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あの「すごい人」はいかにして挫折を乗り越えたのか - 新書『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』

第一線で活躍する研究者やクリエイターたち。彼らは若かりし頃、何を思い、何を感じていたのだろうか。

そんな疑問に答えるのが、新書『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう (文春新書 1118)』だ。本書は京都産業大学で行われた講演・対談シリーズ「マイ・チャレンジ 一歩を踏み出せば、何かが始まる!」をまとめたもの。登壇者は、山中伸弥、羽生善治、是枝裕和、山極壽一。いわずと知れた超一流の面々である。


対談の聞き手を務めた京都産業大学の永田和宏教授は、現代の若者についてこう述べている。

数年前から強く感じてきてたのは、彼ら若い世代から、誰かにあこがれるという話をほとんど聞かないということである。あこがれるという意識の希薄さ、あるいはもっと端的に憧れの対象を持っていないと言い換えてもいいかもしれない。

文春新書『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』p.3

一連の対談は、そんな若者達のネガティブな心性を変えたいという気持ちから企画された。現在「すごい」と言われている人たちも昔から偉かったわけではなく、何者でもなかった若者時代の苦労や挫折を乗り越えることで成果を挙げられるようになった。学生達にその姿を伝えることで、目標に向かう第一歩を踏み出してほしいというのである。

「ジャマナカ」と呼ばれていた山中伸弥教授

BLOGOS編集部

iPS細胞の作製法を発見してノーベル医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授は、自身が研究者の道へ進んだ理由として、肝硬変で亡くなった父を助けられなかった無念さとともに、こんなエピソードを挙げている。

大学院に入り、研究者の道を歩み出したのが、ちょうど二十六歳のとき。今から二十五年ぐらい前ですね。こう言うとちょっとカッコよく聞こえるかもしれませんが、研究の道に進んだのには、実はもう一つ理由がありました。外科手術の才能がなかったんです(笑)。二十分で終わるはずの手術に二時間もかかってしまって、指導教官には山中という名前で呼んでもらえず「ジャマナカ、ジャマナカ」と呼ばれていました。

文春新書『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』p.22

現在の山中教授の活躍ぶりからはおよそ考えられない呼び名である。その後、山中教授はアメリカに留学して研究を進め、日本に帰国。数多の困難を乗り越えてiPS細胞の作製にこぎ着けた。近年、山中氏は研究室に入りたいという学生を面接する際、いつもする質問があるという。

野球は三割バッターだったらすごいし、三割五分も打ったらMLBに入れる。でも研究は、成功率一割もいかないんだと。ということは、九割は失敗だということです。あなた、それに耐えられますか、というような問いかけをするんです。

文春新書『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』 p.48

失敗が続いても、それに耐え、乗り越える力こそが重要だというわけだ。現実には中々キツいところもあるとは思うが、それに耐えてきたからこそ現在の山中教授があるということだろう。

是枝監督がカメラマンの一言で気付いた、本当に撮るべきもの

Getty Images

『そして父になる』『海街diary』などの作品で知られる映画監督・是枝裕和氏。同氏ははじめてディレクターを務めたドキュメンタリー番組で思わず「やらせ」をやってしまったという。

是枝氏は番組で「うちのカレーは世界でいちばんおいしい」という牛乳屋さんの長男をスリランカに連れて行き、そのカレーを現地の人達に食べさせた。是枝氏は素人の作ったカレーが本場スリランカの人びとにこき下ろされるというシナリオを考えていたのだが、現地で彼のカレーが「ウマイ、ウマイ!」とウケてしまった。慌てた是枝氏は現地のコーディネーターに頼み込み「マズイマズイ、こんなのカレーじゃない」と言ってもらったというのだ。

完全に「やらせ」なのだが、パニック状態の是枝氏はそのことを隠そうともしなかった。その様子を見ていたある先輩カメラマンが、是枝氏にこう言った。

「おまえ、こんなものが撮りたいのか。こんなものが撮りたいんだったら、何も朝から市場でカレーをつくる必要はなかった。彼が苦労をして、僕らも汗だくになって、半日かけて撮影したことに何の意味もないだろう。最初からこれだけ撮ればよかったんじゃないか。」

文春新書『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』p.118

是枝氏はこの一言にハッとし、本当に撮るべきものに気づいたという。

僕の予想と違う現実が起きてしまったとき、そこに本当のドキュメントが生まれるはずだった。それこそを撮るべきだったのに、僕は自分が敷いたレールから外れてしまったその部分は撮らずに、「これはダメだ、これじゃ番組にならない」と、自分の敷いたレールのほうに番組を戻してしまった。そして、そのまま放送してしまいました。

文春新書『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』p.119

数年後、この事がはっきりと分かるようになった是枝氏は、出演者してくれた牛乳屋さんの長男に謝罪したそうだ。

ただでさえ不確定要素の多いコンテンツ制作を生業としていると、どうにかして予定通りに進めようとしてしまいがちだ。「やらせ」はやってはいけないことだが、駆け出し時代の是枝氏が、なんとか自分の番組を成立させようと四苦八苦していたことが伝わるエピソードである。

今回取り上げなかったものも含め、本書には登壇者4名の「何者でもなかった」頃の話がふんだんに収められている。学生達を勇気づけるために語られたエピソードの数々に触れれば、思わずやる気が湧いてくること間違いなし。就職活動を控えた学生など、新たな挑戦を始める人にうってつけの一冊となっている。

最後に本書から、ゴリラ研究で知られる京都大学総長・山極壽一氏の話を紹介したい。

人間の一番重要な能力は、諦めないということです。動物はできなかったら諦めちゃう。人間はしつこいんです。なかなか諦めない。失敗しても失敗しても諦めない。だから人間は空を飛べるようになったし、海中深く潜れるようになったし、様々な道具を発明して、人間の身体以上のことができるようになった。

(中略)

ただし、塩梅というのも必要です。ずっと諦めないで何も成就しないまま人生を終わるということもあり得る(笑)。だから、どこかでちゃんと見極める必要があります。そのために、友達っているんですよ。「ちょっとおまえもういい加減にしとけよ」って言ってくれる友達が必要なんです。それはインターネットでは得られないでしょう。

文春新書『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』 p.201-202

友人の少ない筆者には耳の痛い話である。

僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう (文春新書)
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文藝春秋
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