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メディアは科学を検証できるのか『科学報道の真相』著者・瀬川至朗氏に聞く


『科学報道の真相』著者・瀬川至朗氏

 様々な新発見やイノベーション(技術革新)の進展など、現代社会における科学報道の重要性は増している。しかし、近年、STAP細胞を巡る騒動などで科学報道のあり方が問われており、克服すべき課題も多い。毎日新聞社で長年、科学記者として活躍し、早稲田大学教授に転じた瀬川至朗氏がこのほど『科学報道の真相 ── ジャーナリズムとマスメディア共同体』を上梓した。瀬川氏に執筆の動機などを聞いた。

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『科学報道の真相 ── ジャーナリズムとマスメディア共同体』(ちくま新書)

── 本書を執筆された動機はどんなことだったのでしょうか

 私自身が科学報道に長く携わり、かつ若いころは大阪勤務が長かったので、なかなか自分の記事が東京で発行する紙面に載らないということを経験しています。取材のスタートが大阪ですと、なかなか東京の紙面に記事が載らない。例えば大阪で中央官庁が関係する事案を扱っても、東京の紙面では載せてもらえない。そうすると取材を受けた側にすれば、取材があったのに新聞に記事が出ないということで、なかなかその後の報道も続かなくなるということが起きます。

 このほか大手新聞社では政治部や経済部、社会部などの発言力が大きくて、重要な科学ニュースがあっても、政治部からその日の発表物のニュースがある場合には、ニュースバリューに関係なくそちらが優先されることもよくあります。既存のマスメディアにそうした構造があるのは確かです。そして多くの場合、政治部がその中心にいることが問題の根幹でないかと感じます。マスメディアが権力監視の機能を果たしていないと批判されるのは構造的な問題なんですね。

 本書では科学報道を切り口に、マスメディアの構造問題を書きたいという思いがありました。科学報道の事例だけでなく、メディアの問題点にも触れたいと思い、サブタイトルは「ジャーナリズムとマスメディア共同体」としました。

 もう一つのきっかけは、STAP細胞論文などの研究不正事案が相次いだときに、一番乗りを重視する科学者の集団と、特ダネを重視するマスメディア組織が似ていることに気づいたことがあります。科学者の閉じた世界は「ジャーナル共同体」とも呼ばれますが、ここから「マスメディア共同体」という言葉を着想しました。

── 日常的に接する政治や経済、事件・事故などの報道と科学報道はどう違うでしょう

 定義風にいえば、科学報道は「科学技術に関わる事象の報道」ですので、本質的には政治報道や経済報道と変わりません。ただ、新聞社の中では「経済と科学の記事は読むのが難しい」とよく言われます。専門的な知識や概念が必要だったり、一般の人が日常的に使わないような言葉が頻繁に登場したりするという点では政治や社会の報道とは異なる面があります。とはいえ、科学技術についての時事報道という意味では、他の報道分野と変わる点はないと思います。

── 本書でも指摘していらっしゃいますが、近年、STAP細胞やiPS細胞の報道を巡る騒動や誤報などが頻発しています。こうしたことがなぜ起こってしまうのでしょうか

 科学ジャーナリストを弁護しているわけではありませんが、一番の大きな理由は研究者の側の変化ではないでしょうか。STAP細胞問題では「研究不正」という言葉がクローズアップされましたが、近年、研究をめぐる環境がずいぶん変わってきていて、研究者は成果をどんどん出してゆかないといけなくなっており、それによって研究資金を得るという流れがあります。

 こうした「競争型」の研究資金が増えている仕組みの中で、十分な成果が得られなくても研究内容を発表してしまう、あるいは、成果を過剰にアピールしてしまうという、本来やってはいけないことにつながってしまう問題が生じています。報道する側は、研究者は権威であり、誠実であり信頼できる人であるという前提に立って取材し、報道します。それが権威に寄り添った発表報道にもつながっているわけですが、そうした中で問題が起きているのだと思います。

 一方で、メディアの側の特ダネ意識という従来からある体質も強く影響しています。特ダネを取って個人や部署が社内で評価されたいという過剰な意識がある点も指摘できるでしょう。

── 科学報道が他の分野の報道と異なるのは、研究の分野があまりに専門的で、メディアの側で独自に検証できない面があるのではないでしょうか。例えば政治や経済分野なら、政策決定の舞台裏などを独自に検証することも可能ですが、巨大な装置を使ったり、極めて専門性の高い部分での研究だったりする場合はメディアの力で検証するのは難しいという面はないでしょうか

 確かにそうした点はあるかもしれません。研究室のなかで特殊な装置を使う研究などは、外からは検証しづらい面はあります。ただ、同じ分野の研究をしている他の研究者が多くいるのも事実です。そうした人たちに取材することでいろいろな見解が得られます。

 STAP細胞の件は、権威ある機関や権威ある学者が発表し、他の専門家も評価したことで、当初大きなニュースとして報道されたことは否定できません。それゆえに、報道する側は常に冷静になって、事象を距離を置いて観察し、批判的な視点も忘れないようにしなければなりません。

 科学ジャーナリスとは科学者の言葉をわかりやすくかみ砕いて一般の人に伝える「通訳者」の側面があります。そうした仲介者として役割を意識するあまり、専門家の発言に依存してしまいがちな傾向は否定できません。この点は十分注意する必要があると思います。

── 今後の科学報道はどうあるべきなのでしょうか

 科学的な考え方や研究の仕組みを理解できる専門性を持ったジャーナリストが主体的に問題意識をもって取材に取り組み、様々な分野の人に話を聞きながら評価・発信してゆく姿が理想的です。先ほど課題として指摘された研究成果の検証ですが、一つのメディアだけで対応するのは限界があるかもしれません。そこで、各メディアが協力し合い、多くの専門家の声が聞けるネットワークを構築し、そのネットワークを活用するのも一案です。

 「パナマ文書」の取材報道では各国のジャーナリストが連携し「コラボレーション・ジャーナリズム」を展開しましたが、この専門家ネットワークもコラボレーション・ジャーナリズムの一形態といえます。日本には、サイエンス・メディア・センター(SMC)という、私も設立に関わった組織が小規模ながらできていて、専門家ネットワークの構築を考えているので、SMCを利用することもできるでしょう。

 ジャーナリストとしては、取材対象から独立し、オープンな姿勢で多様な意見を受け入れる姿勢が重要だと思います。これは書く時に全部バランスを取らないといけないということではなく、得た知見をもとに、読者に対する誠実な気持ちを持った上で、自分なりの評価・判断を加えてゆくということです。こうしたことを実行できればより良い科学報道につながるのではないかと思っています。

瀬川至朗(せがわ・しろう)氏 1954年、岡山市生まれ。東大教養学部卒。毎日新聞社で科学記者として活躍。ワシントン特派員、科学環境部長、編集局次長など経て早稲田大学教授。現在、早大ジャーナリズム大学院でプログラムマネージャーを務めている。

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