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マインドフルネスに疲れた人に読んでほしい禅のことば

「坐禅はマインドフルネスなのですか?」

曹洞宗徳成寺副住職の大童法慧氏は、最近こうした質問を受ける機会が増えたという。
大童氏は、マインドフルネスと禅に共通する部分があることを認めながらも、生産性向上などのメリットを前面に押し出すような論調には違和感を覚えたと語る。

「効果や効能を求め逸る心」から離れ、ありのままを受け入れる禅の精神とはどのようなものなのだろうか。
マインドフルネスに疲れた人たちに向けて、坐禅のエッセンスの一部を紹介する。

光明

努力すれば報われる そう教え込まれて 信じてきた
そこには いつも 物足りない自分と物足りようとする自分がいた
勝てば 一時の満足と少しの優越感 
負ければ 無限の焦燥と敗北感
しかし その勝負にもがいたからこそ見えた光 それを胸に灯し続けたい

苦の本質は、自分の思い通りにならないということです。

その起因は「物足りようとする自分」にあります。己の欲を満たさんがために誰かを蹴落としたり、自分を欺いたりした日を過ごしたことがあるやもしれません。また、もし次の一瞬が自分の思い通りになるのならば、大切な何かを失ってもいいとさえ思う夜を明かしたことがあったかもしれません。

たとえ神仏を拝み倒しても、思い描いた結果がでないことはよくあることです。そんな時、あなたは神や仏などあるものかと何もかも投げ棄てたでしょうか。それとも、これもまた何かの導きなのだと受容したでしょうか。

物足りようとする自分はいつも飢え、何かが足りていませんでした。だから、自信がありません。世の中には、そんな心理を上手く利用して、多額の献金を求める個人や団体があります。それらは宗教や真理の名を騙(かた)り、真実を晦(くら)まして因果を銭で解決しようとし、絵空事の安楽を提供します。

とても残念なことですが、その仕組みに騙されてしまう人も少なくありません。けれども、誑(たぶら)かされた責めは言葉巧みに擦り寄ってきた相手だけにあるのではありません。何としてでも自分の思い通りにしたいという情念から離れられなかった自分自身がそこにいたことを忘れてはならないでしょう。

思えば、私たちはいつも「物足りよう」と生きています。足りないものを満たすことが人生であるかのように。

その一方で、物足りようとしても、如何(いかん)ともしがたいことが人生には厳然としてあります。たとえば、サプリをいくら飲んでも、病はいつも隣にいます。アンチエイジングにお金を費やしても、日いちにちと老いていきます。また、ヘルスリテラシーの高い人が必ずしも長寿とは限りません。そして、必ずやり遂げなければならない志事があったとしても、死は容赦してくれません。

思い通りにならないことを思い通りにしようとすることだけが人生ではないはずです。思い通りにならなければ承知しないという欲から離れていくことも必要なのです。

我れ在宋(ざいそう)の時、禅院にして古人(こじん)の語録を見し時、ある西川(せいせん)の僧の、道者(どうしゃ)にて有りしが、我れに問ふて云く、「何の用ぞ」 答えて云く、「古人の行(あん)履(り)を知らん」
  僧云く、「何の用ぞ」 云く、「郷里に帰りて人を化(け)せん」
  僧云く、「何の用ぞ」 云く、「利生(りしょう)の為なり」
  僧云く「畢竟(ひっきょう)じて何の用ぞ」

宋に留学中、道元禅師が禅の語録を読んでいた時に、ある僧が問いかけました。「あなたはその本を読んでどうしたいのですか」、と。道元禅師は「禅に生きた方々の姿を学びたいのです」と答えました。

続けてその僧は「それでどうしたいのですか」と問いました。道元禅師は「日本に帰った時にこの学びを伝えたいと思っています」と答えました。 再びその僧は 「それでどうしたいのですか」と問います。道元禅師は「それが人々の生きる糧になるはずです」と答えます。

そしてついに、その僧は「畢竟じて何の用ぞ」と今一度問うたのです。つまり、あなたは結局それでどうしたいのですか、と。道元禅師は、その問いに窮してしまうのです。

物足りない私たちは物足りようとして生きてきました。

そこに、「畢竟じて何の用ぞ」と問いかけられた時、あなたはどうお答えになられますか。家族のため、子どものため、人のため、社会のためだと答えたとしても、さらに「畢竟じて何の用ぞ」と問われたならばいかがでしょうか。

物足りるためにだけに生きている私たちではありません。

暗闇のなかをもがき足掻(あが)き続けたからこそ見えた光を、光明といいます。その光明は、物足りずともある私を照らしています。思い通りにいかないことが悪いことではないのだと優しく語りかけてくれます。

また光明は、「~すべきである」という小さな自己規定を解き放ってくれることでしょう。そして、どんな不運に見舞わられても不幸にはなってはならないのだと、私たちを励まして続けてくれます。人生に不幸などない、不幸だと思う自分がいるだけなのだ、と。

そんなふうに、「すべてを糧にして生きていく力」を私たちは持っていることを教えてくれるのです。

あなたが今生きてあるは、「畢竟じて何の用ぞ」。

大童法慧・著
「そのままの私」からはじめる坐禅 第一章「そのままの私」と暮らす~道元禅師に学ぶ七話~より P36~41引用

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