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トランプの黒幕「バノン」の世界観(1)終末論漂わせる文明衝突史観 - 会田弘継

 思想家が政治家を使うのか、政治家が思想家を利用するのか———。

 トランプ大統領の側近にして政権の黒幕スティーブ・バノン首席戦略官兼上級顧問の動きが注目されている。バノンはトランプの選挙戦略を仕切った知謀家だ。当選後真っ先に「首席戦略官」という大統領最側近のポストを与えられた。大統領就任演説の骨格をつくり、メキシコ国境の壁建設、中東移民受け入れ一時禁止など、トランプが次々と署名し物議を醸している大統領令はほとんどがバノンの助言によるという。

 そのバノンが内政・選挙戦略だけでなく、外交・安全保障まで取り仕切りそうな気配だ。最高意志決定機関である国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーとして割り込んだ。米軍制服組のトップ統合参謀本部議長や国家情報局長は非常任に格下げされた。異例の人事だ。

 いったいバノンは何を狙っているのか。当面の立ち回りは「経済ナショナリズム」のように見える。自身もそれを触れ込んでいる。政権入りが決まるまでバノンが経営していた右派ニュースサイト『ブライトバート・ニュース』は、いわゆる「オルタナ右翼」(Alternative Right, Alt-Right)の意見表明の場として、人気を得ていた。バノン自身もそのことを認めていたが、オルタナ右翼と距離を置こうとしている様子もうかがえる。

 いずれにせよ、言論(あるいは映像)を扱い、それで生きてきたバノンは広い意味で「思想家」と考えてよい。そのバノンの戦略に乗って、トランプは選挙を勝ち抜き、さらにバノンを重用して政権運営を行おうとしている。トランプ(政治家)がバノン(思想家)を使おうとしているのか、あるいは逆にバノンこそトランプを使っているのか、どちらとも言い切れない。

崩れ出した「思想的屋台骨」

 1950年代半ばから始まったアメリカ保守知識人運動は、1981年のレーガン政権誕生で政治的結実を見た。大統領に当選したレーガンに対し運動の中枢にいた言論人ウィリアム・バックリー・ジュニア(1925〜2008)は、自身を「腹話術師」にたとえ、大統領を笑わせた。つまり、レーガンが語り、実行していくのはバックリーの思想だという意味だ。それを笑ったレーガンにしてみれば、自分が使ってやっているという自負があったろう(拙著『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』

 このレーガンを生み出した戦後保守知識人運動は、トランプの登場で大きな転機を迎えた。運動は分裂し、「オルタナ右翼」が勢いを増しているという見方がある。戦後保守思想史のもっとも優れた研究とされる『1945年以降のアメリカ保守派知識人運動』(1976年初版、2006年増補改訂3版)を著したジョージ・ナッシュは、トランプ支持をめぐって起きた保守派内部の対立は、長年の保守思想史の観察でも目にしたことがないほど激しいと見る。その中で、トランプ支持派のオルタナ右翼は公然と「白人民族主義(white nationalism)」を掲げ、「米国の保守主義を根底から組み替えようとしている」という。【The Conservative Intellectual Movement in America: Then and Now, National Review, Apr. 26, 2016

 レーガンを生み出した思想的屋台骨(「小さな政府」「自由貿易」「キリスト教倫理」……)が崩れ出し、その崩壊のあとから何が生まれるか、まだ見通せない状態になっている。

「横紙破り。心配だ」

 バノンのホワイトハウス内での専横な振る舞いを強い懸念を持って描くのは、外交専門誌『フォーリン・ポリシー』の記事「大統領府で文書記録を絶対残さないスティーブ・バノン——―情報筋語る」である。大西洋評議会の安全保障専門家ケート・ブレナンが筆者だ。【Steve Bannon Is Making Sure There’s No White House Paper Trail, Says Intel Source, Foreign Policy, Jan. 30

 大統領の相談役に過ぎないと思われていたバノンが、安全保障という重要分野で大きな存在となり、大統領府のNSC事務局という専門家集団の言うことにほとんど耳を貸さずに独断で決定を下すようになった有様を、匿名の情報機関職員の証言として描いている。

 1月28日に発せられた大統領令で、バノンが「陰に隠れて」行っていた役割が公式に明らかになった。冒頭に描いたようなかたちでNSCの常任メンバーとしてバノンが割り込んだのである。ブレナンによれば、これは「前例のないこと」だ。オバマ前政権でもその前のブッシュ政権でも、選挙や内政を取り仕切きるため大統領顧問などホワイトハウスで重職についたジョン・ポデスタ、カール・ローブらがNSCの常任メンバーいうのはあり得なかった。兵士の生死に関わる決定が、選挙戦略に左右されないことを示すのが肝心だからだ。2008年の共和党大統領候補になった長老マケイン上院議員は、バノンのNSC入りを「横紙破り。心配だ」と懸念を隠さない。

フリン大統領補佐官でさえ圧倒

 情報筋の証言では、ホワイトハウスでは特に安全保障問題に絡む場合、「討議経緯、最終合意、勧告」を細かく書き込んだ「抄録」が作成され、再度議論が必要になった際の参考のため保管される。が、トランプ政権発足後の1週間、矢継ぎ早に大統領令が発せられたが、まったくと言っていいほど抄録が残っていない。つまり、NSC事務局スタッフは議論に関与していない。彼らが討議に必要な材料を提供し、議論の記録をまとめていくのだが、トランプ政権ではバノンら選挙参謀がすべて取り仕切ってしまっている気配なのだ。

 国際的に波紋を広げたイスラム圏7カ国からの米国入国一時禁止措置も、所管官庁である国土安全保障省のケリー長官でさえ、ほとんど知らされないうちに決められた。さらに、国家安全保障問題担当のフリン大統領補佐官でさえバノンに圧倒されている状態だという。

 これまでの米政府には見られなかった決定の仕組みだ。専横がまかり通っている可能性があるが、政権発足時の混乱であり、これから各閣僚の議会承認が進んで政権が整ってくれば、普通の政権になっていくかもしれない。まだ見通せないところもある。

「文明衝突観」

 いずれにせよ、バノンが大きな力を持ち、その力が「制度化」されだしている。その人物像と思想背景を探ることは重要だ。手がかりはあまり多くはない。

『ワシントン・ポスト』紙は過去にさかのぼって、さまざまなメディアに登場したバノンの言葉をたどって、その世界観を解明しようと試みている。必要な作業だ。【“Why even let’em in?” Understanding Bannon’s worldview and the policies that follow, Washington Post, Jan. 31

 バノンはすでに一昨年11月、オバマ大統領のシリア難民受け入れ計画に対し、身元調査をしっかりやってからにすべきだと主張する共和党議員に対し、「そもそもなんで受け入れる必要があるのか」と反論、「(身元調査の)資金をアメリカのために使うべきだ……あの地域(中東)からの移民はこれから数年止めるべきではないか」と語っていた。いま、それが実行に移されている。

 ポスト紙によれば、バノンのここ数年の言説から浮かび上がるのは「アメリカの国家主権(sovereignty)」への強い思い入れだという。国家は市民を(合法・不法)移民から守り、多国間協定から身を引いて主権を護るべきだという考え方だ。

 他方でバノンは、欧米(The West)はイスラムの拡大路線イデオロギーとの戦いで、実態を理解しないまま敗北しつつあると認識している。この戦いのためには、ロシアなどライバル国との違いには目をつぶって連携する必要があるとの考えを持っている。「文明衝突観」とでも呼ぶべき思考である。

 昨年5月のラジオ・インタビューでは「自分を超えた大きなもののために戦うという、アメリカ人が戦場で見せた気概や粘り強さは今もあるだろうか」とも語っている。好戦的ナショナリズムを感じさせる。自身で経営していたブライトバート・ニュースでは、イスラム圏は世界で最も過激な地域であり、中東での大規模な戦争につながり得る文明抗争を米国は戦っている、という見方を示したことがある。また昨年3月には「5年から10年で、南シナ海で戦争となりそうだ」と語った。【Steve Bannon’s own words show sharp break on security issues, USA Today, Feb. 1

二極対立の混交思考

 ワシントン・ポスト紙が引用している中で最も興味深いインタビューは、トランプ当選後間もなくベテラン・ジャーナリスト、マイケル・ウルフによって行われ、芸能誌『ハリウッド・リポーター』に掲載された(バノンは映画業界にいたことがある)。そこで自分が政敵から悪の権化のように見られていることについて「ダーク(闇)であるのは、いい」と語っている。【Ringside With Steve Bannon at Trump Tower as the President-Elect’s Strategist Plots “An Entirely New Political Movement”, Hollywood Reporter, Nov. 18, 2016

「ディック・チェイニー、ダース・ベイダー、サタン……にとって、闇こそ力だ。やつら(進歩派人士やメディア)にはわれわれが何者で、何をしているか見えない。やつらが間違えば、こっちには得だ」。

  インタビューをしたウルフの見立てでは、電線工を父に組合員労働者の家庭に生まれ、ハーバード経営大学院を出て海軍から大手投資銀行ゴールドマンサックスに就職、エスタブリッシュメント入りしたバノンは「整理し切れていない階級意識ないし恨み(bitterness)、裏切られたという思い」を抱え込んでいる。

 バノンは、ビル・クリントンについて「大学を出ていない、高校出に受けたのが強みだった。選挙を勝つ道はそれだ」と語り、民主党、特にヒラリー・クリントンは労働者階級という党のルーツを「裏切った」と見た。共和党も、レーガン大統領が引きつけた労働者らを裏切りだしている。バノンはエリートたちを「寄付者階級」と呼び、彼らを「上昇するアメリカ」であり、「メトロセクシュアル・バブル」(都会的性意識幻想)とでもいうべきコスモポリタン感覚に生きる上流階級とみなし、その反対側にはエリートとまったく無縁の「下降するアメリカ」「忘れ去られた(left-behind, fly-over)アメリカ」があると見ている。両者の間には通じる言葉さえない。

 ここには階級闘争観と「地方対中央」というアメリカ・ポピュリズムの伝統的思考の双方がのぞいている。

 忘れられたアメリカの側に立つバノンにとって、エリートであるリベラルが自分を「下劣で、政治的に正しくない悪党」と見ていることなど、笑止千万である。忘れ去られたアメリカにとって、エリートの言い草は戯言にしか聞こえない。トランプは自らの罵詈雑言で自滅するとリベラルは信じ込んでいたが、逆に罵詈雑言で当選した。そのことがリベラルには理解できない。バノンはそう考えている。こうした思考は、階級闘争観とアメリカ的「リベラル対保守」の二極対立の混交のように思われる。(つづく)

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