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長島昭久「独立宣言」―真の保守をめざして

 私、長島昭久は、本日、一人の政治家として「独立」を宣言いたします。
つい先ほど、野田幹事長に離党届を提出してまいりました。

 このたび私が民進党を離れる決意をした最大の理由は、保守政治家として譲れない一線を示すということであります。

 共産党との選挙共闘という党方針は、私にとり受け入れ難いものです。一昨年の「安保法制廃案」の熱狂の中で、突然打ち出された共闘路線は、まともな党内論議もないまま共産党主導で進められ、最近では民進党の基本政策にまで共産党が影響を及ぼすかのような場面が目立つようになりました。消費税しかり、TPPしかり、エネルギー政策しかり、憲法改正問題しかり、そして、いま審議入りもできない状況で紛糾しているテロ等準備罪法案しかり、です。

 個々の共産党議員は、みな優秀で正義感にあふれ、真剣に議会活動に取り組んでおられます。政策の方向性は異なれど、その質疑内容には常々敬服しておりました。

 しかし、衆議院議員選挙は「政権選択の選挙」です。そこにおいて、国家観も、目指すべき社会像も著しく異なる共産党と選挙協力をするということは、(中間選挙的な色彩の強い)参議院議員選挙で選挙協力を行うこととは本質的に異なります。したがって、国民の理解を得ることは難しいと考えます。

 とくに、国家の基本である外交・安全保障政策において、私のめざす「リアリズム」と共産党の路線とは残念ながら重なることはありません。それを「安保法制廃案」というとても現実的とは思えない一点で折り合いを付けようとしても、政権を担った途端たちまち破綻することは火を見るよりも明らかです。

 これまで私が外交・安全保障政策に力を入れてきたことは周知の通りです。それだけに、今般のアメリカによるシリア空爆、暴発寸前の朝鮮半島情勢を目の当たりにし、我が国の安全保障のためにアメリカとの同盟関係を強固にし、我が国独自の国防努力を行っていくことは焦眉の急です。安全保障は、やり過ぎても、やらなさ過ぎてもいけません。国際情勢の現実を直視しながら、「慎慮」をもって力の行使を判断せねばなりません。これが外交・安全保障のリアリズムです。そのような私の問題意識と共産党に引っ張られる党の政策との間には覆い隠しようもない断絶があります。そのことの故に、このたびの離党という決断に至ったことは偽らざる事実です。

 しかし、これだけでは「離党」の説明にはなっても、冒頭に申し上げた「独立」する説明には不十分でしょう。じつは、私には、一人の「保守政治家」として、どうしてもやり遂げねばならない大義がございます。今日はせっかくの機会なので、そのことについてお話したいと思います。

 私にとって今回の行動の大義は、「真の保守をこの国に確立したい」という一点にあります。

 私は、2年前の夏。安保法制を採決する本会議場に一人茫然と座っておりました。前日までの激しい党内論争に敗れ、失意のどん底で党議拘束に従い安保法案に反対票を投じました。

 じつは、当時、私は党内論議と並行してツイッターを使って様々な方と議論を戦わせていました。そのとき、安保法制の賛否をめぐる左右の主張の対立の激しさ、醜さに衝撃を受けました。議論がかみ合うどころか、単なる罵り合い傷つけ合いに陥っていたのです。これをネットの世界の出来事と片付けるのは簡単ですが、じつは現実にも同じような罵り合い、果ては議員同士の殴り合いが、委員長席周辺で繰り広げられました。

 このまま国家の基本にかかわるような問題―特にこれから、憲法改正という戦後政治の根幹にかかわるような究極のテーマが控えています―で左右の衝突が繰り返され、過激な極論や暴論のぶつかり合いが続くようでは、日本社会における保守とリベラルの分断、亀裂は抜き差しならないところまで行くのではないかと深刻な危機感を抱きました。その恐ろしさは、今日のアメリカの分断状況を見れば想像に難くないと思います。

 そのような国家を二分する争点において、対立する双方の意見を調整し国会における熟議に反映させる責任を担うべきは、私たち国会議員です。そして、そのような社会の分断、国家の亀裂を生じさせないようにするのが、この国の保守政治家の責務ではないかと考えるに至ったのです。それ以来、私は、党議拘束の桎梏に身もだえするような重圧を感じながら、「真の保守」とは何かを考えてまいりました。

 「党内ガバナンス」という魔法の言葉によって、一致結束して「アベ政治を許さない!」と叫ぶことを求められ、過去に自分たちが推進し、容認してきた消費税も、TPPも、ACSAも、秘密保護法制も、安保法制も、憲法改正論議も、共謀罪も、すべて反対、徹底抗戦、廃案路線で突き進む。行き詰まると、院外のデモ隊の中に飛び込んで、アジる、煽る、叫ぶ。そこには熟議も、建設的な提案もない。与野党の妥協も政策調整の余地もない。

 国民世論の統合を期待されている国会において、かえって国民の中にある分断の萌芽をさらに拡大しているようにしか見えません。もちろん、これは野党だけの責任ではありません。政権の側にしばしば見られる独善こそ厳に慎むべきです。

 そこで、「真の保守」とは何か。それは、我が国の歴史と伝統を貫く「寛容の精神」を体現したものだと考えます。ですから、「真の保守」は多様な意見を包摂することができるのです。じつは、この間気付いたのですが、リベラルの皆さんの方が権力に対するルサンチマンのようなものがあって、寛容さに欠ける言動がしばしば見られます。政府や保守的な主張に対する攻撃は時に激烈です。「市民連合」なる組織を率いるある政治学者が、一国の総理に向かって「お前は人間じゃない。叩き斬ってやる」などと叫んだりしていました。

 一方、保守の側も昨今劣化が激しく、籠池さんのように、教育勅語を信奉していれば保守だといわんばかりの粗雑なキャラクターが際立っています。私は、「真の保守」というのは、国際社会でも通用するような歴史観や人権感覚を持ち得ねばならないと考えております。不寛容なリベラルも、粗雑な保守も、一度立ち止まって国内外の現実を直視し、それぞれの議論を整理し直すべきではないかと思うのです。

 「真の保守」は、左右の主張を包摂しつつ、対立点について粘り強く説得に努め、この国に「秩序ある進歩」(私の尊敬する小泉信三の言葉)をもたらすことに力を注ぐべきではないかと考えます。それは、「中庸」の思想に通じるものがあります。中庸は、過剰に対する自制と不正に対する毅然とした姿勢によって、一方に偏ることなく常に調和を重んずる思想です。足して二で割るといった単純な話ではありません。中庸を保つためには、強い意志と高い理想がなければなりません。

 私は、ここに、特定の党派から独立した一人の保守政治家として、我が国を取り巻く内外の諸課題と真摯に向き合い、あるべき政治のかたちを創り上げるために、私の問題意識を共有してくださる同志の皆さんと共に、中庸を旨とした「真の保守」政治の確立という大義の実現を目指して行動を起こすものであります。

衆議院議員 長島昭久

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