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日本版ソーシャルインパクトボンド(SIB)の導入に向けて

2017/01/30
研究開発第2部 研究員 植野 真史

(1)はじめに

本稿は、静岡県掛川市と三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の共同研究により実施された、「地域金融機関を活用した行政サービスの質向上に関する研究会」での検討成果に基づいて執筆したものである。本研究会では、ソーシャルインパクトボンド(以下、「SIB」とする)を掛川市で導入することを想定した場合、海外のSIB事業の事業スキームを既定路線とするのではなく、その考え方を利用することで財政効率化に役立てることはできないかといった幅広い観点からSIB事業の有効性について検討を行った。

(2)SIB事業とは

そもそも、SIB事業とは、主に社会貢献に対する資金の提供に寛容な資金提供者から調達する資金(篤志家による投資、財団による助成金、CSRによる企業の協賛金など)をもとに、サービス提供者が行政サービスを提供し、事業の成果に応じて行政が資金提供者に元本と利息を償還する、成果報酬型の官民連携による投資モデルである。SIB事業では、事業開始時に設定した目標が未達の場合、資金提供者は元本割れのリスクを負うなど財務的リスクの大きい点が、PFIなどの他の官民連携手法と異っている。

図表 1 SIB事業の事業スキームイメージ図
図表 1 SIB事業の事業スキームイメージ図

(出典)「ソーシャル・インパクトボンド・ジャパンHP http://socialimpactbond.jp/SIB/」を参考に筆者作成

(3)行政がSIB事業に取り組む3つの意義及びメリット

行政がSIB事業に取り組む一般的な意義及びメリットは下記の3つと考えられる。

① 中長期的な事業遂行及び社会的インパクト評価(注1)による費用対効果を重視した政策評価の促進

海外のSIB事業では、契約期間を7年間などの中長期に設定することが多い。これはSIBの仕組みを活用して実施される事業の多くが、短期間では成果が得られにくい社会的課題の解決を目指すものであるためである。行政はSIB事業によって単年度予算に縛られない中長期的な事業の実施が可能となる。
 また、SIB事業の実施に当たっては、第3者評価機関によって、社会的インパクトに基づいた政策評価が実施されることから、中長期的な視点から政策の費用対効果を考慮した政策形成が促される。

② 成果報酬の導入によりサービス提供者へインセンティブ付与することで効率的な委託事業を実施

SIB事業ではNPOや社会的企業などの自己資本力の比較的弱い主体がサービス提供者となることが多い。また、投資による資金調達が中心となるため、調達された資金は自己資本に充当される。このような事業の性質上、自己資本力が弱いNPOなどにとってSIB事業は有力な資金調達手法となりうる。さらに、サービス提供者は、事業終了後の資金調達の拡大の可否が評価された成果に左右されることから、サービス提供者が成果目標の達成に向けて主体的に事業改善に取り組むが期待されるため、効率的かつ効果的な行政サービスの提供につながる。

③ 民間資金活用により、財政制約に縛られない事業の実施が可能

サービス提供者が目標を達成しなければ行政支出は発生しないことから、行政にとっては財務的なリスクを負うことなく事業を実施することができる。そのため、従来では行政が予算化しにくかった実績の少ない分野において、社会実験的に事業を実施することが可能である。
 また、SIB事業による取組の成果が大きいと評価された場合、行政は通常の民間委託または直営へ切り替えることにより事業継続を図ると想定されるため、行政サービスの改善につながることが期待される。

(4)地方公共団体がSIB事業を導入するにあたって想定される課題

上述のようなSIB事業における事業スキーム上の意義及びメリットが考えられる一方で、地方公共団体においてSIB事業が普及するためには次のような課題が想定される。

① 評価手法が発展途上のため庁内での合意形成が困難である

SIB事業の実施に当たっては、行政の財政部門担当者や資金提供者が、資金提供に対して納得することができる政策評価手法が不可欠である。我が国では、社会的インパクト評価が政策評価として一般的な理解を得ているとは言い難い現況であり、事業担当者が財務部門及び議会の承認を得ることのできる十分な説明を行うことは困難であると考えられる。
 特に、将来的に期待される行政コストの削減額の一部を現時点の事業費として支払うことに対しては、将来世代の負担を現役世代が背負うことになるため、世代間対立が発生しやすく合意形成が必要になる。しかしながら、十分な説明ができる評価手法が確立されておらず合意形成に時間を要することが想定される。また、議会における反発も想定され、予算化のハードルは高いと考えられる。

② 資金提供者が財務的リスクに寛容な主体に限定される

サービス提供者が目標未達の場合、資金提供者が元本割れなどのリスクを負うという事業スキームの性質上、資金提供者の財務的リスクが大きくなる。このため、資金提供者が非営利団体や民間企業CSR部門などの社会貢献活動に対する資金提供に積極的かつ財務的リスクに寛容な主体に限定される。
 また、寄附文化が未成熟な日本の国民性、リスクのある融資に対して消極的な金融機関の特性を考慮すると、海外のように金融機関、個人投資家など幅広い資金提供者の参画を見込むことが困難なため、国内でのSIB事業の事業規模が海外のように数十億程度へと大きくなるまで相当程度の時間を要すると考えられる。

③ ステークホルダーが多く高コスト構造なためサービス提供者や中間支援組織となりうる主体が限定される

SIB事業では、政策評価を担う第3者評価機関や資金調達を担う中間支援組織が必要となる。事業に関わるステークホルダーが多くなることから事業経費が大きくなり、目標の達成水準が高くなるため、元本割れなどの財務的リスクが高くなる傾向にある。その一方で、財務的リスクを軽減するために事業経費を抑制すると中間支援組織、第3者評価機関、サービス提供者の利益が縮減されることから、SIB事業における各機能を担う主体は非営利団体などに限定されてしまう。
 国内には海外のようにサービス提供者の候補となる大規模な非営利団体が多くないため、SIB事業の実施がNPOなどが多い都市部もしくは都市部周辺に限定されると考えられる。

④ サービス提供者へのモニタリングが十分に機能しにくい

SIB事業では資金提供者のリスクヘッジのために目標達成の実現に向けた事業進捗管理が重要になり、そのモニタリング機能を中間支援組織に期待することとなる。海外では、中間支援組織となる非営利団体がモニタリング機能を発揮するノウハウを持つ場合が多いが、国内では中間支援組織として想定される非営利団体の中で、事業進捗や財務モニタリングに対するノウハウが蓄積されている団体は限定される。
 事業実施に必要なノウハウをもつ中間援組織がいないために、サービス提供者が実施する事業を適切にモニタリングすることができないことが懸念される。

(5)スリム化したSIBの事業スキームに係る検討

上述の課題整理及び掛川市との検討の結果より、SIB事業の有効性は認識しつつも、海外で実施される事業スキームの原型をとどめたまま我が国の地方公共団体においてSIB事業を導入することは時期尚早であると考えられる。
 そこで、海外で展開されるSIB事業のスキームをそのまま導入するのではなく、諸要素を部分的に組み入れ、スリム化した事業スキームを検討することが、現時点で地方公共団体が取りうる現実的な方策であると考えられる。下記では、スリム化したSIB事業スキームの主な特徴について述べる。

① 社会的インパクト評価に限定しない成果指標の設定及び事業評価の実施

社会的インパクト評価の手法は開発途上にあるため、その評価に応じて支出される成果報酬を予算化するための合意形成を図ることは困難である可能性が高い。
 そこで、総合計画などにおいてすでに使用されているアウトプット指標などを参考としながら評価指標を設定することにより、評価指標及び評価手法の簡素化を図り、合意形成を容易にできるようにする。また、既存の類似事業の経費などをもとに「当該事業に要する経費」を算出することで、予算化に向けた事業費用の説明を容易にする。

② 元本割れリスクを緩和し多様な資金提供者を巻き込むファイナンススキームの構築

国内におけるSIB事業において多様な資金提供者を巻き込むことが困難となる原因一つは、資金提供者が大きな財務的リスクを負う点である。典型的なSIB事業の事業スキームでは、元本割れの高リスクを負って資金提供したとしてもリターンが小さい。このように、リスクとリターンのバランスに偏りがある場合、金融機関などモニタリングノウハウを有する資金提供者の参画を見込むことが困難になる。
 そこで、サービス提供者の資金調達額の内、基礎サービスに相当する部分についてはその対価を行政が支出するなど、事業に対する財務的リスクを資金提供者だけでなく、行政機関及びサービス提供者が分担して負い、リスクバランスの偏りを平準化させるファイナンススキームを構築することが重要になる。

③ 事業スキームの簡素化により事業経費の縮減を図ることで各機能を担う主体の参画を促進

SIB事業では、ステークホルダーが多いため、事業経費が高くなりがちである。その結果、資金提供者への償還が実施されるための成果目標の水準が高くなり、資金提供者の元本割れリスクが高くなる構造となっている。また、国内のSIB事業は海外のSIB事業に比べて小規模で実施されると想定されるため、海外SIB事業と同様の機能分担を行うことはオーバースペックとなりうる。
 そこで、事業評価の簡素化及びモニタリング機能及び資金提供機能を兼ねる主体として金融機関との融資関係を構築することなどにより、SIB事業における各ステークホルダーの機能を集約及び簡略化し、事業経費の縮減を図る事業スキームを構築することが有効であると考えられる。

図表 2 スリム化したSIBの事業スキーム
図表 2 スリム化したSIBの事業スキーム

掛川市との検討の中では、具体的な事業化に向けた事業領域の選定、事業スキームの検討、メリット及び課題の整理にまで踏み込んだが、本稿では紙面の都合上、上述のような事業スキームにおける課題整理に止める。2017年度以降、SIB事業の国内展開がますます図られていくことが見込まれる中で、少しでも本稿が議論の活発化に資するものとなれば幸いである。



(注1)社会的インパクト評価については、内閣府が設置した社会的インパクト評価検討ワーキング・グループがとりまとめた「社会的インパクト評価の推進に向けて」(平成28年3月)の中で、以下のように定義されている。
○社会的インパクト:短期、長期の変化を含め、当該事業や活動の結果として生じた社会的、環境的なアウトカム
○社会的インパクト評価:社会的インパクトを定量的・定性的に把握し、当該事業や活動について価値判断を加えること
このように、社会的インパクトは、経済的な側面にとどまらない幅広い効果を対象とするものであるが、掛川市と当社の共同研究では、こうした社会的インパクトの中でも、特に、当該事業の実施によって期待される「将来の行政コストの削減額」や「将来の歳入増加額」などの経済的な効果に着目して検討を行った。

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