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崩れる欧州、イギリスのEU離脱通告を機にスコットランドが2回目の独立住民投票へ

円満離婚か、泥沼離婚か

[ロンドン、ブリュッセル発]いよいよ世紀の離婚劇が幕を開ける。と言っても世界的な人気俳優ブラッド・ピットと女優アンジェリーナ・ジョリーの話ではない。イギリスの欧州連合(EU)からの離脱である。欧州統合の原点である欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)時代に逆上れば1951年以来、国としての離脱はイギリスが初めてだ。イギリスは73年1月にEUの前身、欧州諸共同体(EC)に加盟しており、44年余り続いた欧州との結婚生活に終止符を打つ。

「協議離婚」を経験した筆者は前向きに人生をやり直すのに10年以上の期間を必要とした。子供との別離を強いられた心の傷が十分に癒えたとはまだ言えない。個人の離婚と再出発にも相当な時間がかかるのに国と超国家組織の離婚には、どれほどの歳月を要するのか想像もつかない。欧州統合という平和と繁栄の礎を遠慮なく蹴り飛ばしたイギリスと欧州の感情的なしこりが消えることはあるのだろうか。

3月13日、イギリス議会はメイ英首相がEU基本法(リスボン条約)50条に基づいて、離脱交渉の開始をEUに通告するEU離脱法案を圧倒的多数で最終承認した。エリザベス女王の裁可を受けて法律は成立する。当初は9、10日のEU首脳会議で通告するという説もあったが、反EU・イスラム排斥の極右政党が台頭するオランダ総選挙への悪影響を避けるため、通告は3月の最終週に先送りされた。

EUとの「円満離婚」と速やかな自由貿易協定(FTA)の締結を望むイギリスとしてもEU加盟国をむやみに刺激したくない。欧州経済共同体(EEC)設立を定めたローマ条約調印60周年の3月25日より通告を後にしようという配慮も働いた。先のEU首脳会議にメイ首相は初日だけ参加し、2日目は欠席した。イギリス国旗ユニオンジャックは一番端に追いやられ、イギリスとEUの関係は完全に終わったことをうかがわせた。

イギリスをお仕置き部屋に

EU首脳会議で記者会見するメイ英首相(9日撮影、EU提供)

メイ首相は9日、「イギリスはEUと望ましい、包括的なFTAを締結できる」と楽観的な見通しを改めて繰り返した。しかし、EUの行政執行機関・欧州委員会のユンケル委員長は翌10日、「私はブレグジット(イギリスのEU離脱)を好まない。イギリス人が再び私たちと同じ船に乗ることを望んでいる。EUの門戸は常に開かれている」と突き放した。

残されたEU加盟国や欧州大陸の産業界からイギリスに向けられる感情は「円満離婚」とは程遠く、敵対的と言った方が的を射ている。今のところ双方は確実に「泥沼離婚」に向かっている。イギリスにならって国民投票を実施しEUを離脱する国が出てこないよう締め付けを図るため、イギリスをお仕置き部屋に閉じ込めてお灸をすえることでEUは一致団結している。

「イギリスのEU離脱は好ましくない」と語るユンケル欧州委員長(10日、筆者撮影)

EUの連邦化を進めたいユンケル委員長にとって、これまで何かとEU統合の深化を妨げてきたイギリスの離脱はまさに千載一遇の好機到来なのだ。

英国解体の危機

しかしイギリスにとって最大の難関はEUからの離脱でも、新しいFTAの締結でもない。イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4地方からなる連合王国という国の統合を守れるかどうかなのだ。

スコットランド自治政府のスタージョン首相(昨年7月、筆者撮影)

EU離脱法案の最終承認に合わせてスコットランド自治政府のスタージョン首相は13日、スコットランド独立を問う2回目の住民投票をメイ首相に掛け合うと宣言した。住民投票はブレグジットが完了する前の18年秋から19年春にかけて実施する方針だ。

スコットランドの人口は530万人でイギリス全体の8.3%。国内総生産(GDP)は1520億ポンドで全体の8.1%を占める。スコットランドが独立すれば、イギリスは経済的な繁栄を見込むことが難しくなる。

どんどん増えるスコットランド独立派

提供:木村正人

14年9月に行われたスコットランド独立の住民投票は55%対45%で独立反対派が多数を占めた。しかし「スコットランド人の社会的態度(SSA)」という社会調査の最新の結果を見ると、スコットランド独立を求める声は先の独立住民投票をきっかけに急激に増えている。13年までは20%台だった独立支持派は、1237人を対象にした昨年後半の最新調査で実に46%まで跳ね上がっている(上グラフの2008年データはなし)。

作成:木村正人

自分のアイデンティティーについて英国人よりスコットランド人と答える人の方が、スコットランド独立を支持する割合が圧倒的に多いことが分かる。こうした意識の変化がスコットランド独立を党是に掲げるスコットランド民族党(SNP)躍進の背景にある。独立支持派が60%を上回る状態が1年ぐらい続かない限り2回目の住民投票は実施しないと慎重な姿勢を崩さなかったSNP党首のスタージョン首相は一気に勝負に打って出た。

原油価格の下落で、北海油田の収入に依存するスコットランド自治政府の財政は急激に悪化している。スタージョン首相が2回目の住民投票をちらつかせるのは単なる駆け引きと見くびっていたメイ首相は狼狽を隠せなかった。

「今は政治ゲームをしたり不確実性を作り出したりしている時ではない。私たちの国を団結させ、イギリス国民の意思を尊重して、明るき未来とより良きイギリスを形作る時だ」。2回目の独立住民投票を行うにしても2021年のスコットランド議会選の結果を見てからとメイ首相は牽制した。

EU残留・離脱を問う国民投票の地域別結果(筆者作成)

昨年6月のEU国民投票はイギリス全体では52%が離脱に投票したものの、スコットランドでは離脱に投票したのはわずか38%、62%が残留に票を投じた。ブレグジットの議論がスコットランドや北アイルランドの意思を完全に無視して、メイ首相率いる保守党の支持基盤イングランドを中心に進められることに、スタージョン首相が堪忍袋の緒を切らした格好だ。

複雑なスコットランドのEU感情

提供:木村正人

しかしスコットランドの有権者もEUに対して複雑な感情を持ち始めている。EU離脱やEUの権限縮小を主張する懐疑派の割合は1999年の40%から昨年は実に67%にまで急上昇している。国民投票でEU残留に投票した人たちも決してEUに対して全幅の信頼を寄せているわけではない。

提供:木村正人

スコットランド独立を支持している人の中にもEU離脱やEUの権限縮小を主張している人はかなり多いのだ。英世論調査協議会会長を務めるストラスクライド大学のジョン・カーティス教授は報告書の中で「スコットランドでEU残留に投票した人たちのコミットメントは特に強いわけではない。住民投票を約束するのは、EU国民投票に敗れたキャメロン前首相を見れば分かるように、非常にリスクが強い政治戦略だ」と指摘する。

カタルーニャ地方の独立運動を国内に抱えるスペインはスコットランドの独立とEU加盟には絶対反対の強硬姿勢を示している。スコットランドがEUに加盟できる保証は何一つない。2回目の住民投票というギャンブルに打って出たスタージョン首相の真意は分からない。ブレグジットはイギリス解体というリスクをはらみながら海図なき航海に出ようとしている。

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