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『日本解凍法案大綱』8章 成功報酬

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牛島信(弁護士)

「大木。さっきも言ったけど、株を買ってくれという話が次々と舞い込んでいる。もっと来る。いっぱい来る。

買う金は俺が出す。

最高でも配当還元、つまり配当額の10年分で買うつもりだから、それは俺の資産でも十分だ。

その後で裁判になる。もっと高くなるだろう。そしたら差額は売主に戻す。

なんにしても弁護士の世話になる。しかし、弁護士を雇う金まではない」

大木の目が光った。高野は気づかない。

「そこで、オマエの事務所でやって欲しい。ただとはいわん。しかし、上手くいったときまで待ってほしいんだ」

「成功報酬で働けってことか」

「以前もあったじゃないか。あれだ。うまく行ったじゃないか」

何十年も前、大木がまだ若かったころ、大木はある破産会社の元オーナーに頼まれて散逸した財産の回収をしたことがあった。もちろん、破産会社の財産はすべて破産管財人という名の裁判所が選んだ弁護士の支配下にあった。その追求をすり抜けた財産が海外にあるので、それを回収したいという依頼だったのだ。そのときのことだった。その元オーナーは初めに費用分程度の金は出すが、原則、すべて成功報酬でやってくれと泣きついてきた。

そう頼まれた大木は、元オーナーがなぜそうしたいのか、その理由を知る必要があった。

弁護士として依頼者のためというだけではない。

そう約束すれば元オーナーのプロジェクトは大木のプロジェクトにもなるからだった。

大木の事務所では、ふだん時間制で報酬を請求する。弁護士が働けば、その時間に時間当たりの単価をかけるのだ。もちろん、経験や知識、なによりもどれだけ依頼者の役に立つかによって、弁護士の時間当たり単価はさまざまだ。

ビジネスの依頼者は金のために弁護士を頼む。会社の取り合いであれ、損害賠償の請求であれ金に直結している。勝てば金になる。負ければならない。しかし、訴訟が続いている間じゅう弁護士を時間制で雇っておける依頼者は限られている。どんな結果が予測されようと、毎月請求があるごとに払う。それが時間制なのだ。

そうではない依頼者のために働くにはどうすれば良いか。

その答えの一つが成功報酬なのだ。

アメリカでは、個人が企業を訴えるときには、初めには弁護士に1ドルも払わないで済むことがある。貧しい人々にとっては闇夜の光明だ。だが、勝てば3分の1から半分は成功報酬という名のもとに、弁護士が持って行ってしまう。和解をすれば手間をかけずにある程度の金になるとなれば、弁護士の側には和解をする誘惑が大きくなる。それどころか、初めから和解を狙って、原告となる人々を弁護士が探して回るという現象も起きてくる。

大木はそういう種類の弁護士ではない。時間制で払ってもらえるなら、それが一番事務所の経営としては良いのだ。精神衛生にもいい。

大木の事務所には弁護士だけでも80人を超える人数がいる。補助スタッフを加えると200人近い。もし依頼者が時間制で毎月きっちりとはらってくれるなら、大木の事務所の収入は月に5億を超えるだろう。だが、弁護士が時間をつかったらその分をすべて払うという依頼者は一部でしかない。

事務所の銀行口座からは毎月、個人ではとても賄えないほどの金額のお金が出て行く。ときどき大木はパートナーと呼ばれる共同経営者に冗談を言うことがあった。

「家賃は待ってくれない。従業員は決まった日におカネが入らないと生活できない。だから、エクイティ・パートナーは自分の取り分は最後になるのさ。ゼロもある。マイナスもある」

エクイティ・パートナーというのは、パートナーという共同経営者のなかでも出資をしているパートナーを指す。27人のパートナーのうち8人でしかない。株式会社の株主に似ている。出資をした幹部もいれば出資していない幹部もいるのだ。出資をしていれば、事務所の帳尻が黒字になれば、それを分け合う。利益の配分ということだ。あらかじめ決めた割合による。大きな報酬を事務所が得れば、パートナーの分け合う利益も多額になる。

実は、一度もマイナスはもちろんゼロになったこともない。大木の事務所のエクイティ・パートナーには年収1億を超す者もいる。それなりにみな潤っている。それでも、アントレプレナーとしての緊張感は強い。1年後の収入など、どこにも保証はない。未来についてなんの当てもない立場なのだ。

大木は依頼者にとってフェアだと思えば、時間制以外の報酬を躊躇しない。着手金と成功報酬というのがふつうだ。場合によっては着手金はゼロにして成功報酬だけにするしかない依頼者もある。金に換えることのできるはずの大きな権利があると言ってみたところで、手元に現金があるとは限らないからだ。大木の事務所は大きなリスクを抱えこむことになる。弁護士やフタッフには事務所から毎月の金を払い続けなくてはならない。しかし、依頼事件が終了するまで金は入ってこない。それどころか、解決しても成功でなければ金にはならないのだ。

その代わり、成功すれば大きな成功報酬を得る。着手金もなしなのだ。依頼者にとっても願ったり叶ったりということになる。

だが、大木が成功報酬の約束を依頼者と結ぶ理由はほかにもあった。

大木は成功報酬に向かって自分を駆り立てる、その緊張感がたまらなく好きのだ。負ければ、ゼロになる。いや、負担した若い弁護士の報酬やスタッフへの給料がすべてコストとして圧し掛かってくる。

だが、成功報酬であればどれだけコストを費やすかは大木の自由だった。依頼者には迷惑をかけない。なにもかも大木とエクイティ・パートナーたちの負担なのだ。良い結果につながれば?依頼者は大いに喜ぶ。大木らも高い報酬を受け取る。

大木は、徹底的に調べて、とことん内部で議論し、鉄壁のような論理を組み立て、そこへ人情を加味し、必勝の布陣を敷く。そうした仕事のしかたがたまらなく好きなのだ。時間は気にしない。コストも気にしない。仕事の質だけが問われる。

だから、若い弁護士に口癖のように言う。

「目の前の仕事は、人類の歴史の流れが君の目の前で一つになって焦点を結んでいるんだ。

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