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東大卒の3分の1は社会で活躍できない理由

■5000万を元手に東進ハイスクール誕生

【弘兼】「東進ハイスクール」が入ったナガセ本社は吉祥寺、僕の家のすぐ近くですよね。

【永瀬】ええ。今日の対談も吉祥寺でやろうと思ったのですが、先ほどまで京王プラザホテル(新宿)で社員研修会をしていました。新宿までご足労いただきありがとうございます。

【弘兼】現在の前身となる塾を永瀬さんがはじめたのは、東京大学在学中の3年生のとき。当時から起業家だったのですね。

【永瀬】自分から望んで起業したわけではありません。当時、実家からの仕送りがストップしてしまって。

【弘兼】どうしてですか?

【永瀬】大学2年生のとき、ラ・サール高校(鹿児島)時代の先輩が通っていた大学で退学処分を受けました。話を聞いてみると、明らかに不当。「義を見てせざるは勇なきなり」と反対運動をしていたら今度は私が留年してしまった。それを知った父親がえらく怒ったのです。

【弘兼】それで、自分で生活費を稼がなくてはならなくなったと。

【永瀬】最初は家庭教師で3人くらい見ていました。1人あたり週2回、2時間の授業だったのですが、お金を貰っているのだから、きちんとやらないと気が済まない。そうなると2時間でおさまらず、ひどいときは夕方5時から食事の時間をはさんで夜中の1時、2時まで授業を続けることもありました。

【弘兼】徹底的に教えていたのですね。

【永瀬】ええ。それで評判になりました。ほかの家から来てくれと頼まれたのですが、断っていたほどです。その延長線上で塾をやってみませんかという話がきました。

【弘兼】それが東進の前進ですね。最初はご兄弟ではじめたとか。

【永瀬】ええ。東大に通っていた弟、さらにラ・サール時代の後輩と一緒にはじめました。その後輩とは、今の農林中金副理事長の宮園雅敬。そして宮園君が次々とラ・サール出身の優秀な仲間を連れてきた。元財務省理財局長でTPP総括官だった佐々木(豊成)君やANA社長の片野坂(真哉)君らもいました。

【弘兼】錚々たる面子ですね。

【永瀬】そういう優秀な人間が教えると、やはり評判はよくなります。

【弘兼】でも、勉強ができるのと教えるのは勝手が違うのではないですか。

【永瀬】いやいや、そのレベルの連中は勉強もできますが、人間的にも魅力があります。だから生徒はみんな先生のことを慕っていましたよ。

【弘兼】その後、永瀬さんは大学を2年留年し、卒業。野村證券に入社するも、たった2年で退社します。

【永瀬】あるお客様から、「君は将来何をやりたいんだ」と聞かれました。私が「野村(證券)の社長を目指している」と答えると、「君はここの社長になるよりも自分でやったほうがいい」と。その方は株で資金に余裕があった。それで、「ここにある5000万円を貸すから何かやりなさい」と言ってきたのです。

【弘兼】1970年代半ばの5000万円ですから、今の価値ならば何億円というお金ですね。

【永瀬】5000万円という大金を借りるとなると、返済するためにも絶対に成功させなければならない。そこで、野村を辞めて、三井信託銀行(現・三井住友信託銀行)に勤めていた弟にも声をかけ、一緒に事業をはじめました。

■「予備校=浪人生」その既成概念を覆す

76年、永瀬は弟と2人で小中学生向けの「東京進学教室」を開校し、2カ月後に「ナガセ」を設立。永瀬は鉢巻きに竹刀という“スパルタ式”で教壇に立って子どもを教え、評判となる。78年「東京進学」を縮めて「東進スクール」に改称。85年、進学塾の卒業生から高校生向けにもやってほしいという要望に応えて予備校「東進ハイスクール」を東京・吉祥寺に本部を置きスタートさせる。 92年には通信衛星を使い授業を配信することでフランチャイズ展開を開始(東進衛星予備校)。以降、ビデオ録画した授業をいつでも好きなときに見られる「ビデオオンデマンド(VOD)」という手法を展開。教育・学習塾業界の中で数々のイノベーションを起こすことで事業を成長させてきた。 少子化の中、苦戦する教育・学習塾業界の中で、河合塾・駿台と並んでかつて「3大予備校」といわれた代々木ゼミナールは2014年に27校のうち20校を閉鎖。一方で、ナガセは16年3月期の売上高457億円、営業利益65億円と過去最高益をたたき出す。

【弘兼】東進ハイスクールの特徴は現役生の多さ。予備校は浪人生のものという印象を変えました。これは永瀬さんの戦略だったのでしょうか?

【永瀬】うちが予備校に本格参入した90年代初頭は、浪人生の人数が減少に転ずる時期でした。しかも、うちは河合塾、駿台、代ゼミに続く4番手。そこに人口減少というアゲインストの風が吹くと真っ先にやられてしまうので、現役生にシフトすることにした。そして浪人生部門で「日東駒専予備校」と呼ばれたポジションから、東大などの難関大の現役合格者を増やそうとしました。

【弘兼】とはいえ、いきなりの方針転換は難しかったのではないですか?

【永瀬】おっしゃる通り。社内では何をバカなことを言い出しているんだと言われました。でも、ほかにいろいろと道があるならばともかく、うちにはこれしか生きていく道はないと言って押し切りました。

【弘兼】この時期、通信衛星を使用して、人気講師の授業を配信する「東進衛星予備校」もはじめています。

【永瀬】ええ。フランチャイズ展開については野村證券にいたときから興味を持ち、またセブン-イレブンの上場(79年)準備などである程度の知識がありました。うちには人気講師もいて当時学習塾業界の中で一定の地位を築いていたこともあり、ほかの塾のみなさんに「一緒にやりませんか」と声をかけてはじめました。

【弘兼】当初、この衛星予備校では人気講師の授業を同時中継し、その後に加盟校の生徒はビデオ録画をいつでも見られるようにしていたそうですね。それまで講義を録画するということはなかったのですか。

【永瀬】はい。映像の権利の問題など初めてのことに戸惑う講師が多く、また、講師にとっては「失敗した」と思う授業がずっと動画で残るのは恥というのもあったでしょう。

【弘兼】講師をどう説得しましたか?

【永瀬】「録画すればより多くの生徒が授業を受けられます、教育の機会均等を目指しましょう」と。もちろん待遇面も見直してどうにか承諾を得ました。講義のビデオが自由に使えるようになり、授業のあり方そのものが変わった。たとえば部活動を一生懸命やっていて、勉強をおろそかにしていた生徒がいるとします。その生徒は、ビデオを集中的に見ることで遅れを取り戻すことができるようになったのです。

【弘兼】東進ハイスクールのもうひとつの特徴はグループで勉強をすすめること。予備校といえば、僕たちの頃は1人で黙々と勉強、周囲は競争相手という感じでした。

【永瀬】われわれは「グループ制」と呼んでいるのですが、各校舎の生徒をいくつかのグループに分けます。そして生徒の中からグループ長を決め、グループごとに学習量を数値化した「向上得点」というものを競わせます。成績が悪かったグループのグループ長はメンバーに「次は頑張ろう」と声をかけて、お互いにフォローしながら勉強するのです。このやり方だと、全員の成績が向上していきます。

【弘兼】仲間がいると1人だけギブアップしたり、行き詰まったりしてしまうことは減りそうですね。

【永瀬】それに、グループ長をやることはモチベーションになる。

【弘兼】どういうことですか?

【永瀬】自発的に勉強に取り組むのに大切なのは目標を持たせること。目標とは、そもそもあなたはどんな人生を送りたいのかというのに行き着く。もちろん、簡単に答えは出ませんが、突き詰めていくと、「ほかのみんなが不幸になってもいいから自分だけは幸せになりたい」という人間か、「世のため人のために貢献できる人間になりたい」かに分かれる。

【弘兼】究極の選択ですね。

■1人黙々とやるタイプは合格率が低い

【永瀬】そうすると、今どきの日本の若者は、世のため人のためになるほうがいいという結論を出すものです。彼らが一番欲しいのは仲間からの尊敬です。リーダーになるとみんなにお手本を示さなければと自分も頑張るようになります。さらに「目の前にいる仲間全員とともに第一志望校に合格する。それができなければ、世のため人のためになるリーダーの資格などない」と言うと、もっと頑張ります。大学生や社会人向けの「東進ビジネススクール」でもこのグループ制を取り入れています。

【弘兼】ビジネススクールでは何を教えているのですか。

【永瀬】英語です。主にTOEICの点数を上げることを目標にしています。生徒には講義を受けてもらうだけでなく、独自開発したビジネス英語に必要な英単語を学べるアプリをやってもらったり、月に1度TOEICの模擬試験を受けてもらったりしている。その際に、グループでお互いに励まし合う仕組みになっているのです。まだうちのスクールでも実践できていないのですが、本当は企業の人事部、あるいは前年TOEICで実績を出した先輩が生徒のインストラクターになり、LINEなどで「今月頑張ったね」などと声をかけ合えば、それだけで点数は50点から100点は伸びると思います。このグループ制の効果については、学生時代に塾の講師をお願いしていたANA社長の片野坂君とも話したことがあります。ANAではパイロットの資格を取るためにアメリカに行きます。そのとき、資格試験に向けて1人で黙々とやるタイプと、みんなでグループをつくって解決策を話し合うタイプに分かれる。この場合、後者のほうが高い合格率になるそうです。

【弘兼】なるほど。永瀬さんはこのグループ制の効果にいつ頃気がついたのですか?

【永瀬】私が育ったのは西郷(隆盛)さんの鹿児島。薩摩藩では「郷中(ごじゅう)教育」というのがありました。これは年長者が年下の人間を心技体の面で指導する青少年の集団教育システムです。その影響からか、子どもの頃から地域に兄貴分がいて、人が集まっていろいろな行事を行う。それが頭にあったのかもしれません。

【弘兼】教育産業では、人材が肝です。つまり誰が教えるか。東進ハイスクールには、「今でしょ!」で有名になった林修先生をはじめとして人気講師を揃えています。講師の採用基準などはあるのですか?

【永瀬】ごく簡単なことです。私がテスト授業を映像で見て、この先生の授業ならば受けたいと思うかどうか。あとは実際に授業をはじめてみれば、ライバルの先生がたくさんいるわけです。どれだけの生徒がその先生の授業を取り満足するか。そこでその後の評価が決まります。

【弘兼】授業の質が数字に表れる。

【永瀬】そういうことです。

【弘兼】時代によって、子どもたちの気質は変わったと感じますか?

【永瀬】はい。以前の子どもは叱られて伸びる「叱られ世代」でした。一方で、今は褒められると頑張る「褒められ世代」になっています。

【弘兼】僕たちの世代は自分たちがガツンと言われてきたので、褒めるのは苦手ですよね。

【永瀬】今の30代半ばから上はまだ、叱るでも通用します。でも下は反発してしまいますね。うちでは「短所矯正型」から「長所伸長型」と呼んでいますが、短所を指摘する教育から褒めて自信を持たせて長所を伸ばす教育へシフトしています。

【弘兼】確かに人間は褒められたほうが嬉しいですしね。

【永瀬】東進では否定語は使わず、生徒には自ら求め、自ら考え、自ら実行することを基本ルールとしています。

【弘兼】意地悪な言い方をすると、塾・予備校というのは志望校に合格させるための施設です。いわば試験に必要な知識を詰め込めばいい。永瀬さんの話を聞いていると、そこを目指しているわけではない。

■人工知能に負けない仕事力の養い方

【永瀬】以前、三井住友銀行の人事担当を経て専務になったラ・サールの後輩とこんなやりとりがありました。「自分の成績などの情報をコンピューターに入力することで、どの講座をどのように受ければ絶対に志望校に合格するかが自動的にわかるシステムをつくり上げたいと思っている」と。すると彼から「先輩、申し訳ありませんが、それは要するにバカをたくさんつくるということですね」という言葉が返ってきた。それを聞いて私はガーンと衝撃を受けた。そこからクリエーティブな人間をたくさん育てていこうと志し、仕組みをつくり上げているのが今ですね。

【弘兼】先ほど話に出た、「グループ制」のリーダー育成と密接に関わってくる気がします。永瀬さんの考えるリーダーの資質とはどのようなものでしょうか?

【永瀬】コミュニケーション力、カリスマ性などもありますが、最も大切なのは「志」。自分はなぜ勉強するのか、将来何をしたいのか。学びの根っこにあるのはそこです。うちのグループの1つ「四谷大塚」では小学生を対象とした「全国統一小学生テスト」で小学4年生の成績優秀者を30人選抜し、アメリカの名門大学などを視察する取り組みを実施しています。優秀な子どもたちが10日間も団体行動してディスカッションを続けていくと次第に変化が起きる。最初は医者になってお父さんの病院を継ぐと言っていた子が、「基礎研究に従事して副作用のない薬を発明したい」と言い出すこともある。

【弘兼】自分の周りのことだけでなく、高い視野から物事を見るようになる。そういう人間をリーダーとして育てていくのですね。

【永瀬】東大を出ても世の中であまり活躍できていない人が3分の1ぐらいはいると思っています。そのほか3分の1は普通で、極めて優秀な層も3分の1です。受験の点数がどれだけ高くても、エゴイストである人はリーダーになれません。

【弘兼】人望がない人の下には誰もつきたくない。

【永瀬】その通り。日本再生のためには強いリーダーが必要です。これからは問題や課題を解決する人材を育てなければなりません。うちも今2月1日付でAI開発室を新設しましたが、30年後にはAI(人工知能)の発達で今ある仕事の60%はなくなるという予測もあります。未来を担う人が問題解決能力を養い、リーダーシップを発揮していかねばなりません。

■弘兼憲史の着眼点

▼イノベーションの原点は薩摩藩&ラ・サール

永瀬さんと話していて感じたのは、薩摩藩の影響。対談の中にも“郷中(ごじゅう)”という言葉が出てきました。

「子どもの頃から、地域に兄貴分のような人がいて、十五夜などには子どもたちで綱をつくって綱引きをするという風習がありました。先輩が後輩を教えるという環境の中で西郷隆盛や大久保利通が出てきたわけです」

そして、もうひとつは目線が高いこと。

たとえば少子化問題についてはこう語っていました。

「保育園や幼稚園は満杯のように見えますが、実は頭数はがくんと減っています。人口減少について、政府は何も手を打っていない。私は、第2子が生まれたら500万円、第3子ならば1000万円を払うべきだと考えています」

問題の本質をとらえて今までと違う軸で解決策を打ち出す視点は、永瀬さんが目指している「付加価値のある仕事をつくることのできる」リーダー像にも重なります。

では、なぜ永瀬さんはそのような視点を持てたのか。私が尋ねると、ラ・サール高校時代の教えに関係しているかもしれないという答えが返ってきました。

「ラ・サールはカトリックの学校ですから、授業に『倫理』の時間がありました。そこでは『宇宙にははじまりがあり、それを創ったのは神である』といった説明をされます。早い時期に、神の存在などについて考えていたことはよかったのかなと思います」

▼日経新聞はなぜ、英国一流紙を買ったか

そしてこう付け加えました。

「日本経済新聞社の社長である岡田直敏さんもラ・サール出身です。彼は『フィナンシャル・タイムズ』買収という決断をしました。日本の新聞社が、英国の一流紙を買うというのはエポックメーキングなこと。ラ・サールの卒業生には、そういう大局を見てジャッジができる人材が少なくないように思います」

薩摩藩とラ・サール──。長州藩(山口県)出身の僕としては、非常に興味深い対談でした。

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弘兼憲史(ひろかね・けんし)
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年『人間交差点』で第30回小学館漫画賞、91年『課長島耕作』で第15回講談社漫画賞、2003年『黄昏流星群』で日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年紫綬褒章受章。

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(田崎健太=構成 大槻純一=撮影)

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