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トランプ対CIA 冷戦後に何が起こったのか? - 春名幹男(早稲田大学客員教授)

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「ロシア接近」の危うさ

 トランプが情報機関に対して攻撃的になるのは、おそらくインテリジェンス・コミュニティー側がトランプに対して持っている警戒心、疑惑の目を強く感じているからだろう。

 それが端的にあらわれたのが、選挙戦中の二〇一六年八月に、米共和党政権で外交・安全保障を担当した元高官五十人が、連名で発表した公開書簡だ。トランプが共和党の候補として指名を受けた直後に、「米国史上で最も無鉄砲な大統領になる」、「(大統領として必要な)人格、価値観、経験に欠ける」と批判したのである。NSAとCIAの長官を歴任し、この書簡にも名を連ねたマイケル・ヘイデンは、拷問にも容認的だったトランプに対し、「米軍はトランプの命令が法律違反であれば、それを拒否できる」とも発言した。

 こうした批判にトランプは「権力にしがみつこうとしている、失敗したワシントンのエリートに過ぎない。今こそ自分たちのやったことに対する責任を問われるべきだ」と反撃したが、軍事・外交グループの長老たちからの不信を突きつけられた形になった。

 もうひとつ、トランプと情報機関との関係を不穏なものにしていたのが、トランプの最側近の一人とされ、国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めていたマイケル・フリンだった。彼はオバマ政権下で国防情報局(DIA)局長を務めたが、「アルカイダよりもイラン人の方が多数のアメリカ人を殺している」といった根拠の乏しい情報を振りかざして混乱を招き、局内で相手にされなくなったという。そこでジェームズ・クラッパー国家情報局長官(当時)が辞任を持ちかけると激怒したあげく、二〇一四年に事実上、解任された。その後も、ウェブ上でイスラム教徒やオバマ政権への「陰謀史観」に基づく書き込みを続けていたというこの人物が、新大統領の情報方面のアドバイザーだったのである。このフリン大統領補佐官が二月十三日、就任前に駐米ロシア大使と対ロシア制裁について話し合った疑惑で、辞任に追い込まれた。これはトランプ政権にとって大きな痛手だ。なぜならトランプのロシアへの接近姿勢が、より重大な問題としてクローズアップされる可能性があるからだ。

 私はアメリカがロシアと接近すること自体は、ある意味理にかなっていると考える。中国、ロシアという二大国と同時に敵対している現状は、アメリカにとって戦略的、地政学的に最もまずいやり方であることは間違いないからだ。

 しかしロシアがクリントン陣営へのサイバー攻撃を行っていた、となると、話は違ってくる。これはアメリカに対する主権侵害だからだ。

 これに対して、トランプの対応は奇妙としかいいようのないものだった。「たぶん(民主党全国委員会への)ハッキングはなかった」と何の根拠も示さず語り、「ロシアが介入したとは思わない」「ロシアの可能性もあるし、中国の可能性もある。ニュージャージー州のヤツがやったかもしれない」と、はぐらかしに終始している。

 もっともロシアのサイバー攻撃問題については、私は、オバマ前大統領の責任も重いと考えている。

 外国政府が選挙活動に妨害、干渉などを行っていた恐れがあるとわかった段階で、「これは民主主義の危機であり、アメリカという国に対する卑劣な攻撃だ」として、非常事態宣言をし、投票所に警官、場合によっては州兵を配置するなど、徹底的な警戒態勢を敷くべきだった。選挙後に報告書を出させるというのは愚の骨頂というほかない。結果としてオバマの措置は、次の大統領への信頼を大きく損ねることにしか寄与していないのである。

 そこに持ち上がったのが「ゴールデン・シャワー文書」疑惑だ。

 その内容は「少なくとも五年間にわたり、ロシア政府はトランプを支援し、民主党や政敵に関する情報を提供してきた。トランプがモスクワに滞在した折に、変質的な性行為などの乱行の事実を押さえ、脅迫している」といったものだ。この疑惑をCNNが報道し、トランプは全否定、記者会見で「偽ニュースだ」とCNNからの質問を拒否した。

 もしもこれが事実だとすると、アメリカのトップである大統領が、敵対国に弱みを握られ、操られる可能性があるわけだから、まさに前代未聞の国家的危機である。そもそも、こうした疑いをかけられること自体、大統領としての適格性を危うくする、極めて重大な問題なのだ。

 当然、インテリジェンス・コミュニティー、ことにCIAの内部では、新大統領に対する警戒心は強い。現状では、機密情報がロシアにだだ漏れになってしまう可能性が否定しきれないからだ。そこで自衛手段として、重要情報を大統領に報告しないという選択も考えうる。それはアメリカという巨大国家の深刻な機能不全に直結する。

 もしこれが「偽ニュース」だとするならば、トランプはただちに、何故、誰が、こうした〝デマ〟を流布したのか、大統領の命令で徹底的に調査させるべきだろう。

冷戦が終わった後で

 アメリカ政府が本格的な情報機関として、CIAを発足させたのは戦後間もない一九四七年のことだった。第二次大戦中に設置され、戦略情報の収集分析、諜報活動などを担当したOSS(戦略事務局)がその前身だ。

 世界中に膨大な情報ネットワークを築き、冷戦期、とくにアイゼンハワー大統領時代には、アレン・ダレス長官のもと、イランやグアテマラなどで反米政権転覆工作に従事するなど、歴史の裏舞台で活躍を続けた。当然、冷戦下での最大の敵対国はソ連であり、CIAをはじめとする情報機関もソ連対策に莫大な予算と人員を投入してきた。

 しかし冷戦終結後、CIAは大幅な人員削減を迫られる。クリントン政権下で、二万人とされた職員のうちおよそ四分の一が整理された。しかも九・一一同時多発テロの後は、中東やテロ対策が主流となり、対ロシア部門はますます手薄になった。

 この時期には、政権とCIAの亀裂をうかがわせる事件も起きている。ブッシュ(子)政権時代には、CIAがイラクの大量破壊兵器開発に否定的な調査報告を提出したことで、政府のネオコングループと反目。チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官はCIAの分析を無視して、自分たちのための情報分析組織をペンタゴン(国防総省)のなかに作り、イラク戦争へと突き進んだ。そのなかで、政府を批判した元外交官への嫌がらせとして、その妻がCIA秘密工作員であったことを、あろうことか政府高官がリークするという事件まで起こっている。

 これも大きく見ると、冷戦後のアメリカの世界政策が大きく混乱していることのあらわれといえるだろう。中東においては、イラク、アフガニスタンで出口の見えない戦争を続けてしまい、東ヨーロッパでは行き当たりばったりにNATOを拡大して、収拾がつかないでいる。そこにプーチンのロシアがつけこんで、戦略的にも、諜報的にもいいようにやられているのが現状だ。そして、戦略を立て直すべき時に、行政も軍事も経験のない大統領が、いわば無免許で巨大マシーンの操縦席に座っているのである。

 トランプのロシア・スキャンダルも、彼自身の問題であると同時に、こうしたポスト冷戦史の問題でもあるのだ。

はるな みきお 1946年京都市生まれ。大阪外国語大学ドイツ語学科卒業後、共同通信社に入り、ワシントン支局長、論説副委員長、名古屋大学特任教授などを歴任。著書に『仮面の日米同盟』(文春新書)、『秘密のファイル CIAの対日工作』(新潮文庫)など。

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