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失業時代から労働力不足時代へ、頭の切り替えが必要 - 塚崎公義 (久留米大学商学部教授)

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 長期にわたって失業に悩んできた日本経済が、急に労働力不足に悩むようになりました。アベノミクスによる景気の回復が影響していることは疑いありませんが、じつは景気変動よりも本質的な、少子高齢化による現役世代人口の減少が、さらに大きく影響しているのです。

 後から振り返ると、アベノミクスが失業時代から労働力不足時代への転換点であった、という事になる可能性も高いと思われます。そうなると、従来はデフレが問題だったのがインフレが問題となり、経済対策も需要喚起から供給力強化へと、180度舵を切る必要が出てくるかも知れません。そうなると、資産運用に際しても、企業経営に際しても、従来とは全く異なる視点が必要になってくるでしょう。

失業の時代から労働力不足の時代に、大きな転換が生じている

 バブル崩壊後の日本経済は、長期にわたって需要不足に悩み、政府と日銀は失業問題と取り組んで来ました。国民が勤勉に働いて大量のモノ(財およびサービス、以下同様)を作り、倹約に励んでモノを買わなかったため、大量のモノが売れ残ったのです。

 売れ残ったモノは、海外に輸出されましたが、それには限度がありましたから、企業はモノを作らなくなり、人を雇わなくなり、失業者が増えました。これを雇ったのが政府の公共投資です。その後遺症として、巨額の財政赤字が残りました。つまり、財政赤字と貿易黒字は、失業が吸収された結果だったのです。

 経済学者の間では、成長率低迷の主因が供給サイドにあったという論者もいましたし、供給サイドの問題を解決しようとして小泉構造改革なども試みられましたが、多くのエコノミスト(本稿では景気の予測を本業とする人々の意味)は、成長率低迷の主因が需要不足であると考えていました。

 しかし、アベノミクスが登場すると、急に労働力不足が問題となり、失業問題が解消してしまったのです。アベノミクスによる経済成長がわずか4.5%(年率1.1%)という緩やかなものであったにも関わらず、急に労働力が余剰から不足に変化したことは、衝撃的な出来事でした。

 その背景には、少子高齢化に伴う現役世代人口の減少がありました。現役世代が負っていた失業という重荷を、団塊の世代が「定年により永久失業」することで引き受けてくれたので、現役世代がフルに働く時代に転換したのです。

 もちろん、現役世代人口の減少は急に始まったものではありませんでしたが、労働力余剰(失業者、社内失業者、潜在的な失業者に加え、失業対策の公共投資で雇われている人、雇用維持のための出血輸出で仕事にありついている人、等を含む)が余りに大きかったので、影響が顕在化しなかったのです。

 強いて言えば、ITバブル崩壊時とリーマン・ショック時の失業率が同じであったことが筆者には印象的でした。ショックの大きさは後者が遥かに大きかったのに、失業率が前者並みで済んだのは、団塊の世代が引退していたからだったのです。しかし、そのことに気づいた人は多くありませんでした。

 そして今回、アベノミクスによる景気回復で、急に労働力不足が顕在化して、人々を驚かせた、ということになりました。川の水量が徐々に減少し、川底の石が顔を出すような浅さになった時点で、アベノミクスという少し大きめの石が登場したので、急に石が見えてきて人々が驚いた、といったイメージでしょうか。

労働力不足は今後も着実に進展

 今後についても、景気が大幅に悪化しないとすれば、少子高齢化による労働力不足は着実に進展していきます。加えて、労働力不足を加速させかねない事態も起こっています。一つは、パート労働者の勤務時間短縮の動きです。今ひとつは、違法残業に対する風当たりの強まりに伴う残業規制の動きです。

 労働力不足によりパートの時給が上昇しています。そうなると、専業主婦が「130万円の壁」などを意識して、働く時間を短縮することになりかねません。「価格が上がると供給が減る」という、経済学入門の教科書には載っていない事態が発生しかねないのです。これが一層パートの需給を逼迫させて時給を高める、という循環(好循環と呼ぶか悪循環と呼ぶかは立場により異なりましょうが)が生じる可能性もあります。

 パートの時間短縮の動きは、「106万円の壁」の出現によっても加速されかねません。社会保険の加入要件が、一部労働者については130万円から106万円に変更になり、さらには106万円の適用範囲が今後も拡がる予定になっているわけです。

 今ひとつの違法残業規制の動きは、どこまで本格化するか、現時点では不明ですが、飲酒運転の規制が一つの事故を契機として一気に強まったことを考えると、今回も一気に違法残業の規制が進むかもしれません。そうなれば、その分を新たな労働力の調達で補う必要が出てくるため、相当大規模な労働力の新規需要が突然出現する可能性が出てくるわけです。

賃金の上昇がインフレの圧力に

 労働力不足は、賃金を上昇させます。特に、非正規労働力の価格は需要と供給の関係を敏感に反映しますから、既に値上がりが始まっています。この流れは、加速することこそあれ、止まることはないでしょう。

 これが、ワーキング・プアと呼ばれる人々の生活水準を引き上げることになり、同一労働同一賃金が、労働力需給の引き締まりによって、自動的に実現していくとすれば、素晴らしいことですね。期待しましょう。

 労働力を確保するため、企業が非正規社員を正社員に転換する動きも見られはじめています。正社員になりたがっている非正規社員も多いですから、これも素晴らしいことですね。

 正社員については、「釣った魚に餌はやらない」ということで、現在までのところ、それほど上昇していませんが、新卒の採用市場が売り手市場の様相を強くしていることを考えると、初任給には引き上げ圧力がかかっていることでしょう。そうなれば、正社員全体の給与水準も上昇していくかもしれません。

 上記のように、企業の人件費負担が上がっていくことは疑いない所でしょう。そうなれば、人件費コストを売値に転嫁しようという動きが出てきます。インフレ圧力が強まるのです。

 なお、正社員の給料がどうなって行くのかは、予測が困難です。予測する材料がほとんどないのです。かつての日本企業は、「従業員の共同体」でしたから、企業が儲かれば従業員に気前よく分配されていましたが、最近では「会社は株主のもの」という風潮から、利益は配当に回され、賃上げには回さない、という企業が増えているのです。

 「儲かっても賃上げしない」なら、「労働力不足でも賃上げしない」ということなのか否か、過去の事例が参考にならないため、今後の推移が要注目です。学生が就職先を選ぶ時に、「社員の生涯賃金」にまで注目しているのか否か、中途採用が増加して中途採用市場における労働力需給が全体の賃金に影響するようになっていくのか、といった辺りがポイントになるのかも知れませんね。

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