記事

お粗末な「原発訴訟」の事実認定

「この論理が通るなら、当時の首相も、各県の知事や市長、町長、村長に至るまで、多くのトップの手が“うしろにまわる”なあ」――判決のニュースが流れた時、私の頭に真っ先に浮かんだのは、そんな感想だった。

東日本大震災における福島第一原発事故で、福島県から群馬県に避難した住民が、国と東電に、およそ15億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が3月17日、前橋地裁であった。原道子裁判長(59)は、「津波を予見し、事故を防ぐことができた」との判断を示し、国と東電に総額約3855万円の支払いを命じたのだ。

私は、「国や東電は津波を予見し、本来なら事故を回避できたはずだ」という主張に対して、裁判でどんな判断が示されるのか、興味津々でこれを見ていた。しかし、正直、がっかりした。あまりに事実認定がお粗末だったからである。

もし、今回の裁判での事実認定が正しく、国も、東電も、あの大津波を「予見」し、「結果回避義務」を怠ったというのなら、当時の総理大臣(菅直人首相)も、各自治体のトップも、1万5000人を超える津波犠牲者を出したことに対する罪を負わなければならない。

原裁判長は、本当にこの問題における「予見可能性」と「結果回避義務」違反の意味がわかっているのだろうか。その感想は、取材に当たったジャーナリストでなくても、多くの人々が持つのではないだろうか。

私は、生前の吉田昌郎・福島第一原発所長に、長時間のインタビューをして『死の淵を見た男』(角川文庫)を著わしているので、過去、このあたりの事情を月刊誌でも記している(Voice 2013年9月号)(WiLL 2013年9月号)。

それを引用しながら、今回の判決への率直な感想を書いてみたい。多くのご遺族にとって、本当にあの悪夢のような大津波が「予見されていた」のなら、失われた愛する家族に対する「責任」を国や自治体に取ってもらわなければならないからである。

判決を見れば、原裁判長が、2002年7月に政府の「地震調査研究推進本部(略称・推本)」が、「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という見解を打ち出したことを重視していることがわかる。原裁判長は、これを「地震学者の見解を最大公約数的にまとめたもので、津波対策に当たり、考慮しなければならない合理的なものだった」と述べているのである。

しかし、実際には、国は、この推本の意見を採用していない。なぜなら、その5か月前の2002年2月に、公益社団法人「土木学会」の津波評価部会がこれとは全く異なる「決定論」という見解を打ち出していたからだ。

これは、基本的には、日本で過去に起こった津波には、それぞれ「波源」が存在しており、それをどう特定していくか、という理論に基づいている。その結果、具体的に「8つの波源」の存在が挙げられ、推本が打ち出した「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という曖昧な見解とはまったく異なる性質の論が打ち出されていたのだ。

では、国はこの二つの論のどちらを選択しただろうか。答えは、「土木学会」津波評価部会のものである。2006年1月、総理大臣をトップとする国の「中央防災会議」は、土木学会津波評価部会の「決定論」の方を採用し、福島沖と茨城沖を津波防災の「検討対象から除外する」という方針を出したのだ。

私は、前橋地裁が、「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という曖昧な見解の方を支持し、「これで津波対策を福島でもしなければならなかった」というなら、国が土木学会津波評価部会の「決定論」を採用したことに対して「瑕疵(かし)がある」と、その理由を説明しなければならない。だが、そのことについて納得できる前橋地裁の見解はない。

推本に拠って立てば、当然、「福島沖」も「房総沖」も含まれるわけで、要は、そこに20メートルの巨大防潮堤を立てていけば、国は、責任を果たした、ということになるのだろうか。しかし、「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という曖昧な論に、そんなことができたと思うだろうか。

私は、今回の判決で最もお粗末だと思ったのは、東電が最大波高「15・7メートル」の津波を試算し、「実際に津波が来ることを予見していた」と認定したことである。

「えっ、本当か」と私は驚いてしまった。故・吉田昌郎・福島第一原発所長に生前、私は長時間のインタビューをしている。その中で、この最大波高「15・7メートル」の津波を試算した時のことも直接、聞いている。

吉田氏は2007年4月、東電の本店に新設された原子力設備管理部の初代部長に就任したが、その3か月後の7月16日、新潟中越沖地震に遭遇した。東電の刈羽・柏崎原発のエリアはマグニチュード6・8の地震に見舞われ、その驚愕の揺れと吉田氏は向き合うことになる。

2010年4月に福島第一原発所長に就いた吉田氏は、中央防災会議が採用した土木学会津波評価部会の「決定論」が正しいのかどうか、検証を試みている。具体的には、土木学会への現場からの「再度の検討依頼」である。

国が採用したのは、津波を起こす「波源」の存在を示した土木学会の説である。しかし、その「波源」の存在と位置を見誤れば、大変なことになってしまう。吉田氏は、そこで、明治三陸沖地震(1896年発生)で津波を起こした波源が「仮に福島沖にあったとしたら、どうなるのか」という“架空の試算”を命じたのである。

それは、実に大胆なやり方だった。つまり、明治三陸沖地震の津波を起こした波源を「三陸沖」から「福島沖」に下ろしてきて、「もし、この波源が仮に福島沖にあったなら、どんな波高になるだろうか」という試算をさせたのである。

吉田氏は、私に「もし、土木学会津波評価部会が打ち出した波源の位置や存在そのものに間違いがあったら困るので、仮に、明治三陸沖地震の津波を起こした波源が福島沖にある、として試算したのです。波源を見落とされていたら、困りますからね。その結果、最大波高15・7メートルという数字が出てきたのです。その試算結果を持って、土木学会の津波評価部会に福島沖は大丈夫でしょうか、という再検討を依頼しました」と語った。

つまり、15・7メートルの最大波高というのは、「仮に明治三陸沖地震の津波を起こした波源が、福島沖にあったならば」という「架空」の試算であり、実際のものに対するものではなかった。

私は、吉田氏が逝去した際、主に新聞メディアによって、この「15・7メートルの最大波高」に対する誤った認識が流布されたので、今から4年前に前掲の月刊誌2誌にそのことを詳しく書かせてもらった。

しかし、今回の前橋地裁の判断では、この肝心の東電の試算が、あたかも「東電が巨大津波が襲ってくることを認識していた」という「根拠」にされているのである。私は、デビュー作のノンフィクション『裁判官が日本を滅ぼす』以来、日本の官僚裁判官の事実認定のお粗末さを指摘してきたが、今回もご多聞に漏れず、あやふや、かつ、お粗末な認定という感想を抱いた。

原裁判長は、国に対して推本の見解から5年が過ぎた2007年8月頃には、「自発的な対応が期待できなかった東電」に対し、「対策を取るよう権限を行使すべきだった」と述べている。そして、国による権限の不行使に対して、「著しく合理性を欠く」とした。

私は、日本の裁判で「いつものように」おこなわれている“アト講釈”の結論に対して官僚裁判官の限界を見る。1万5000人を超える犠牲者を出したあの悲劇の大津波に対して、「予見できた」というのなら、その理由を「もっと明確に示して欲しい」と、国民の一人としてしみじみ思う。そして、それで間違いないなら、当時の国のリーダーにも、自治体の首長にも、もちろん東電の首脳にも、大いに責任を取ってもらいたい。

あわせて読みたい

「福島第一原発事故」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    立憲結成で摘出された民進の病巣

    一般社団法人日本戦略研究フォーラム

  2. 2

    叩かれたけど本当はスゴい4議員

    駒崎弘樹

  3. 3

    よしのり氏「変節」報道に反論

    小林よしのり

  4. 4

    宮根氏 ミヤネ屋降板してフジへ

    文春オンライン

  5. 5

    投票日に台風か 焦る立憲民主党

    キャリコネニュース

  6. 6

    職場でスマホ充電に反対派が多数

    キャリコネニュース

  7. 7

    橋下氏「前原代表批判は筋違い」

    PRESIDENT Online

  8. 8

    立憲の比例票めぐる偽情報が拡散

    井戸まさえ

  9. 9

    公明中心の連立で山口総理誕生か

    NEWSポストセブン

  10. 10

    よしのり氏 希望の党は壊滅する

    小林よしのり

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。