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千利休が愛した茶碗づくりを継承する樂家15代当主 樂吉左衞門

樂茶碗の静けさに秘められた深淵

今、西洋社会で黒樂茶碗が注目されている。茶の湯の大成者の千利休が、樂家の創始者に創らせた作品だ。なぜ海外でも、「わび」の美を表現した樂茶碗が人気なのか。樂家15代当主にその魅力を聞いた。

樂吉左衞門 RAKU Kichizaemon
樂家15代当主。陶芸家。公益財団法人樂美術館理事長・館長。1949年京都生まれ。73年東京藝術大学彫刻家卒業後、2年間イタリアに留学。81年に15代吉左衞門を襲名。日本陶磁協会金賞など受賞多数。2000年フランス芸術文化勲章シュヴァリエ受章。07年に新設された佐川美術館(滋賀県守山市)の樂吉左衞門館ならびに茶室を自ら設計。主な著書に『ちゃわんや』(淡交社)、『RAKU: A Legacy of Japanese Tea Ceramics』(共著、青幻舎)、作品集『RAKU KICHIZAEMON』(樂美術館)など。

◆欧米でも感動を呼ぶ伝統の茶碗

派手な色や形、装飾が全くない、樂家の初代・長次郎がつくった黒樂茶碗。16世紀後半、千利休の注文で焼いたものである。そっと手で優しく、土を抱え込むようにして創られた。この小ぶりで静かな佇まいの茶碗には、華麗な桃山時代の中で「わび茶」の思想に命をかけた、利休と長次郎という二人の男の深い精神性が秘められている。

この極めて思想的な茶碗を、「茶の湯」の文化に馴染みが薄い海外で展示する——それも初代から次期16代まで、一子相伝で継承している歴代の樂茶碗を展示する——という前代未聞の企画展を行なったのが、樂家の現当主・樂吉左衞門だ。1997年にはイタリア、フランス、オランダで、そして最近では2015年に、米国ロサンゼルス・カウンティ美術館とロシアの2大美術館であるエルミタージュ美術館、プーシキン美術館で約170作品を展示し、約19万人の入館者を得た。「わび・さび」たる樂茶碗が、欧米、ロシアでも熱心に鑑賞されたことに、樂の方が逆に刺激を受けたという。

◆静けさの中に潜む激しさ

「パリの日本文化会館の会場で、多くのフランス人が長次郎の黒樂茶碗の前で長い時間見入っていました。その中にいた白髪の初老の女性に、初代樂茶碗の印象を尋ねると、『とても静かだ』と答えられました。そこで自分が昔イタリアに留学していた時、静けさを求めてよく訪れていたロマネスク教会を引き合いに出し、『西洋にも静かな空間、静かな芸術作品は事欠かないが、長次郎の静けさとの違いは何ですか?』と聞くと、『静けさの質が異なっている』と言われ、その言葉に心打たれました」

その女性は、静けさの質の差異を「確かに感じる」ものの、言葉で説明するには、「もっと日本文化を知る必要がある」とも語ったという。その時まさに樂は、現代の西洋人が、日本的な「わび」の本質を捉えようとしていると直感した。それは19世紀後半、オランダ人画家フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)らが「日本の浮世絵のデザイン性や、斬新な2次元のデフォルメに驚き、その表現様式を自らの画風に取り込もうとした」ジャポニズムとは異なるものだ。「装飾・デザイン性を超越して、長次郎の黒茶碗の奥に潜む思想性を探求する」姿勢を感じたそうだ。

樂茶碗が、「茶の湯」において唯一無二の存在として屹立(きつりつ)する理由は、利休の「わび茶」の思想を濃厚に体現した焼き物だからだ。面白いことに、そのルーツを探ると、中国から帰化した長次郎の父が、カラフルな上絵付けを施した焼き物「素三彩」の技巧を日本にもたらしたのが始まりだという。元来は色彩豊かな焼き物を、あえて長次郎が、黒のモノトーンにしたのは、「世の中の常識や、使い古された価値観に対して『non!』(そうじゃないよ!)」と、激しく突きつけたかったからだという。「だから、長次郎の茶碗の静けさは、本質的に深い。深いものは静かであっても強く、その静けさを貫くことで、他者に対しても激しいのです」

◆宇宙の創成

「樂茶碗には、思想的にシンボリックな黒樂茶碗と、もう一つ赤樂茶碗があります。それは色の赤ではなく、土の風合いや色感をめでるための褐色がかった土の肌色です」。窯の火の中で、鉄分を酸化させながら土が赤く染まって、赤茶碗ができあがる。その素朴な土の表情が、『わび』の精神にも通じ、「樂茶碗が黒と赤に特化していった」所以(ゆえん)だと樂は語る。

「茶の湯」は一期一会。樂茶碗も徹底した一品制作で、一つとして同じ茶碗は焼けない。黒樂茶碗専用の焼き窯は、中心部にサヤの役目を果たす内窯を内蔵しており、そこに一碗ずつ入れて焼成する。電気やガスの窯のように温度や時間管理ができないので、たとえ同じ釉薬(ゆうやく)を使って同じ時間焼いたとしても、一つ一つ、表情は異なるという。

「窯脇から手押しのフイゴを吹いて窯内部に風を送り、備長炭を燃焼させて焼き上げます。立ち上がる火の粉は、まるで天に昇る龍のようです。火山の中をのぞきこむような中から、一碗の茶碗が生まれてくる様(さま)は、宇宙の創成に立ち会っているような気すらします」

◆自我を超えた祈りの世界

真夜中の午前0時に火を入れて、翌日の夕方6時まで約18時間、ずっとフイゴを吹きながら一碗ずつ焼きあげていく樂茶碗は、最終的には自然の火の中で、偶然性にさらされる。それは、たとえ「形や釉薬で自己表現したとしても、最後には自然に託すという、自我を超えた祈りの世界」にも通ずるという。「そうした日本人が持っている自然観が、樂茶碗の中には濃厚に宿っているのです」

また樂茶碗は、形や色の歪(ゆが)みを許さない中国の青磁や白磁などとは対照的に、「手づくねでつくられる微妙な揺らぎが重要」だという。「完璧なものは『凄い!』という言葉で伝えられますが、思想が入りこむ余地がありません。しかし、揺らいでいるものに人は心を託し、自然との関わりを強く感じるのです」

◆西洋現代アートとの接近

こうした深遠な黒樂茶碗の世界について、西洋人らと対話できる時代が来ていると樂は実感している。たとえば、仏画家イヴ・クライン(1928−1962)が描いた深青色のモノクローム作品も、「叙情などを全てそぎ落としてキャンバスを単色に塗っている」し、ロシア系ユダヤ人画家マーク・ロスコ(1903-1970)の抽象表現主義の絵画も、「黒に近い、複雑な言葉にならないモノトーン」作品だ。

「これらの現代美術と、400年前の長次郎の作品は、時代も条件も違うので同じとは言えないが、『あなたもキャンバスを真っ黒にしちゃったのね』、『あなたの茶碗も真っ黒なのね』、『それはどうして?』と、時空を超えて、西洋文明と日本文化がコミュニケーションできる時代になったのではないか」と、樂は考察する。

樂は、ヴェネチアビエンナーレに付随して行われた展覧会「In-Finitum」(2009)に自作の黒樂茶碗を出品したことがある。その茶碗とロスコの絵画1枚だけが展示された美術館の薄暗い小部屋に入った時、「ロスコの抽象表現と長次郎を系譜に持つ茶碗の黒とが、共通に語りあえる領域をニアミスしている」感覚を味わったという。

取材・文=川勝美樹
写真撮影=川本聖哉

「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」
会場:東京国立近代美術館
会期:2017年3月14日〜5月21日
入場料:一般1400円、大学生1000円、高校生500円、中学生以下は無料

米ロサンゼルス・カウンティ美術館、ロシア・エルミタージュ美術館、プーシキン美術館を巡回し、好評を博した樂歴代展をさらに充実させ、長次郎の重要文化財を含む名碗が勢揃いする。京都に続き、いよいよ東京での凱旋(がいせん)展となる。

「今回の展覧会では、長次郎をはじめ本阿弥光悦などの代表作が一堂に会します。特に長次郎の茶碗は、代表作中の代表作です。何しろ利休が所持し、それで茶を飲んだのですから」と樂は言う。そして「私が生きている間に、これほどの展覧会は二度とできない」と断言する。なぜなら、茶道の茶碗は、所蔵家にとっては思い入れの深い道具なので、簡単に出品依頼ができないからだ。「展示会のために、茶碗を拝借しに、とある所蔵家のお宅に伺いました。茶碗をお預かりして、運送会社のトラックに乗り込んだ時、その方が、こちらに向かって(神道の祭祀などで行う)拍手と深い礼をされたのを見て、その重みを改めて感じました」

茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術(東京国立近代美術館)
http://raku2016-17.jp/

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