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日本解凍法案大綱 11章 社長解任

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牛島信(弁護士)

健助と柴乃の結婚の披露宴は向島運輸という会社が取りしきった。昭和50年代の初めのことなのだ。未だそんな時代だった。中小企業の跡取りが結婚するとなれば、会社の行事にならずにはいなかったのだ。

しかし、向島運輸は不動産管理会社に変身してしまっていて、顧客、なかでもほんの少しでもご機嫌を損じてしまっては商売が立ち行かなくなるといった大切なお客さまというものの存在しない会社になっていた。そうした向島運輸にしては、式は異例とも思わせるほど盛大なものだった。健助夫妻が都心の一流ホテルという場所で地元へのお披露目を果たす、といった感があった。衆議院議員や都会議員、区長や区会議員、それに地域の商工会議所の会頭や商工会の会長、医師会長、税理士会長といった人々が出席していた。誰もが三津田作次郎のために出席していたのだ。

だが、祝辞を注意深く聞いていた者は、彼らが三津田作次郎と縁があればこそ披露宴に出席したどころか、作次郎に向かって「良い嫁が来てくれてよかった」と異口同音に繰り返すことに気づいたにちがいない。確かに奇妙な雰囲気がそこにはあった。

新郎の梶田健助は、そうしたことになにひとつ気づかず、学生時代の友人たちに囲まれて学生のころそのままの歓びの気分を横溢させていた。

もう、あの日から数十年が経っている。

株の買い取りを健助に断られてしまった沙織は、健助の妻である柴乃に頼んでみることにした。健助が不在のときを狙って、沙織は梶田夫妻の渋谷区広尾2丁目にある豪壮な一戸建てを訪ねたのだ。突然の訪問だった。

玄関口で、訪問の目的が会社の株を買い取って欲しいということだと沙織が切り出すと、紫乃の顔からお愛想の微笑みが消えた。沙織が「あなたなら会社の経理がわかっているから」と言い始めると、あからさまな切り口上で紫乃からの答が返ってきた。

「私は会社のことはなにも存じません。あなたなら経理がわかるでしょうって奥様はおっしゃいますが、それは昔むかしのことです。いまではあの会社の帳簿はすべて中川先生が見ていらっしゃいます。私みたいな素人の出る幕なんかありません」

沙織に対して柴乃は迷惑そうな表情を少しも隠さなかった。

業を煮やした沙織は、

「ええ、よーくわかりました。とんだご迷惑様でしたね」

強い口調で言い返し、くるりと背中を向けた。それが沙織にできた精一杯の仕返しだった。

厚くて重い木製の二枚扉の玄関を出て門へ向かって歩き始めると、沙織の後ろで大きな音がしてドアが閉まった。

幼馴染の川野純代が株を思いもかけず売ることができたと自慢話をしたのは、小学校の同級生仲間のいつもの月一回と決まったマージャンの席だった。88歳の老女が5人、順繰りに4人のメンバーになってマージャンに興じるのだ。賭け金は勝っても負けても100円を超えることはなかったが、少女時代に戻っての遠慮のないやりとりが果てしなく何時間も続くのだ。

純代の話を聞いて、沙織は胸が騒いだ。その場でハンドバッグからスマホをつかみ出すと、聞いたばかりの「社団法人同族会社ガバナンス協会」という名前の団体のホームページにアクセスした。そしてマージャンの合間に急いで電話をした。理事長だという高野敬夫という男と話すことができた。

高野は三津田沙織の名前と会社の名前と住所を聞きとると、とてもていねいな口調で「すぐに大木弁護士に相談してみましょう」と言ってくれた。少し低音気味のバリトンで、耳に残る声だった。

1,2分ほどで電話が返って来た。面談の日取りの手配が完了したと言う。

沙織は夢を見ているような気がした。

高野から「大木弁護士に会う際には、手元にある3年分の株主総会の資料を持って来るようにしてくださいね。貸借対照表とか損益計算書とか表題が書いてありますからわかると思います」と念押しをされ、どうやら自分がいまの窮状から助かるのかもしれないという気持ちがぼんやりとながらも湧き上がってきた。

高野の連絡を受けた大木弁護士の下では、西田弁護士がサブチームの面々とともに直ちに活動を始めた。

株主の構成は以下のとおりだった。

三津田沙織本人が12%の株を持っているほか、沙織の息子と娘がそれぞれ4%を持っている。

しかし、沙織とその家族の株は少数株で、主な株主は社長の梶田健助だった。

梶田健助が自分が社長をしている会社の名義で51%の株を持っている。51%以上のオーナー株主が甥なのだ。簡単に相続税法上の評価でいう「同族株主」というカテゴリーに入れられてしまう。だから、沙織の相続人には大日本除虫菊の悲劇が起こるかもしれないのだ。

他にも縁戚か運輸事業をやっていたころの小さな取引先が小さな株主だった。それが合計で37%になった。

向島運輸という会社は、名前に運輸という字があっても実態は不動産をもってそれを賃貸しているだけの会社に切り替わって長い時が経っている。会社というのはそういうものなのだ。事業の目的が時代に見捨てられれば、会社を解散して残った財産を株主に分けることもできる。だが、経営者がいるかぎり、そこで暮らしている自分や従業員の生活を守ろうと、事業の中身を入れ替えてでも生き延びようとする。三津田作次郎はそれをやったのだ。

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