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村上春樹は『男の敵』か?『女の敵』か?

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村上春樹氏の新刊「騎士団長殺し」を読もうか迷ってる人のためのガイド・・・にかけつけて
・「村上春樹作品の本質とはいったい何か?」
・「騎士団長殺し」は過去の彼の作品とどこが違うか?
について深掘りしてみる記事の二回めがこちらです。

一回目は「村上春樹作品の本質とはいったい何か」について書きました。そちらを先に読みたいかたは→ここからどうぞ。

前回の結論を簡単にまとめると、
村上春樹作品とは、過去からの文化的惰性が通用しなくなった社会において、新しい自明性を獲得しようとあがく試み
であり、村上春樹作品を通して、「村上春樹作品の良さが理解できるタイプの読者」が獲得しようとしているのは、
小さく言うと他人との人間関係の1つ1つであり、そして大きく言うと自分の人生全体を、「自分で考えたテーマに沿って自らハンドメイドに形成していく力が私達にはあるはずだ」という勇気
であり、具体的な「しぐさ」のレベルで、崩壊してしまった社会の自明性をゼロから立ち上げなおそうとする
「新しい現代的に通用するセルフイメージの再構築」
が行われているのだという話でした。

では今回は、「騎士団長殺し」が彼の過去作品とはどう違うのか?について考えてみます。

「騎士団長殺し」は、かなり「彼の過去の作品群に出てきたモチーフ」が何度も出てくる作品になっていますが、その「扱いの細かな違い」ゆえに、「今まで彼が踏み込まなかった領域」に大きく一歩を踏み出した作品になっていると私は考えています。

今回の記事に目次はこんな感じです。

1・過去作品たちと似ているモチーフたち
2・しかし過去作品とはここが違っている
3・その違いがもたらしているものは何なのか?


キーワードは、よく彼本人の言葉として語られている「デタッチメントからコミットメントへ」という話につなげて、今回は「コミットメントからインテグレーションへ」というキーワードを私は考えています。



1・過去作品たちと似ているモチーフたち


今回の作品は、かなり「村上春樹作品あるある」なネタがたくさん出てきましたね。

・裏庭にある異世界へ繋がる穴
・理由が明示されずに突然終わりを告げる夫婦生活
・登場した瞬間ディズニーの版権の厳しさをネタにするトボけた「イデア」氏
・疑問文のトーンじゃなくて質問するローティーンの少女
・性欲を満たし合うだけの関係になる年上のマダム
・よくわからない地下をエンエン歩かされる象徴的な試練

などなど。

そうやって「過去の援用」をかなり意図的なぐらいに行っていながら、むしろ新鮮さが非常に感じられる作品になっているところに、今回の作品の「完成度の高さ」はあると私は考えています。

と、言うのも、「1Q84」や「多崎つくる」には、あまりに彼の「文体」が完成されすぎてしまっていてちょっと自家撞着気味になっていた部分が正直あったと思われるからです。「自家撞着」というのは、あまりに文体のテイストが完成されすぎてしまって、「誰かが村上春樹ならこう書くよねというネタとして書いたような」テイストにまでなってしまっている部分ということです。

「井戸の底で自分に向き合う」のもいいけど、あまりにそればっかりやっていると自然にある種のワンパターンにハマってしまいつつある部分もあったのではないかと感じた。(勿論、そうやって突き詰めたからこそできた独自の先鋭性というものは、特に1Q84にはあったと思いますが)

しかし、今回は「話のモチーフ」は意図的なまでに過去の作品が変奏されているにも関わらず、そういう自家撞着感があまり感じられず、非常に「フレッシュな」文体であるように私は感じました。

具体的には後段にもっと深く考えていきますが、これは彼自身の何か大きな変化を象徴的にあらわしているかもしれません。

過去二作を書いてからの彼はおそらくかなりの時間日本に住んでいて、かつ震災という大きな日本社会に衝撃を与えたテーマの中で暮らしており、かつ例のホームページで久しぶりにワイワイと読者と交流し、「国際的に活躍する最も進歩的知識人」的なイメージを超える、「ヤクルトスワローズ好きのオッサン」キャラを遺憾なく発揮してみせてそこを愛されたりする時期を過ごしていたはずです。

そのあたりが、外国に住んでほぼ誰とも話さずにモクモクと「自分の文体」と向き合い続けて作り上げたような過去の作品群とは違うテイストを生み出しているんではないかという感じは非常にあります。

というのも、これは色んな人が指摘しているのを聞きましたが、村上春樹作品は過去のどんな作品もたいてい日本が舞台であるにも関わらず、「日本という風土」については全然染み出してこないことがその特徴でした。

彼は私の同じ公立高校の先輩なので、同じ最寄駅から高校に通い続けた体験を持っているはずですが、初期作品に出てくる「帰省した時の世界(登下校を一緒にしてたまにセックスもしたけど東京に行く時に別れた彼女が出て来る高校がある)」が「"あの"自分の通っていた高校」だというイメージはほぼ全然ありません。

その他、四国だったり世田谷区だったり名古屋だったり色々出てきましたが、「ウチの近所だなあ」という感じを受ける要素はむしろ徹底的に排除されていて、それが世界の読者にとって「匿名的な土地風景として非常に入りやすい」世界だったという指摘はよくされているところです。

しかし、今回の作品は、多少なりとも、小田原近辺の「風土」が、日差しや海の香りというレベルで香って来ている部分があるように感じられるのは私だけでしょうか?彼が成人してから日本では最も長く住んだと思われる湘南地方の風土が自然に写り込んでいるのかもしれない。

その「雰囲気の変化」は、「私はこう感じる」というレベルの微妙なものですが、「同じモチーフ」が変奏されているぶんその「扱い」が明確に違っている部分を指摘することもできるのが今作の面白いところです。

では、「過去の作品群とはここが違う」を見ていきながら、「過去の作品群」と今作との違いについて考えてみましょう。



2・しかし過去作品とはここが違っている

同じようなモチーフがたくさん出てきているにも関わらず、そこに「明確な違い」もまたいくつかあります。少しネタバレになるのでネタバレ嫌いの人は注意して読んでください。

まず大きく違うのは、
・過去作品で「失われたものを取り戻すためにカギとなって協力してくれる人たち」はだいたい"色んな女性"だったけれども、今回はメンシキさんや老画家や昔の友人といった"男"である。
ここに非常に大きな違いを私は感じました。

よく出てきた、謎の大金持ちの老婆がなぜかメチャクチャ便宜を図ってくれて・・・ということもない。ローティーンの美しい女の子は出てくるけれども、その子は何故かなんでも完全に知っている「神の子」のような存在ではなくて、むしろ最後には主人公に守られる立場におかれる要素すらある普通の女の子である。

活動の場としての小屋を提供してくれたのも、学生時代からの古い男の友人である。そしてその「古い男の友人」が異形の姿になって消え去ってしまったりせず、関係が最後まで途絶しない。

そして、ワタヤノボルや1Q84の教祖や、カフカの父親や、羊をめぐる冒険の「先生」や・・・・といった「個人として独立した人生を送ろうとする主人公に立ちはだかる古い父性的存在」を「殺さずに済む」、だけでなく、今すぐではなくても自分なりの「白いスバルフォレスターの男」の絵を描いてやろうという、「長期的な折り合いをつけた深い意志」を宿している

細かいところでは、村上春樹作品ではじめて、登場人物が飲酒運転のことを気にしてるのも小さなことですがなかなか興味深かったです。初期作品なんかビールを水のように飲みまくった上で普通に運転しまくってましたからね。ほぼ無人と思われる山中の道を隣の家まで運転するのに、ウィスキーを飲んだからといってタクシーを使うキャラクターとか、ちょっと村上春樹作品とは思えない感じがします。小さいことですが「社会との新しい折り合い」という意味では地味に画期的なことかもしれない。

そして、何より一番大きな変化は、
・最終的に(紆余曲折はあれど)子供を育てる気持ちになる主人公
これですよ!!!村上春樹作品の主人公が!!!そしてもう一つそれと表裏一体なのが
さすがに13歳の女の子とセックスはしなかった
いや・・・これはちょっとさすがのハルキ先生もそれはせーへんやろなと思いつつちょっとね・・・よもやそっちに走っていったら・・・いやまあ私はどんな作品だって書かれる必然があるなら書けばいいという信条ではあるけれども、でもホームドラマやと思ってたらホラーやったりするとギョッとするみたいな感じで、さすがにそっちには行ってほしくないなと思いながら、最後のページめくるまで油断はできへんでさすがにハルキ先生やからな・・・と思ってたらちゃんと終わってほっとしました。

要するに、過去作品の主人公たちは、

・「主人公の男が、"特異な力を持つ女性たち"に助けられて、何か隔絶した明確な影響を世界全体に対して与えるストーリー」

だったのに対して、今作は、

・「主人公の男が、"色んな男の友人や協力者や社会との折り合いをつけ"ながら、新しい自分だけの生き方を確立するストーリー」

なんですね。

勿論、地下の長いトンネルをくぐり抜けて自分だけの救済体験のようなものをする「村上春樹的"個"の完成の試練」は同じように訪れるんですよ。

しかしその「個の完成」によって生まれた「変化」が、「現行の世界」の何かを「明確にブチ殺して入れ替わる」ようなものではなく、あくまで自然に「生まれ変わった自分」が、「満足できる生き方」が自然と「社会の中に見つかる」話になっている。

そして、最後には子供を育てようと思える「安定した自我」まで完成している。

これは過去作品の傾向からすると「チョー凄いこと」であって、まるで別の惑星に生まれ変わったほどの変化ではないかとすら私には感じられます。

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