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「脳みそから血が出るくらい」考え抜かれた「ほぼ日」上場と「糸井重里」という商品の商品寿命

コピーライターの糸井重里さん(68歳)が代表をつとめる株式会社ほぼ日が、来月16日にジャスダックに上場することが決まりました。

糸井さんは近年、上場への意気込みを語り、社名も昨年12月に「東京糸井重里事務所」から「ほぼ日」に変更するなど、着々と準備を進めてこられました。晴れて念願の上場が決定したわけですが、一昨日の日経新聞の記事によると、ほぼ日の売上高は38億円、税引き後利益は3億円(2017年8月見込)で、業績は堅調。看板商品の「ほぼ日手帳」が売上高の約7割を占め、着実に顧客の心をつかんでいるようです。

■売れっ子コピーライターとしての商品寿命を迎えた糸井さん

ほぼ日の顔ともいえるインターネットサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の創刊は1998年6月。糸井さん49歳のときです。当時の糸井さんは、コピーライターとしてはもちろん、テレビや映画に出演したり、ゲームプロデューサーになったりと、華やかなマルチ文化人として確固たる地位を築かれていました。

私は団塊世代の糸井さんより一世代下になりますが、糸井さんを最初に知ったのは1980年から始まったパルコ出版『ビックリハウス』内での「ヘンタイよいこ新聞」です。当時はまだ、伝説となった西武百貨店のコピー「不思議、大好き。」や「おいしい生活」などの名コピーも生まれておらず、メジャー文化人というより、サブカル・オタクの教祖的存在でした。

その後めきめきと頭角を現し、売れっ子コピーライターとして一世を風靡した糸井さんですが、40代に入ると「暗いトンネルに入ったみたいでつらかった」と一転してこれまでのキャリアに影がさしてきたことを示唆しています。

だいたい30 代というのは、他人からの些細な要求に対して応えられる自分に満足を覚える年頃。40代ではそれが全部できるつもりでいたら、通用しないエリアがものすごく広いことに気づいて真っ暗になって「トンネル」に入るわけですが、どちらも主語が他人なんです。他人の要求に応えて「やらなきゃいけないこと」だけをやってたら、人生終わっちゃうなと気づいた。  

糸井さんが40歳になったのは1988年。昭和最後の年であり、バブル景気の絶頂期。糸井重里的なサブカルチャーがメジャーなポップカルチャーとして時流に乗り、翌年の89年にはゲーム制作会社を立ち上げて大ヒットしたゲームソフト「MOTHER」も作っています。

しかし、91年にバブルがはじけると、コピーライター糸井重里のホームグラウンドともいえる西武百貨店/パルコ文化の生みの親である堤清二氏がグループ代表を辞任。セゾングループは衰退の一途をたどり、ポップカルチャーも往年の輝きを失っていきます。

でも、根が悲観的な人間だから、そのうちだんだんダメになっていく自分を想像してしまったんです。どっかの会社に行って受付を通ろうとすると「もしもし?」って受付嬢に声をかけられて、「ワシを知らんのか、社長に会いに来たんだ!」とイバるジイさんになって、それで月々顧問料を数社からふんだくって、「私は何社も顧問やってるからね」と言っちゃうみたいな。 

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/252773/030900015/?P=2

当時、私も広告業界にいたのでよくわかりますが、広告関係の仕事は激減、過当競争で広告の単価はどんどん下がり、業界を去っていくフリーランスの方がたくさんいました。糸井さんもネームバリューがあるだけに、コピーライターとしては逆に難しい転機を迎えられていたのではないかと思います。 言い方を変えれば、ちょうどバブル期と重なった30代に、坂を駆け上がるように売れっ子になった「糸井重里」という商品自体が、10年強の時間を経たあと、今度はゆっくりと坂を下りながら商品寿命を迎えていたのではないかと思うのです。

そのことはご本人自身が一番自覚していたようで、1995年の故ナンシー関さんの「もうおもしろくない」発言に対し、98年に「こういうことを目ざとく発見するのが、ナンシー関という人の恐ろしいところである。自分で、「オレ、面白くなかったんだ!」とかなり痛いところに気づいてしまったのも、彼女のせいというかお陰なのである。」と言及されています

「ほぼ日刊イトイ新聞」(タイトルからして「ヘンタイよいこ新聞」のもじり感が強い)創刊直後であり、ナンシーさんのエッセイから3年も経ってから糸井さんがこの文章を書いていることを見ても、40代に入ってずっと悩んできたことを鋭くナンシーさんに指摘され、進むべき方向を模索してきたであろう糸井さんの苦悩がうかがわれます。

■インターネットという新しいプラットフォームに載せた手帳というアナログツール

そして1998年6月、糸井さんは50歳になる一歩手前で、まったく新しい仕事である「ほぼ日刊イトイ新聞」を創刊します。

そりゃあもう、トンネルはすっと抜けました。視野の先に何かが見えたとか、輝きの度合いが増したとか、はっきりした手応えはないけど、50歳で「行くぞ!」と思ってから、本当に明るくなりました。 

https://dot.asahi.com/aera/2015120200108.html

インターネットの黎明期。ファミコンソフトでソフト業界に関与していた時期があったとはいえ、この頃の糸井さんに、インターネットをプラットフォームとして上場できるような会社を作る、というような野心はまだなかったはずです。インターネットで「何かができる」という期待はありましたが、具体的に何ができるかをわかっていた人はほとんどおらず、ましてやスマホやWi-Fiで誰もがどこでもいつでもネット環境につながることができる世の中が来るなど、誰も想像さえしていなかったのです。

しかも、その最先端のプラットフォームを使って、最初に始めたのがTシャツ販売、そして3年後には基幹商品となる「ほぼ日手帳」を発売されます(この他ハラマキやタオル、カレンダー、本、土鍋など、関連性があるのかないのかよくわからない商品が並びます)。 どれもどうしてもネット販売する必要がある商品とも思えない非常にアナログな商品なのですが、それらの商品をあえてネットショップ(店構えはまったくお店ではありません)というプラットホームにのせ、ヒット商品として販売していけるのは、ほぼ日の考え抜かれた店舗戦略・販売戦略なしには語れないと思います。

■「脳みそから血が出るまで考える」と楽しい50代、60代が待っている

その時、自分の生命力みたいなものをふり絞って出てくるもの。それがクリエイティブだと思うんです。よく社員に言うんですが、「君は脳みそから血が出るくらい考えているか」って。僕は「何か始めたら脳みそから血が出るくらい考えるぞ」と。なぜかというと、「脳みそから血が出るくらい考える」方が面白いから。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/252773/030900017/

私はこの糸井さんの言葉が好きで、自分でもよく「脳みそから血が出るまで考えられているか」自問自答します。

バブル崩壊以降の厳しい環境下で「おもしろくなくなった」自分という商品の将来に悩んだとき、50歳直前ではっきりとした先の見通しもないまま「行くぞ!」と決心して「ほぼ日」を始め、次々と「糸井重里」以外の商品を開発していったとき、60歳前後から事業が拡大しスタッフが増え(ここには書きませんでしたが)社員教育や会社での社員と自分の関係性を模索したとき、いつも糸井さんは「脳みそから血が出るくらい」考え、それを楽しんできたのではないでしょうか。 そして、それは40代の非常につらい時期に本気で考え抜いたからこそ「面白い」といえる楽しみ方だと思うのです。

■上場→引退後の糸井さんに期待

前述の日経新聞の記事には「カリスマ文化人の経営手腕やいかに――。」と書かれていますが、この記事をもとに私が計算したところでは、今回の上場で糸井さんは約4割を保有しているという株の大部分を手放し、手元には全株式の1割に満たない株しか残らないことになります。

これはとりもなおさず、ほぼ日が「糸井さんの会社」から「誰のものでもない会社」になるということです(単独で過半数をもつ別の大株主がいれば別ですが)。こういう状況証拠を積み重ねると、今回の上場は自身の引退もふまえた決断であるのではないかと推測できますし、実際、昨年のイベントでは「貧しない土台を作るのが現役であるうちの僕の仕事。そこからは違う会社になっても構わないと思うんです。だからあんまりネガティブに考えてないですね。」と、これからの道筋についても言及されています。

ある意味、非常に糸井さんらしいといえばらしい引退の仕方ですが、人生100年時代、ずっと少し前を走ってきてくれた先輩として(まだ少し早いかもしれませんが)、ジャスダック上場→「ほぼ日」引退後の糸井さんが、今度はどんな選択を見せてくれるのか、今から楽しみです。

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