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1ドルは100円と決めれば便利だが、できない理由を考える - 塚崎公義 (久留米大学商学部教授)

 ドルの値段は、変動相場制ですから、毎日動きます。場合によって大幅に変動して輸出入企業などに大きな影響を与えます。「ドルの値段は100円である」と法律で決めれば(これを固定相場制に復帰すると呼びます)為替リスクが消えて大変便利だと思うのですが、なぜそうならないのでしょうか。今回は為替レートが変動相場制である理由を考えてみましょう。

 最初に経済初心者用の解説を載せました。一般の方は飛ばしていただいても大丈夫ですが、復習のために一読していただければ有り難いです。

日米の物価上昇率が違うから固定相場制は無理……経済初心者用解説

 日本のペンが1本100円、米国のペンが1本1ドルだとします。為替レートが1ドル100円であれば何も起こりません。しかし、米国の方が日本よりもインフレ率が高いので、数年後にはペン1本が日本で100円、米国で1.1ドルとなるでしょう。

 そうなると、米国人が日本からペンを輸入するようになります。銀行で1ドルを100円に替え、日本でペンを買い、米国に持ち帰れば、1ドルでペンが手に入るからです。米国のペン会社はペンが売れなくなり、不満を表明します。「日本が固定相場制なのはケシカラン! 米国大統領は、日本政府に固定相場制を廃止させろ。そうしないと次の選挙で投票してやらないぞ!」と。

 ペン以外の物も日本から米国に輸出されるようになるので、米国大統領が日本政府に圧力をかけることになるかもしれません。圧力に屈して固定相場制の法律を廃止するかも知れませんが、そんなことなら、最初から固定相場制の法律など作らない方がずっとマシです。

 日本政府には、米国政府のみならず、市場からの圧力もかかります。日本から米国への輸出が増えると、米国人のドル売り注文が増えますから、日本政府はそれを買う必要があります。

 固定相場制という法律は、「ドルの売り手、買い手が見つからない時は、日本政府が取引に応じる」というものだからです。もしも、日本政府が取引に応じないと、どうしても円が欲しい外国人などが大変困ることになりかねません。たとえば「今日が円建て負債の返済期限だったのに、円が手に入らずに返済できなかった」ということも起こり得ます。そうした事態を避けよう、というわけです。

 日本政府は巨額のドルを持つことになり、不安になります。「こんなに巨額のドルを持っていて、もしもドルが値下がりしたら、大損してしまう」と考えるわけです。

 政府が不安に感じていると、世界中の投機家からドル売りの注文が入ります。投機家としては、ドルを売っておいて、何も起きなくても、特に損はありません。一方で、万が一固定相場制が廃止になって、ドルが値下がりしたら、安値でドルを買い戻せば大儲けできます。つまり、投機家にとってはリスクが小さくて大儲けが狙えるチャンスなのです。

 こうなると堪りません。日本政府には、米国の輸入者に加えて世界中の投機家からドル売り注文が来るのですから、恐怖心は募るばかりです。しかも、将来にわたって事態が改善する道筋が全く見えないのです。

 恐怖に耐えられなくなった日本政府は、固定相場制を廃止せざるを得ないのです。

実際に起きるのはドル安ではなくドル高

 上記のように、日米物価上昇率格差が原因で数年後にドル安になる、というのが常識的な回答なのでしょうが、実はそうなる前に、一瞬でドル高になるのです。

 現在、米国国債の利回りは、日本国債の利回りよりも高くなっています。それなのに、日本国債を買う投資家がいるのは、なぜでしょうか。それは、米国債を買うためには円をドルに替える必要があり、そうなるとドル安円高になって損をする(為替差損を被る)リスクが生じるわけです。そんなリスクを負うくらいなら、多少金利は低くても日本国債を買おう、という投資家が大勢いるのです。

 そうした投資家は、固定相場制という法律が成立した途端、「100円でドルを買って米国債に投資しよう。高い金利を稼いで、満期になったらドルを日本に持ち帰ろう。ドルが100円で売れると政府が保証してくれているので、必ず儲かるはずだ」と考えて米国債を買うのです。

 庶民も、日本の銀行から預金を引き出してドルを買い、外貨預金をするようになるでしょう。そうして発生した巨額のドル買い注文に応じてドルを売るのは日本政府です。日本政府は巨額のドルを持っていますが、日本人の投資家や庶民が一斉にドルを買いに来たら、直ちにドルが不足してしまいます。

 そうなれば、変動相場制の法律は、施行から間もなく施行停止に追い込まれ、ドル高円安になるはずです。そういう予測が可能ならば、世界中の投機家が円を売ってドルを買うかもしれません。そうなれば、変動相場制は数日も持たずに即日施行停止に追い込まれる可能性さえあるわけです。

戦後の日本は固定相場だった、それは資本取引が規制されていたから

 戦後の日本では、1ドル360円の固定相場制が採用されていました。施行停止に追い込まれず、長期間にわたって続いたのは、当時の日本の法律では、米国債への投資や庶民の外貨預金は許されていなかったからです。ドルを売り買いするのは、原則として輸出企業と輸入企業に限られていたのです。

 ここからは、国際金融論の教科書です。固定相場制と、自由な金融政策(金利決定)と、自由な資本移動(米国債投資や庶民の外貨預金等)の3つは、同時には得られないのです。固定相場制と自由な金融政策を得るためには、自由な資本移動を禁止しないと、本稿のようなことになってしまいます。戦後の日本政府は、それがわかっていたから自由な資本移動を禁止していたのです。

 固定相場制と自由な資本移動を得るには、自由な金融政策ではダメで、日本の金利を米国の金利と同じにする必要があります。そうすれば、資本移動を自由にしても、円をドルに替えて米国債を買う投資家はいなくなるので、固定相場制は保てるでしょう。

 自由な金融政策と自由な資本移動を認めるならば、固定相場制は採用できないのです。今の日本で、金融政策をやめて米国と同じ金利にする事は不可能ですし、外貨預金等を禁止することも不可能でしょうから、固定相場制の採用は不可能だ、ということになるのですね。

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