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テロ対策進む英国で起きた悲劇

イギリス議会でテロ 5人死亡20人負傷


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フランス南東部の観光地ニース、ドイツ・ベルリンのクリスマースマーケットに続いて、観光名所にもなっているロンドンのウェストミンスター(日本で言う国会議事堂)が22日午後、車を使った無差別テロの標的にされた。英BBC放送によると、テロ犯の男と警官、女性ら5人が死亡、20人以上が負傷する惨事となった。

午後2時40分ごろ、テロ犯の運転する韓国製4輪駆動車がテムズ川にかかるウェストミンスター橋の歩道に乗り上げて暴走、観光客や警官3人を次々と跳ね飛ばした。テムズ川に飛び込んだ女性もいた。女性は負傷しており、2時間20分後に無事救助された。フランスから修学旅行にやって来た生徒3人も負傷した。

4輪駆動車は「ビッグベン」の名前で知られる時計塔脇の塀に激突して停止した。テロ犯は刃渡り20センチのキッチンナイフを持って車から降り、議会の議員車両の出入り口に走って乱入、取り押さえようとした警官1人を刺し殺した。別の警官がテロ犯を追いかけ、射殺した。3発の銃声が議会周辺に鳴り響いた。

テロ犯はアジア系の40代で、あごひげを伸ばしていた。4輪駆動車(2万8千ポンド相当)は約1年前にイングランド東部エセックスのチェルムズフォードで登録されていた。ロンドン警視庁は単独犯とみている。

議会は事件直後に休会され、政治家、ジャーナリスト、訪問者は約2時間、議会内に缶詰となった。メイ首相は銀色のジャガーで議会から首相官邸に移動し、「コブラ」と呼ばれる緊急会議を招集した。

テロ犯が射殺された現場は、筆者が議会内で開かれる講演会を取材する際によく通る所だ。入場者は入り口の警官に行き先と来訪理由を告げ、金属探知機のセキュリティーチェックを通らなければならない。しかし議員車両の出入り口は立番の警官がいるだけで、そこがテロ犯に狙われた。

イギリスは島国で、銃器の所有が厳格に規制されている。だからパリ同時テロのような自動小銃を使ったテロは難しい。一匹狼テロリストが車による突入テロを未然に防ぐのは不可能だ。ロンドン警視庁はテロ発生直後にテロ犯を射殺するなど迅速に対応した。最悪のシナリオはテロによって政治機能がマヒしてしまうことだ。

フランスのカズヌーヴ首相はツイッターで、負傷したフランスの生徒と家族、同級生とともにイギリスへの支援を表明した。オランド大統領も「テロは我々の重大な関心事だ」とフランス人が関係していた場合、協力を惜しまないことを約束した。

今回のテロの背景はまだ分からない。イスラム過激派のテロだとしたら、イギリスで死者が出るのは2013年5月以来のことだ。非番だった英軍兵士リー・リグビー=当時25歳=がロンドン南東部ウーリッチでイスラム過激派2人に車ではねられ、ナイフと肉切り包丁で殺害された。2人は首を切断しようとし、通行人にビデオ撮影を頼んだ。

「最悪の過去を持った男が最高の未来を創造する」というイスラム過激派のプロパガンダ(Facebookより)

うち1人の男は「イギリス軍はイスラム教徒を殺戮している。だから、イギリス軍兵士を殺害した」とビデオに向かって叫び、血まみれの手と凶器がTVで放映された。リグビーはイラクやアフガニスタンで負傷した兵士やその家族を支援する慈善団体「ヘルプ・フォー・ヒーローズ」のTシャツを着ていた。

イスラム過激派の2人はナイジェリア系イギリス人。うち1人はキリスト教からイスラム教に改宗し、イスラム過激派組織の指導者オマル・バクリ師の説教礼拝に定期的に出席。10年に国際テロ組織アルカイダ系組織に加わるためソマリアに入ろうとし、ケニアで拘束されたことがあった。

若いムスリムの過激化はイギリスでも急激に進んでいる。ジハード(聖戦)に参戦したり、支援したりするためイギリスからシリアやイラクに渡ったムスリムは850人。このうち200人以上が戦闘で死亡したとみられている。日本人ジャーナリストの後藤健二さんや湯川遥菜さんらを処刑した「ジハーディ・ジョン」ことモハメド・エムワジ(死亡)も含まれている。

イギリスは過去4年間で13件のテロを未然に防いだ。常に500件が調査対象になっている。治安当局は3千人を要注意リストに載せ、別の300人を監視下に置いているという。ロンドン警視庁のバーナード・ホーガン=ハウ前長官は引退会見で「テロが起きるのかではなく、いつ起きるかの問題だ。それでもイギリスはイスラム系移民の統合が進んでおり、テロ防止に有利に働いている」と繰り返した。

情報調査・コンサル大手IHSリスク・センターの「テロ脅威レベル指標」によると、欧州におけるテロの脅威は(1)パリ48.54ポイント(2)仏南西部トゥールズ27.88ポイント(3)ロンドン13.69ポイント。ロンドンの脅威レベルは欧州の中で3番目に高い。

過激派組織IS(イスラム国)の大規模テロに見舞われたフランスやベルギーなど欧州各国では武装兵が主要駅や街頭を警戒する光景が日常になった。ロンドンの街頭やバス、駅には防犯カメラが設置され、空港での監視システムや警察の武装化などテロ対策産業は「3千億ドル市場」に急成長している。

ISは欧州に潜伏するシンパに銃器が手に入らない場合は手製爆弾によるテロや車を使って群衆に突入するテロを呼びかけてきた。

英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)は「犯罪者としての過去とテロリストの未来」と題した報告書を発表している。ジハーディスト79人を対象に分析した結果、68%に軽犯罪歴、65%に暴力歴があった。30%近くは銃器を扱った経験を持ち、57%が刑務所に服役していた。

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ISにとって、社会不満が充満する欧州のイスラム系移民ゲットー(マイノリティーが集中する居住区)、下層階級、犯罪者、刑務所はジハーディストをリクルートする格好のターゲットだ。ISが犯罪者に注目するのは、地下の犯罪組織とつながりを持っているため武器を入手しやすいことや犯罪への抵抗感が少ないことのほか、警察の目を欺くのに慣れているからだ。

52人の犠牲者を出した05年のロンドン同時爆破テロで情報機関と警察が相互不信に陥り、情報を共有しなかったため実行犯の動きを見逃してしまった。その教訓を活かして毎週月曜日の朝、情報局保安部MI5本部で情報機関と警察のテロ対策関係者が集まって綿密に情報を交換するようになった。

01年の米中枢同時テロを受けて英政府は対テロ戦略(CONTEST)を策定。(1)テロを阻止するための「追跡(Pursue)」(2)テロリスト化の「防止(Prevent)」(3)テロに対する「防御(Protection)」(4)テロの衝撃に対する「備え(Prepare)」を徹底している。

15年対テロリズム及び安全保障法に基づき「防止」のため脱過激化プログラムが強化された。地方自治体、刑務所、保護観察、福祉部門の職員、学校や大学の教員、NHS(国家医療制度)の医師、看護士は過激化の兆候を見つけたら当局に報告することが義務付けられ、脱過激化プログラム「チャネル」には3955人が報告され、前年より2倍以上に膨れ上がっていた。

ベルギーやフランスに比べ、情報機関と警察の協力、シギント(電子情報の収集)、イスラム系移民の統合、地域の警察協力が進んでいると言われてきたイギリスでもテロをシャットアウトすることはできなかった。欧州市民は否が応でもテロとともに生きることを強いられている。

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