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物理学者・早野龍五が福島で示した光――研究者として福島に向き合うということ / 服部美咲 / フリーライター

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「早野さんが東京にいるなら、私も東京から逃げません」

東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発事故の後、様々な情報や意見が錯綜し、多くの人々が信頼できる情報を求めた。その中で、15万人以上の人々が信頼をおいたのは、Twitterアカウント「@hayano」が淡々と発信する確かな根拠を付したデータとそれに基づいたグラフだった。

そして情報発信の合間に挟みこまれる、事故前と変わらない穏やかな日常を描写する「つぶやき」を読んで、自分自身の落ち着きを取り戻す人も多かった。Twitter上での情報発信にとどまらず、現場に赴いて日々活動を続ける「@hayano」こと早野龍五さんの周囲には、様々な形で賛同する人々が集まった。

今年3月、長年勤めた東京大学を退官する早野さんの最終講義を前に、事故後6年にわたる早野さんの功績とその思いを取材した。

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「研究者」として福島へ

早野さんは、東京大学やジュネーブの欧州原子核研究機構(CERN)をはじめとする公的機関で、約40年にわたって原子物理学の研究を続けてきた。原発事故以前から「長年公費で研究してきた成果を、なんとか社会に還元できないか」と考えていたものの、原子物理学は、すぐに目に見える形で社会に役立てられる分野ではない。

そして2011年、震災と原発事故が起きた。早野さんがTwitterで原発事故に関する情報を発信し始めたのは、震災翌日の3月12日。根拠を付したデータとグラフの発信を始めたところ、当時3000人ほどだったフォロワーが一時15万人を超え、「これは今社会が求めている情報なのだ」と気づいた。「自分が社会に何か還元できるとしたら、それは今なのではないか」と考えた。

東京大学の定年は65歳だが、慣例として60歳で退官する教授も少なくない。震災当時、早野さんは59歳だった。「定年までに1本多く論文を書くことと、福島の問題に自分の時間を使うことを比べてみました。僕はもう年だったので、幸いにも福島の問題に目をつぶらずに済んだんです」と早野さんは言う。

早野さんは、原さんの基本スタンスである「研究者」という姿勢は、現地福島で人と出会い、共に活動することで、少しずつ変化を遂げてきた。

2011年の3月が過ぎた頃、次々に出される数字をグラフにして分析し続けた結果、福島第一原発が最も危機的な状況を脱したと判断した早野さんの関心は、福島に住む人々に向けられた。早野さんが「今、福島に何が必要なのか」を知るためのヒントの1つとなったのが、Twitter上での大勢の人々の様々な「つぶやき」だった。早野さんは、自らが情報発信する時間より多くの時間をかけて大量の「つぶやき」を読み、時には積極的に問いを投げかけて、人々が今何に不安を感じているのかという情報をリアルタイムで集めた。

データ分析のプロフェッショナルとしての「陰膳検査」

放射線による被曝には、体の外にある放射性物質から受ける「外部被曝」と、食べ物や水などで体内に取り込んだ放射性物質から受ける「内部被曝」がある。1986年に現ウクライナ起きたチェルノブイリ原発事故の後で、子供の内部被曝による甲状腺ガンが世界的に注目されたことが、当時新聞やテレビ、週刊誌などでも大きな話題になっていた。

それを受けて、福島第一原発事故の後多くの人がまず心配したのは、子供の内部被曝だった。それまでの研究を通して、意味のあるデータや効率的なデータのとり方を熟知していた早野さんが、子供の内部被曝を効果的かつ効率的に知るための測定方法として選んだのは、「学校給食の陰膳検査」だった。

学校給食では、多くの子供が同時に同じものを食べる。これと同じものを1食分まるごとミキサーにかけて、検出器にかける。この測定結果は、多くの子供の内部被曝状況と対応すると考えた。また、食べ物に含まれる放射性物質を測るためには高精度のゲルマニウム検出器が必要だが、これは1台約1000万円ととても高価で、大量に導入するのには向かない。しかし、子供たちが食べるものと同じ給食を測れば、測定器1台で1地域分の子供の内部被曝を知ることができる。

陰膳検査は、子供が既に食べた後で測定結果がわかるという検査であるため、「万一検出されたら」と早野さんの提案を受けた文科省は当初難色を示したものの、早野さんがTwitterなどを使って集めた意見を伝えながら説明した結果、横須賀を皮切りに全国の地域で陰膳検査が始まり、翌2012年には文科省の事業として予算がつくことになった。

しかし、肝心の福島県では、なかなか陰膳検査が始まらなかった。そこで、早野さんが個人的に費用を負担して検査を始めようとしたところ、状況をTwitterで知った人々が早野さんに資金を寄せるようになった。これをきっかけに東京大学基金に早野さん宛寄付金用の特設ページが置かれ、その後5年間、早野さんの退官に伴うページ閉設までに1000万円を超える寄付が集まった。これは、東京大学基金始まって以来の事態だったという。

寄付者の欄を見せてもらうと、額の多寡に寄らず、心のこもった応援メッセージが添えられている。早野さんの活動がどれほど大きな意味を持ってきたかが伺える。2012年以降は福島県でも陰膳検査に公的予算が充てられるようになったが、その後の早野さんの福島における活動は全てこの基金でまかなうことができたという。

臨床医と出会い、変化した研究姿勢

2011年の夏、早野さんの活動をTwitterで知った福島県立医科大学の医師宮崎真さんに相談を受け、当時南相馬にあった椅子型ホールボディカウンターの不備を突き止めた。早野さんはそれ以来、南相馬をはじめとするいくつもの病院で内部被曝測定に関わりながら、現場で働く医師らの指導を行うようになった。ホールボディカウンターの測定で放射性物質がわずかでも検出された場合は、その人が直近数か月に食べたものを仔細に聞き取り、「なぜ今回検出されたのか」という数字の意味を、対話を通じて検証した。

ほとんどの人は、高線量地域の山菜やキノコなどを摂取せずに数か月後に再度測定すると非検出という結果になり、追加被曝を避けられたことも結果のグラフを目で見て納得してもらうことができた。こうして早野さんは、行動と結果の連動を可視化させ、対話することで住民の不安を解消していった。

福島の臨床医たちと親交を深めることで、早野さんの研究者としてのあり方に変化があらわれた。「現場で一人ひとりと向き合って対話をしながら、同時に数万人規模のデータを分析し、問題解決をはかる」という、大学病院で臨床研究を行う臨床医に通じる姿勢が基本スタンスに加わったのだ。実は早野さん自身、大学病院の臨床医を父に持ち、幼少期からそうした研究姿勢を身近に見てきた。そうした原体験と福島での臨床医との出会いを通じて、研究者早野龍五の新たな研究スタイルが生まれた。【次ページにつづく】

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