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貧しい者、虐げられた者への共感が原点だったケネス・アローの経済学(佐々木実)

米国の経済学者ケネス・アローが2月21日に死去した。95歳だった。数理経済学者のアローの論文は抽象的かつ難解ということもあり、日本ではアローの名は一般にはあまり知られていない。訃報も小さな扱いだった。

アローは一般均衡理論と厚生理論への貢献で1972年にノーベル経済学賞を最年少で受賞した。同時代に活躍したポール・サミュエルソンは「20世紀で最も重要な理論家」と評したが、実際、アローの業績は多岐にわたり、いずれも根源的なテーマばかり扱っている。

ただ私にとってアローは、経済理論の礎を築いた天才という以上に、日本人の経済学者宇沢弘文を「発見」した人物として重要だった。宇沢の評伝を企画したときからいずれ会わなければと心に決めていたが、インタビューが実現したのは宇沢が亡くなって1カ月後の14年10月だった。

取材はスタンフォード大学で2日間にわたって行なった。初日はアローの研究室、2日目はファカルティークラブのレストランだった。高齢ながらアローの眼光は若いころの写真そのままの鋭さで、記憶の衰えもまったく感じさせなかった。

まだ無名だった20代の宇沢から論文が送られてきたときのことをたずねると、「論文を読んだその日か翌日には、ヒロに手紙を出しましたよ」と昨日のことのように語った。アローに招聘された宇沢はスタンフォード大学で才能を開花させた。「グレイト・コラボレーター(偉大な共同研究者)だった」とアローは讃えたが、アローに見いだされていなければ、宇沢が米国で活躍することもなかった。

宇沢は生前、アローからしばしば子どもの頃の思い出話を聞かされたと懐かしそうに話していた。食事の際にそのことを伝えると、アローは両親の話などを腹蔵なく語ってくれた。

アローの両親はともにユダヤ人でルーマニアからの移民だった。大恐慌のあおりでアロー家は破産、10年ほどのあいだアローは極貧生活を強いられた。最初に通った大学がニューヨーク市立大学だったのは授業料がタダだったからである。サンドイッチをほおばりながら、「学校はタダだったんだよ」「タダですよ」と何度も繰り返す天才理論家の姿に妙に親近感を覚えたものである。

『ニューヨーク・タイムズ』のアローの訃報記事に、「彼の政治的な立場は、明確にリベラルです」というロバート・ソローのコメントを見つけ、少々驚いた。かつて宇沢が語った言葉そのままだったからだ。「アローの経済学の原点には貧しい者、虐げられた者への共感がある」と宇沢は語っていた。

ソローもノーベル経済学賞受賞者で、アロー、宇沢の親友だった。じつは、アローに会う前に取材したのがソローで、ふたりの話から宇沢がアローとソローに特別な信頼を寄せていたわけが理解できた。「リベラル」への信奉が終生、3人を結びつけていたのである。

「リベラル」な態度を知の探求者の必須の条件とみなした彼らは、知識人が知識人でありえた時代の碩学だったように思う。時代は確かに変わった。アローの訃報に接して、「リベラル」の意味を今更ながら考えさせられている。

(ささき みのる・ジャーナリスト。3月24日号)

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