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一時は自殺も考えた…原発事故避難先でいじめを受けた少女

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2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う、東京電力・福島第一原発(1F)の事故をきっかけに、多くの人が福島県内外に避難した。会社員の佐藤幸治さん(51、仮名)の一家も、現在は新潟県下越地方で生活している。妻、郁美さん(45、仮名)の出身地だったからだ。

長女、里美さん(13、仮名)は小学校3年だった夏に転校した。しかし、転校先の学校では、同級生からの仲間はずれなどのいじめが始まった。現在は中学2年生だが、昨年、里美さんをばい菌扱いするといった「菌鬼ごっこ」が行われていたことが発覚し、今でも授業には出席できていない。

原発事故で自主避難を決めた理由

4月中旬、私は新潟県下越地方にあるJRの駅を降りた。すると郁美さんが車で迎えにきてくれていた。駅から車で約20分で佐藤さんの自宅に着くが、途中に中学校、小学校の校舎がある。のんびりとした田舎の風景がそこにあった。里美さんはこの日、久しぶりに学校へ向かった。2年生になってから授業は出ていないが、部活動に参加するためだ。

佐藤さん宅は借家だ。避難当時は近くのアパートに住んでいたが、家賃が安い借家に移った。福島県では、東日本大震災や原発事故に伴う自主避難者には住宅の無償提供をしていた。しかし、3月31日、帰還を促すために打ち切られている。22年3月までは家賃を一部補助するといった制度があるものの、佐藤さん一家は、利用していない。

新潟県下越地方のアパートに来たのは12年8月。本来、住宅は無償提供の対象になるはずだった。しかし、仲介業者が暴力団員にアパートを提供していたことが発覚し、その仲介業者を通した住居については、借り上げ住宅として扱わないことになった。そのため、すべてが自費だ。

佐藤さん一家がかつて住んでいた場所は、1Fから60キロ以上離れていたため、当初は避難を考えていなかった。しかし、里美さんが通う小学校の校庭を除染するのを見て不安を覚えたため、避難を決めた。校庭の除染は、一定の幅の土を削り取る方法だ。郁美さんは言う。

「除染で出た土を校庭の中に埋めていた。そこで運動会をすると言う。また、学校のプールは当初、放射性ヨウ素の数値が高いから排水ができないと言われたが、半減期が過ぎたため、プールを保護者が掃除をすることになった。このころ、レントゲン技師などの知識がある人は山形県に避難していた。学校の先生でも山形から通っている人がいた」

避難やいじめに関する情報をパソコンで整理をする幸治さん(撮影:渋井哲也)

幸治さんは空間線量のデータをパソコンに入力している。地元紙・福島民友に掲載された3月中旬ごろからのデータによると、住まいのある地点は1時間あたり6マイクロシーベルトを記録した。1Fから25キロほどの南相馬市役所での計測地点と比較すると3倍近い値だ。

幸治さんが勤めていた会社の事務所は南相馬市小高区にあった。一時は山形の事業所に異動となるが、警戒区域になった結果、操業再開のめどが立たず、解雇された。無職になったことを機に、12年8月、郁美さんの実家近くに引っ越すことになった。

繰り返されるいじめによって、「死にたい」と口にするように

福島県から避難した人たちは、嫌がらせやいじめを受けたり、悪口を言われるとニュースでも伝えられたことがあった。避難者の中では、いじめをどう防ぐのかを考えている人たちも多い。幸治さんもそうだった。

「先に避難をした人から、学期の途中で行かないほうがいいよ、とアドバイスを受けていた。登下校を見ていたら、同じ方向の子がいるのに、いつも一人で帰って来ていた。初めは『なんで一緒に帰って来ないの?』と聞いても、『みんな足が早くて』と答えていた。最初は逃げられている意識がなかったようだ」

いじめに両親が気がついたのは12年10月。小学校3年生の秋だった。郁美さんは「福島の先生には里美は誰とでも友達になれるので、いじめられるよりは、むしろいじめる心配をしてください、と言われていた」と話すように、弱々しい感じではない。

「自分から一緒に帰ろうと言わないといけないよ」

と郁美さんは里美さんに諭していたほどだ。しかし、下校時に、里美さんはパーカーを落とした。同級生が拾ったとき、「私の」というと、その場にいた9人全員が突然走り出した。 里美さんから逃げるのは、「逃げるごっこ」と呼ばれていた。のちの調査でわかったが、逃げた理由は「友達じゃないから」だったという。

帰宅すると、里美さんは「もう学校へ行きたくない」と郁美さんに告げた。9月中旬ごろから「きもい」「けがれる」と言われていたこともわかった。当初は「嫌なことを言われただけ」と思っていたが、この件でいじめだと自覚していく。

学校に連絡すると、対応は早かった。教頭と担任が事実確認のために家に来た。その後、「逃げるごっこ」をしていた9人の保護者から謝罪を受け、学年全体でも指導した。その結果、登校を再開することができた。

いじめを認めて、公表をした「学年だより」(撮影:渋井哲也)

学校側は「学年だより」でも、いじめの事実を公表。「逃げるごっこ」で里美さんを孤立させたこと、「キモい」「けがれる」「こっちにくるな」と悪口を言ったこと、複数の女子の間から避けるような行動をされたことをあげ、「子ども同士のけんか、遊びを超えて、『いじめ』であると学校は判断しました」と記した。

「同じ小学校で、私たちの前に、福島県からの避難者がいじめられた、ということがあった。ランドセルに雪を詰めたりされていたことがあった。学校としては前例があったから校長の初動は早かった」(幸治さん)

保護者が謝罪にきたが、幸治さんには、心から謝っているようには見えなかった。

「保護者も一人ひとりだと謝るが、集団になると、『あんなのいじめじゃないんじゃないか?』『騒ぎすぎじゃないか』などと言っていたから。自傷行為をしていたと言っていただけで『クレーマー』と呼ばれたこともあった」

謝罪は表面的だったのか、4年生のとき、里美さんは1年間孤立する。3学期には下駄箱の靴に雪を入れられたり、悪口を書いた手紙が下駄箱に入っていた。4年生の春休み。思いつめた里美さんはお風呂に入っていた時に、入浴剤を口に入れた。

「学校のことを考えていたら頭が痛くなって、すっきりしたかったからのようだ。ただ、その後、クリニックに行ったが、医師は『4年生だから死ぬすべを知らないだけ。死にたいという心境には至っていたのだろう。よく注意して』と言っていました」(幸治さん)

5年生の頃も孤立気味になり、自分の体を噛むという自傷行為をした。肩口が紫色になっていたのをお風呂場で幸治さんが発見している。6年生1学期には、体育用の紅白帽が何度もなくなった。

「死にたい」。美里さんは自殺念慮を初めて郁美さんに告げた。このころ、妹・秀美さん(10、仮名)がBB弾で撃たれるという事件もあった。里美さんは、自身がいじめを受けたことと、そして妹にも影響があったことで、自殺念慮が出たのだろう。郁美さんは裁判を考えた。原発事故をめぐるADR(裁判外紛争解決手続)に関係していた弁護士に相談するようになった。

両親は、学校協議会にもいじめ問題を相談した。また、市教委に調査委員会の設置要望もした。しかし「いじめに関する条例がない」との理由で、設置されなかった。いじめ防止対策推進法が施行された後のことだ。条例がないことは、調査委員会ができない決定的な理由ではない。

6年生の最後には、主犯格の加害児童二人に対して、弁護士を通じて、警告文を出した。その後、しばらくはいじめが起こることはなかった。

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