政治運動「前進!」、前経済産業デジタル相エマニュエル・マクロン(39)とEU離脱の国民投票実施を掲げる右翼ナショナリスト政党「国民戦線」党首マリーヌ・ルペン(48)が5月7日の決選投票を争うことになった。

上位4候補の得票率は内務省発表では次の通り。

マクロン24%▽ルペン21.3%▽共和党候補の元首相フランソワ・フィヨン(63)20%▽急進左派・左翼党共同党首ジャン=リュック・メランション(65)19.6%。フランスの世論は見事に4極化している。共和党を中心とした右派、社会党を中心とした左派の対立軸は完全に崩壊した。

提供:木村正人

投票が締め切られた23日午後8時、出口調査の結果をもとにフランス主要メディアは一斉にマクロンとルペンの決選投票進出を報じた。昨年、イギリスのEU国民投票とアメリカ大統領選で世論調査の予想が大きく外れたのを目の当たりにしてきただけに正直言って半信半疑だった。

投票する市民(撮影:木村正人)

これまで世論調査がことごとく外れてきた理由は、回答者が実際に投票所に足を運んだか否かによるだろう。イギリスのEU国民投票では、事前の世論調査で「離脱」と答えた人が投票所に行った割合は「残留」と回答した人を上回った。アメリカ大統領選でも同じことが起きた。共和党候補のドナルド・トランプと回答した人の方が熱心に投票所に向かった。

今回、マクロン支持者はルペン支持者と同じほど、いや、それ以上に真剣に投票行動を起こした。それが、世論調査の予想通りにフランス大統領選が展開した理由の一つである。

前回2012年大統領選の得票数と比較してみると、マクロンは中道右派や社会党右派から票を集めたことが分かる。ルペンは共和党の保守派、社会党支持者の単純・半熟練労働者、失業者の票を積み重ね、メランションも社会党左派の票を大量に取り込んだ。マクロンは2月に中道・民主運動議長フランソワ・バイル(65)と共闘したことが功を奏し、社会党と共和党の自滅が追い風になった。

提供:木村正人

メランションが307万6000票も上積みしたのに対して、ルペンは125万8000票しか増やせなかった。ルペンに流れていたかもしれない票をメランションがかなり奪ったことがうかがえる。フィヨンと社会党候補のブノワ・アモン(49)は支持者に決選投票ではマクロンに投票するよう呼びかけている。

「マクロンは安全装置がついた自由市場経済の導入に挑む」

直近の世論調査でマクロンの支持率は60%を超えており、決選投票でのマクロン圧勝が確実な状況になってきた。焦点は6月の国民議会(下院)選でマクロンがどのように多数派を形成するかに移っている。フランス政治に詳しく『フランス政治のリーダーシップ、シャルル・ドゴールからニコラ・サルコジまで』の著者でもある英アストン大学教授ジョン・ガフニーに今回の選挙結果について尋ねた。

アストン大学ジョン・ガフニー教授(撮影:木村正人)

――マクロンが第1回投票で首位に立った理由は。彼が次のフランス大統領になるのか

「彼の成功は、フィヨンが妻と子供2人の秘書給与不正受給スキャンダルで失速、社会党の崩壊、優れた自分自身のパフォーマンス、フランスを変革する願望によるところが非常に大きい。彼は政治に新風を吹き込んだカナダの首相ジャスティン・トルドー、アメリカの大統領ジョン・F・ケネディと同じテイストを硬直化したフランス政治に持ち込んだ」

――彼がフランスの大統領になったら、どのようにフランスを改革するのか。フランスに市場主義型経済を持ち込むことは可能なのか

「マクロンは安全装置がついた自由市場経済の導入に挑むことになる。国家の役割は維持されるが、彼はすべてに柔軟性を持たせなければならない。不平等な年金システムなど多くの特権を取り除き、労働法やビジネスを妨げている税制を改革しなければならない」

――シャルル・ドゴールが1958年に国民議会の力を削ぎ、大統領の執行権を強化した第五共和制が終わったと考えるか

「そうかもしれない。マクロンの誕生はおそらく第五共和政のための贈り物だが、たくさんの改革に取り組む必要がある」

――6月の国民議会選でマクロンは多数派を形成できるのか

「多分、彼1人ではできない。中道勢力との合意はかなり高い確率で可能だ。おそらく社会党右派と協力し、共和党の左派とさえ連携するだろう。政府が主導する政策ごとに違った多数派を形成していく可能性がある」

――フランスとイギリスは欧州問題に関して全く違う道を歩むことになった。イギリスと欧州大陸の関係はどうなると考えるか

「ブレグジット(イギリスのEU離脱)は大惨事だ。もしマクロンがフランス経済を自由化したら、(今ロンドンにいるフランス人のヤングエグゼクティブら30万人が帰国し始めるため)イギリスにとってブレグジットはさらにひどいものになるだろう。マクロンはEUを愛しているので、ブレグジットはEUに対する脅威とみなしている」

“痛み”を伴わない改革は可能なのか?

エマニュエル・マクロン(今年2月、木村正人撮影)

フランスの大統領には首相の任免権、国民議会の解散権、議会を通さずに一定の法律案を直接国民投票にかける権利が認められ、アメリカの大統領よりも強い権限が与えられている。一方、内政を司る首相は議会の信任が必要なため、大統領は自分の党派と異なっていても議会の多数派から首相を選ぶ(コアビタシオン)ことがあるため、大統領制と議院内閣制を組み合わせた「半大統領制」とも呼ばれる。

フランス経済を再生させるためにマクロンが掲げたマニフェスト(政権公約)は次の通りだ。

・ユーロ圏経済政府・財務相の創設を交渉。ドイツとEU全域での投資計画を検討
・5年間で600億ユーロの歳出を削減、500億ユーロの公共投資
・失業率を10%から7%に下げる
・退職者の穴を補充せず12万人の公務員削減
・財政赤字を3%以内に
・週35時間労働を維持するが、民間企業に交渉の余地を残して柔軟化
・法人税率を33%から25%に切り下げ
・低賃金労働者の社会保障費負担を免除
・年金や失業保険システムの統合を進める
・年金支給年齢は62歳に据え置き

マクロンは右派も左派も取り込むため、北欧型のマイルドな市場経済主義を目指しているが、こんな手ぬるい改革で、既得権がはびこり硬直化したフランス経済を再生できるのか。炭鉱閉鎖や民営化、労働組合の弱体化といった「痛み」を伴う改革を断行したイギリスのマーガレット・サッチャー型の革命が必要と思われる。がしかし「痛み」の緩和を求めてルペンやメランションに投票した人が1400万人を超えているのが冷徹な現実だ。

フランス経済の問題を如実に物語るのは成長率の低下と高止まりした失業率だ。実質国内総生産(GDP)の成長率から見ておこう。14年のフランスの成長率は0.67%とドイツの1.59%、イギリスの3.07%と比べて格段に見劣りする。

提供:木村正人

失業率ではフランスは10%前後で高止まりしており、ドイツの3.87%、イギリスの4.67%(いずれも16年第4四半期)に比べて回復が遅れていることが分かる。

提供:木村正人

失業率以上に顕著なのは就業率の低さである。生産年齢人口に対する就業者数の割合を示す就業率はフランス64%、ドイツ75%、イギリス74%と大きな差がついている。フランスでは働けるのに働いていない人が多いのだ。

提供:木村正人

13年11月に著書『どうして私はフランスを出ていくのか』を記した税務の専門家ジャン=フィリップ・デルソルの調査では、労働力人口2800万人(当時)のうち半分を超える1450万人が税金から給与や手当を支給されていた。

内訳は、公務員520万人(1983年以降に36%も増えた)、準公務員200万人、公的支援を受ける慈善団体などの職員100万人、失業手当を受ける320万人、所得保障の対象の130万人、国の補助を受ける従事者75万人、EUの共通農業政策(CAP)で補助金を受ける農業従事者100万人。

フランスはまさに「公費天国」なのだ。ここに踏み込まない限り、フランス経済の再生はあり得ない。しかしフランスの半分近くの有権者はこれ以上の「痛み」は我慢できないぐらい追い詰められているのも事実なのだ。自分をジャンヌ・ダルクやナポレオン1世のようなフランスの救世主と信じて疑わないマクロンに果たして大なたが振るえるのか。EUという経済統合の軛の中で、痛みを伴わない魔法の杖は見つかるのだろうか。

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