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トランプ大統領の「トリセツ」と対策〜麻痺して慣れてしまわないために〜の巻 - 雨宮処凛

 一体世界はどうなってしまうのか…。

 そんな壮大なことに、溜め息をついている。そう、それはトランプ大統領の誕生と、就任そうそう出された、中東やアフリカ7カ国出身者への一時入国禁止令。

 世界がズタズタに引き裂かれていくような、今までひとつひとつ積み上げてきたものが一瞬にして蹴散らされていくような、そんな光景を見ながら何もできないことにただただ涙を堪えることしかできないような、無力感にも似た気持ちの中にいる。

 これって何かに似ている、と思いながら、精神的DVやパワハラの類いでは、と思い至った。

 到底現実的ではない要求を当然のように突きつけ、同時に罵倒しまくることで人を思考停止に陥らせ、混乱して戸惑う人を見て笑い、楽しんでいる人のような。入国禁止の大統領令に、「ひどすぎる…」と怒りに震えながらも、どこかで思っている自分もいる。こういうことが繰り返され、そのうち麻痺していくんだろう。麻痺させられていくんだろう。いろんなことに。みんな、それぞれの生活があるわけだから。

 それが、怖い。だから今のこの気持ちを書いておきたい。きっと1年後、トランプ氏がアメリカ大統領として君臨する世界での私の思考は、微妙に、だけど確かに変わっている。そして一人ひとりが、知らず知らずに鈍感にさせられていく。メディアも含め、よほどのことがないと「またか」で終わらせてしまうようになる。その鈍感さが、いつか取り返しのつかない事態に繋がらないと誰が言えるのだろう。実際、大統領選の間でさえ、耳を覆いたくなるような差別的発言に、世界は随分「慣らされて」しまった。よほど自覚的でいないと、その「慣れ」に抗うことは難しい。

 さて、そんなトランプ大統領の「トリセツ」があればこっちも対策が練られるのに、ということで、トリセツではないが、「トランプ本」を読んでみた。

 読んだのは『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』(文春新書 佐藤伸行著)だ。

 「移民の国で移民排斥を叫ぶ、移民三世」のトランプ氏の祖父の代まで遡り、またトランプ氏のこれまでの生涯が描かれているのだが、読めば、氏が昔から「あのまんま」だったことが非常によくわかる。

 素行の悪さから13歳で全寮制の私立の軍隊式学校ニューヨーク・ミリタリー・アカデミーに編入させられ、「自分の攻撃性を建設的に使うことを学んだ」と自伝で述べるトランプ氏。今もって「建設的」に使えているようには見えないが、元軍人の教官に影響を受け、「自ら鬼軍曹のように振る舞い、身の回りの整理がなっていないクラスメートに『気合い』を入れることもあった」という。

 大学時代は既に父の不動産ビジネスを手伝っていたという。当時、ベトナム反戦運動が盛り上がっていたが、もちろん参加などしない。

 そうして「親の七光り」のもと、不動産王として頭角を現していくのだが(が、4度も破産している)、トランプ氏は30年近く前から「メディアの寵児であり、しかも『怪物』として描かれていた」。しかし、そんな扱いをむしろ喜んでいたという。

 強調されるのは、病的なまでの自己顕示欲とナルシシズムだ。以下、同書からの引用である。

 トランプは自分を描いた風刺コミックに言及している。そこでトランプは大都市のビジスの大物であり、ゴージャスな女を連れ歩き、自家製ジェットを持ち、大理石の床と黄金のバスルームを備えたペントハウスに住んでいる。
 トランプは言う。

『だがわたしのコミックは現実のものだ。わたしはわたしという劇画の造物主なのだ。そしてわたしはその劇画世界に生きることをこよなく愛している』(Donand J.Trump”Trump How to Get Rich”)

 これがトランプの掛け値なしの信念なのであろう。
 ただ、驚くべきは、トランプが自らの人生を、抵抗なく、「劇画の世界」とみなしていることだろう。
 劇画の主役として生きること――。
 これがトランプの人生の信条なのかもしれない。
 だが風刺コミックの主人公のような人生を送りたいと望むことは、人生に対して誠実ではないし、どこかニヒリズムすら漂う。
 道化を演じながら、道化を演じる自分と自分を笑う世間をともに嘲笑する。
 トランプはその人生哲学通りに生きてきた。メディアに露出し、神のように遍在するように見せること、誰もが知るコミックのキャラクターのように振る舞い、いつも人々の視界に入るようにし、大衆の羨望を受けながら、同時に大衆に消費されること――それこそが、トランプの人生の目的となっている

 このような「目的」を持った人物が、アメリカ大統領となっている現実も含めて、なんだか劇画のようで頭がクラクラしてくる。

 さて、同書の後半では、トランプ支持者についても多くのページが割かれている。支持層については様々な分析がなされているが、キーワードはやはり「白人のルサンチマン」だ。

 リーマンショック以降、経済的にもっとも打撃を受けた白人の非熟練労働者たち。99年から14年の間にアメリカの自殺率は24%上昇したそうだが、45〜64歳までの白人男性に限ると43%上昇、女性ではなんと63%も上昇しているという。また、人口動態とトランプ支持の関連にも触れられる。米国勢調査局の予測によると、2044年にはアメリカの多数派を占めてきた非ヒスパニック系の白人は初めて最多数の人種ではなくなり、マイノリティーのカテゴリーに入るという。18歳未満では、白人の子どもは20年には5割を割り込むとされているそうだ。その背景にあるのは、白人の出生率の低下と非白人の出生率の上昇、そして移民の増加とされる。 

 また、トランプ現象の背後にあるという「アメリカの自虐史観」への反感も興味深い。アフリカ人を奴隷にし世界中の人々に暴虐を加えて植民地にした、ハリウッド映画やテレビでは白人労働者階層の男たちが「白いゴミ」として描かれる、などなど。

 本書によると、トランプ支持者の約75%が「白人に対する差別は黒人およびヒスパニックに対する差別と同じくらい大きな問題だ」と考えているという。

 自虐史観への反感、被害者意識や剥奪感、グローバル経済のもと皺寄せを食らう労働者、自殺、移民に対する不安・恐怖。

 アメリカのみならず、先進国が直面する問題は、今や驚くほど似通っている。もちろん、日本も例外ではない。

 トランプ大統領を生み出した「空気」が今、世界を覆っている。この本のサブタイトルである「世界の悪夢」が現実味を持って迫ってくる今、とにかく「麻痺」しないでいようと、自分に言い聞かせている。

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