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お前らの賃金は上がらないのに「完全雇用」で人手不足の日本 女性、高齢者が赤紙総動員 安全な経済的転び方はあるのか - 山本 一郎

 よく「何とかの若者離れ」っていうじゃないですか。バイクや釣りのような趣味から、伝統芸能や工場熟練工の現場まで、募集したって人が集まらないとかいう各種「守るべきもの」の数々。流行りすたりはありますよね、というレベルに留まらず、すべての面において後継者不足、人手不足は以前から問題になっておったわけであります。


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 経済学者であれば、賃金が支払われない魅力的ではない現場に人は集まらない、効用が低いから見捨てられた領域なんだよ黙って滅べ馬鹿どもめ、と煽ってきそうな話です。だけど、例えば44歳の私が子供のころは「水泳と自転車とスキーができないのは親の責任」と言われて育って、やりたくもないスキーをやりに寒いところへ親に連れていかれてスキースクールに放り込まれた経験があります。なんでわざわざ冷たい雪の中を派手なウェア着てずるずるとボーゲンで麓まで降りてくるのに金を払わなければならないのでしょう。理不尽だ。世の中は理不尽だよ。

でもね、いざ親になってみて、じゃあ山本家も子供たちにスキーぐらいはやらせようとスキー場に連れて行ってみるとガラガラ。誰も乗ってないリフトがむなしく山頂まで登っていきます。スキーリゾート地自体も、スキー場よりも露天温泉のほうが混んでるという始末です。スキー離れっていうレベルじゃねえぞ。自分の若いころの記憶ではスキーリフトは並ぶものという常識を覆すような少子高齢化とかいう以前に、ウィンタースポーツの楽しみ方もかなり変化してきているということなんでしょう。


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地方都市の賃金と物価

 仕事や観光で地方都市にいくと、その地域ではどんな求人が出ているのかを調べるのが楽しみのひとつなんですけど、短期のリゾートバイトの給料が時給900円なのに対し、それ以外の求人は最低賃金に近い760円のものばかりが乱舞している状況でした。少しでも稼げれば時間を金に換えたらいいんじゃないのと言わんばかりの値段です。近くにある農業法人の時給も900円ぐらいで、通年採用の場合、暇な時期は760円と、まあ大変な感じですよ。都市生活の食は、こういう労働によって支えられているのかと思うと申し訳ない気分になります。

 それでいて、地方暮らしの物価はそれほど安くもない。安いのは家賃と地産の品々ぐらいでしょうか。そりゃあ地方暮らしの人たちの生活が厳しいのも分かります。せめて地方に観光に出たときぐらいはその地方にお金を落としていくのが礼儀だと思って地元の商店でモノを買うんですけど、観光地の土産物屋でもないのにそこまで安くはないんですよね。レンタカー借りてロードサイドのショッピングモールにも足を向けると、そこはもうどの地方にもあるような画一化されたイオンの世界。みんなの週末をおなか一杯に吸い込める娯楽が所狭しと並んでいるけど、最終的に一番混んでいるのは安飯を提供するフードコートという状態に涙するわけであります。

思った以上に雇用の安定はまだ実現できていない、ということ

 目を転じて経済全体の話を見てみると、先日ようやく春闘が終わって、連合が第3回集計を出しておられました。攻める側も守る側もお疲れ様でございます。見るに、経済状況を反映してまずまずの戦果であり、一方で大手と零細・中堅の間での格差の是正や、働き方改革の流れの中で残業代の支払いや時間制限なども徐々に盛り込まれて、日本の労働環境も少しずつ変わってきているのかな、という感じでしょうか。労働組合もここが頑張りどころと言えます。ようやく非正規労働者の賃上げ率が正規雇用を上回って、格差是正というか正規と非正規の垣根をどう取っ払うかが肝になってきているのでしょう。


春闘の回答 ©時事通信社

 しかしながら、実際に統計を見てみると2月の完全失業率は2.8%、有効求人倍率も1995年ごろの水準に迫る勢いで人手不足が深刻化しています。コンマ何%で賃上げ云々と言っている場合ではないぐらいに働き手が必要とされているのに、思った以上に雇用の安定はまだ実現できておらず、働く時間は減らす方向へ動いています。さらに、労働人口も年間50万人ずつ減っていく中で、24時間営業を取りやめざるを得なくなるファミリーレストランなどの外食産業も増えてきました。

先日取り上げたようにヤマト運輸ほか運送業も人手不足の割に賃金が大きく上げられる状況ではありません(「お客様は神様ではなくなり、戦後は終わった」)。世の中をより便利にしていこうというとき、労働力を投入できなければどこかに無理が来るわけですね。本来なら、がっつり賃金が上がってきてもおかしくない水準であることには間違いありません。

人口減で経済成長するなんてシナリオになるわけがない

 働く女性を増やしたり、健康な高齢者にも働いてもらわなければならないわけですけど、16年10月の社会保険関連の法改正で制度変更があったわけですよ。それは、従業員501人以上の企業では、週20時間以上働くアルバイトやパートなどの短時間労働者も健康保険や厚生年金保険に入れてください、ということになったわけです。そうなったら週20時間以上働く長期バイトさんよりも、週15時間ぐらい入ってくれる主婦のパートさんを複数雇ったほうが企業としては良いという話になってしまうわけですね。

また、健康上何があるか分からないシルバー雇用も、フルで働いてもらってうっかり倒れられて企業が医療費負担を強いられるよりは、嘱託で雇用して長くない労働時間で安く仕事をフォローしてもらおう、という流れになるのでしょう。平均賃金の伸び悩みの原因は、この女性や高齢者の労働市場流入で平均が押し下げられている部分が強くあります。保険料負担は企業にとってだるい。その分、パートさんの時給が上がれば良いのでしょうけど、賃金は上がらないのです。


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 つまりは、人手不足の日本は文字通り「完全雇用」なんだけど、人口も減っているので総需要が減少してて言われているほど売り上げは上がらない、という残念なスパイラルが発生しているとも言えるわけですよ。これから名目GDPが何%も増えるなんてアベノミクスを信じるのは大本営発表を聞いて太平洋戦争に勝っていると思い込んでしまう臣民のようなものです。安倍政権が能無しというよりは、できること全部やったって人口減少局面の日本が猛烈な経済成長するなんてシナリオになるわけがないじゃないですか、という話です。

これから人が減る、衰退する地方都市だけじゃなく日本全体が貧しくなり衰えていく途上で、夢のあるバラ色の話を信じる人は普段の生活でもマルチ商法に引っかかってると思います。できることを、できるだけやっていくしかない。経済成長は必要だから頑張って努力していくけど、前提条件となる労働人口が減っていくのだから、いっぱいいっぱい頑張って0.8%成長、それも中国をはじめ世界経済がまずまずどうにかなっているからこのレベルで済んでる、ってだけです。

これからの経済的な転び方はだれが伝授してくれるんでしょうか

 上場企業の利益水準や経営内容を見ていても、傾向は何となく分かります。2016年は2年ぶりに上場企業の倒産は起きなかったけど、設備投資したり雇用を増やしたりするような前向きなお金の使い方よりは、いまある設備や資産をもっと有効に使おうという方向にシフトしている状態です。働く側も先が見えないけど、企業側も投資側もトランプ米大統領はああだし中国経済も何があるかわからなくておっかないから前のめりに人を増やしたり設備投資したりするのは控えようって話になっておるわけです。

 ドーンと賃金を上げようとするにしても、社会保障の受け皿を公的にしっかり用意したうえで、もう少し機動的に人を雇用したり解雇したりできる仕組みがないと厳しいのでしょう。いまでこそ、ゲレンデからボーゲンで慎重に降りてきている状態だけど、ドカ雪が降ったら大変だし、クレバスはあるかもしれないし、何かあっても誰も助けてくれないかもしれない。自衛せざるを得ない状況であるからこそ、日本のタンス預金は急増して2月末時点で43兆円(前年同月比8%増:第一生命経済研究所調べ)にもなってしまいました。スキーの転び方はスクールで教えてくれたけど、これからの時代の経済的な転び方はだれが伝授してくれるんでしょうか。


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