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日本解凍法案大綱 15章 社長の妻

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牛島信(弁護士)

「先生、私、沙織おばさんに電話して、どうしてあんなことを知っていたのか聞きました。そしたら、先生の名前を教えてくれました。私が先生にお会いすることも承知してくれました」

梶田紫乃が、大木弁護士の事務所の会議室に座っていた。高野が座っていたのと同じ椅子だ。向かい側には、大木弁護士と辻田弁護士が並んでいる。

「叔母が株主総会で言っていたこと、ぜんぶ本当だったんですね。

先生はすべてご存知なんですよね。先生のところでお調べになったことですもの。

先生のところの弁護士さん、凄いですね。

資料、全部拝見しました。徹底的に会計帳簿とかが分析されていて、キチンと整理されている。感動ものでした」

株主総会が終わった翌日、梶田紫乃は大木弁護士に電話をしたのだ。

向島運輸の株主として相談がしたい、三津田沙織と同じ立場で話を聞いてほしいということだった。

「叔母に聞いた」という表現を梶田紫乃は使った。解任の株主提案にも、株主総会での三津田沙織の株主としての発言にも、自分は叔母に賛成だ。だから三津田沙織と同じ側に立って会社の建て直しをしたい。そのための第一歩が社長の追放だと思って、大木弁護士に会いたいのだと言った。離婚はとっくに決めているとことも無げだった。

「私は会社大事で生きてました。それが亡くなった創業者の三津田作次郎の遺志にいちばん添うことだからです。私にとっては私という人間を育ててくれた三津田作次郎が最も大事な方です。

夫も同じ思いでいるんだと頭から思い込んでいました。すべて任せてきました。でもとんでもないことだったのです。夫には私の知らない別の生活があったのです。想像もしませんでした。すべて信じていたから社長を任せていたのに」

そこには、会社のオーナーは自分で、夫の梶田健助は雇われ人に過ぎないというニュアンスがあからさまにあった。しかし、妻の考えは必ずしも夫の考えではなかったのだ。大木弁護士は、目の前の梶田紫乃の姿を眺めながら、口には出さなかったが心のなかでそう自らにつぶやいていた。

「いいえ、先生、私ももう63歳です。夫に女がいたからって、そんなことくらいでびっくりしません。初めてでもありませんし。

そりゃ、最初のときは大変でした。でも、夫が平謝りに謝って、それで終わり。大昔の話です。

今度は違う。あの人には外に子どもがいるんですよ。それも8歳の女の子。

私の子どもも8歳のときがありました。そのころのこと、よーく覚えています。昼間は会社で経理の仕事で目いっぱい働いて、夕方に飛ぶように家に帰って子どもの世話。夫はなにも手伝ってくれない」

「そうですか」

「そう。

先生、男ってみんなそうなんでしょうか?」

大木弁護士はたずねるように隣の辻田弁護士の顔を見ながら、

「そんなことはないでしょう。人によるんじゃないですか」

と素知らぬふりを決め込んだ。

辻田弁護士はなにか言わないわけには行かなくなってしまった。

「もうしわけありません。存じません。私は子どもはいますが、夫というものを持ったことはありませんから。

でも、夫にしたからにはお互いに愛し合った結果ですよね、誰に強制されたわけでもなないんでしょうから」

大木弁護士は穏やかな微笑を浮かべた。その微笑に安心したように、梶田紫乃が再び口を開いた。今度はずっと落ち着いた声だった。

「8歳だった私の娘にも今は子どもがいます。私の孫です。梶田健助の孫でもあります。ちょうど8歳です。女の子です。真代といいます。

私は梶田が外に作ったという子ども、万喜絵っていう名でしたよね、その子が、どういうわけでか私の子のような気がしてなりません。いえ、私の孫のような気がするんです。

変でしょう、先生?」

こんどは大木にともなく辻田にともなく問いかけると、二人の答えを待たず、

「でも、私は夫を許せない。

私を裏切ったからではありません。会社を裏切った男を許せないのです。創業者の三津田作次郎の思いの籠もった会社の金を横領するなんて。

せめて自分の金で遊んで欲しかった」

「でも、梶田健助氏には会社の金を持ち出す以外に自分の金を作る方法はなかったのではないですか?」

辻田弁護士が冷静な調子でたずねると、紫乃はさしたる関心事でもないかのように、まるで赤の他人の話のように、

「そうですね。そのとおりです。あの男には金を作る能力なんてなかった。

変なお話。

じゃあ、先生、私が悪かったことになるのでしょうか?

亭主に浮気代をやらなかったから悪い妻?

でも、どこの世界に亭主の浮気代を作ってやる女房がいますか?」

「それはそう。そうですね」

辻田が口を開く前に、大木が引き取った。真剣な表情を崩さない。

「梶田紫乃さん、あなたは会社の株主としてご相談にお見えだ。だからお会いしました。

もしあなたが会社の取締役専務さんのお立場なら、私どもがなにかお手伝いするというわけにはいきません。

向島運輸は私どもの依頼者である三津田沙織さんという株主の相手方からですからね。

会社を、株主同士、誰からみてもフェアに経営するつもりだということでしたからお会いしました。

あくまで、会社をフェアなものにするためです」

「安心してください。そんなことは心得ているつもりです。

私は、株主として向島運輸から梶田健助社長をどうやって追い出したらいいのか、その後でどうやって建て直したらいいのかを、株主と言う立場で教えていただきたいのです。オーナーだから好き勝手にするのではなく、会社をすべての関係者、ステークホルダーというのですか、その人たちにとってフェアな存在にしたいのです」

そう言ってから、悪戯っぽい目つきと声の調子で、

「先生たちへのお支払いには会社のお金は使いません。株主である私の依頼ですから私個人のお金でお支払いします。ご安心ください」

と言い足した。

大木が、

「ところで、梶田健助氏の持株はどのくらいの割合なんですか?」

とたずねる。

「個人ではほとんどありません。私も同じことです。51%のほとんどは家族だけが株主の会社、向島不動産という名前の資産管理会社のものです。それがパート・ワン、パート・ツー、パート・スリーの3社あります。どれも夫が社長です。株主は3社とも私たち夫婦と子どもだけです。」

「ほう、その3社の株の保有割合は?」

「私が33.7%、夫が17.3%。二人で51%です。それと子ども3人がみな平等で16.3%ずつです」

「で、お子さんたちはどちらの側につくとかあるんですか?」

辻田弁護士の質問に、答えるまでもないと言わんばかりに紫乃は、

「もちろん、全員私です」

とピシャリと跳ね返した。

「ほう。なんにしても少なくとも一人の子どもがあなたにつく限り、その二人で過半数になるようになっているんですね。

その3つの会社の社長を梶田健助氏からあなたに替えてしまえば、向島運輸はあなたの思うままになる」

大木弁護士が確認した。感に堪えないといった調子の声だった。梶田健助の立場が予想したよりもずっと脆弱なことがわかったからだった。社長といっても、乗っている舟は泥でできていたのだ。確かに、自分が本当のオーナーだと柴乃が思っているはずだった。妻に頭が上がらない、うだつの上がらない亭主というだけの話ではなかったのだ。

「では、その3社の取締役会を開くことになりそうですね」

「取締役会?そんなもの」

「法は法です」

辻田がきっぱりと言う。

「そうですか。

でも先生、私はあの人を地獄へ落とす必要があります。

そうでないと、私、あの世へ行って三津田作次郎に会わせる顔がありません」

大木の胸に「どうしてそこまで」という質問とともに「そもそも人間にとって地獄とはなにか。それはあの世にあるのか、この世にあるのか」という問いが浮かんだが、大木はそう口にする代わりに、

「地獄ねえ。まあ、この世のことですから、会社と縁がなくなるようにすることはできるでしょうね。損害賠償も取れるかもしれない」

と笑いながら、

「でも、経営は大丈夫ですか。従業員の方や取引先がありますが」

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