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AirPodsはジョブズ後の初めての発明になるか? - 川手恭輔

 アップルが昨年末に発売を開始したAirPodsは、iPodとiPhoneの次の、そしてジョブズ後のアップルにとって初めての「発明」になる可能性を秘めている。それには、iPhoneの大成功によって生じたイノベーションのジレンマを克服する必要がある。


(著者作成)

完全ワイヤレスの音楽体験

 左右のユニットをつなぐコードすらない完全なワイヤレスのイヤホンAirPodsは、イヤホンジャックが消滅したiPhone7と同時に発表されて昨年10月の下旬に発売予定だったが、アップルから情報提供がないまま発売が遅延し、12月13日の深夜にオンラインストアでひっそりと注文可能になった。それも朝までには品切れになり、その後もアップルの店舗や量販店のウェブサイトなどで、限定数がゲリラ的に発売されてはすぐに売り切れるという状況が続いているようだ。

 iPhoneに蓄積されていたり、ストリーミング配信される圧縮された音楽は、着信音などとミキシングするために、iPhoneで伸張と再圧縮が行われてからAirPodsに転送されるので、音質はiPhoneに付属する有線のEarPodsよりも劣るだろうと諦めていた。しかしSpotifyの無料のストリーミングでロックなどの洋楽を聴いて十分に満足しているレベルの私には、むしろ音質が向上したようにも感じる。

 移動中とデスクでの仕事中は、音楽を聴く聴かないにも関わらず常にAirPodsをつけている。移動中はiPhoneでSpotify、デスクでの仕事中は接続をMacに切り替えてSpotifyやビデオ会議や動画の視聴など。洗面所で鏡を見て、つけていることを再認識するという感じだ。バッテリーとアンテナを内蔵した「うどん」と揶揄される耳から垂れる部分が太くなっているからなのか、コードが完全になくなったからなのか、EarPodsよりも装着感が薄れたにも関わらず落ちる気がしない。ジムで腹筋をしたりトレッドミルで走っているときに、耳から外れそうになったこともない。「うどん」の太さは、考え抜かれたデザインなのかもしれない。家人もビデオ会議の相手も、耳から「うどん」を垂らした私の姿にすでに慣れてくれたようだ。

Siriはまだ会話ができない

 手にしてから1カ月あまりで、すでにAirPodsは私にとって「なくてはならない」ものになっている。しかし急いでAirPodsを入手したのは、AirPodsでSiriと会話してみたかったからだ。

AirPodsを着けてのSiriとの会話は、映画「アイアンマン」の主人公トニー・スタークをアシストする人工知能のJ.A.R.V.I.S.(ジャービス)を思い出させる。ジャービスは、スタークが鋼鉄製のパワードスーツを装着して戦う時は的確な情報を伝え、普段はスタークの指示に従ってパワードスーツを開発するためのロボットをコントロールしたり、ちょっとユーモアのあるフレンドリーな執事の役割を果たしたりする。(過去のコラムより)

 パワードスーツを脱いだスタークはヘッドセットを着けてジャービスと会話するが、そのヘッドセットよりAirPodsの方がはるかに小さく断然クールだ。しかしSiriは、まだ会話ができない。

 SpotifyはSiriに対応していない(音楽アプリがSiriに対応するための開発環境が提供されていない)ので、Siriができることは「音量を変える」「曲をスキップする」「再生を止める」ことだけだ。それ以上のことをSiriに頼むには、Apple Musicを使わなければならない。

 しかしApple Musicを使っても、Siriとの会話体験はあまり快適にはならない。「音量を上げて」といった単純な言葉のリクエストであれば正しく処理を行ってくれるが、それでSiriは終了してしまうので、もう少し大きくしたいと思ったときは、もう一度AirPodsを2回タップしてSiriを起こす必要がある。ちょっと複雑な単語の組み合わせや、カタカナ(海外)のミュージシャンの名前や曲名はなかなか理解してくれない。「サイモンとガーファンクルの曲」をかけてもらうには、Siriを何度も起こして発音を変えてお願いしなければならない。話すのがちょっと遅れたり言い方を間違えると「聞き取れません」「わかりません」とすぐに終了してしまう。ちょっとした間の悪さと素っ気なさの積み重なりが、Siriを「なくてもいい」ものにしている。

Siriを「なくてはならない」ものにする

 Siriから呼び出されるアプリは、ディスプレイを備えたiPhoneで利用されることを前提に作られているので、Siriは「東京駅近くのレストランを探して」といったリクエストへの答えをできるだけ読み上げようとするが、最後にはiPhoneをポケットから取り出してアプリの画面を見ることになる。

 昨年、アマゾンのスマートスピーカーEchoが、米国とドイツで150万台の販売を記録したという。リビングルームやキッチンに置かれたEchoを通して、ユーザーはSiriよりちょっと賢いアマゾンの音声アシスタントAlexaと会話することができる。音声とテキストの双方向の変換はAlexaがやってくれるが、スキルと呼ばれるAlexaのアプリは、テキストだけで応答しなければならないという制約下でつくられている。

 ただしAlexaは、まだ英語とドイツ語しか話せない。スキルを開発するための環境(Alexa Skills Kit)では、ユーザーがどのような言葉でリクエストするかを、プログラマーが力技で列挙(テキスト表記)することになっているので、多言語対応はサードパーティーにとって大きな負荷になる。言語表現やテキストの表記が多様な日本語を話すことは特に難しそうだ。

 ユーザーの言葉を正確にテキストに変換(音声認識)し、その意図を正しく理解(自然言語処理)するには、人間によるプログラミングでは限界がある。グーグルの音声アシスタントGoogle Assistantは、機械学習によってそれらの精度を向上させている。

 アプリがSiriに対応するための開発環境(SiriKit)はジャンルを限定して提供されているが、むしろアップルは、自前の標準アプリだけでSiriを「賢く」することに取り組むべきだろう。Apple Musicやマップ(道案内)などで、AirPodsだけ、音声による会話だけで快適に目的を達成できるという新しい体験は、Siriを「なくてはならない」ものにするはずだ。

Siriはイノベーションのシーズ

 アマゾンとグーグルとアップルのビジネスモデルの違いによって、それぞれの音声アシスタントが果たす事業的な意義が大きく異なる。

 アマゾンは、Alexaと連動可能なハードウェアを開発するための開発環境もサードパーティーに提供しているが課金はしない。Alexaのスキルや、連動するハードウェアを増やすことによって、アマゾンのEコマースを利用する顧客を獲得し維持することが狙いだろう。

 グーグルは、Echoのようなスマートスピーカーや、SiriのようにGoogle Assistantを利用できる自社ブランドのスマートフォンを発売している。検索エンジン広告ビジネス一辺倒からの脱却を目指していると言われているものの、「その他の投資」に分類されるグーグルの本業以外の売り上げは1%にも満たない。Google Assistantの事業的な戦略は、まだ見えてこない。

 アップルのビジネスは、ハードウェアの販売が基本だろう。サービスからの収益が相対的に増えてはいるが、成長に陰りが見え始めたiPhoneの次のハードウェアを「発明」することが急務だろう。それにはアップルウォッチのようなiPhoneのアクセサリーではなく、人々がiPhoneに替えて手にするものを創ることも考える必要がある。Siriはそのシーズとなるはずだ。

 iPhoneがなくてもインターネットに接続してSiriと会話できるAirPodsは、ハンズフリーでビュー(視線)フリーの新しいコンピューティング体験を提供するチャレンジになる。AirPodsの充電ケースに補助的なディスプレイとモバイル通信(SIM)を組み込むことなどは、アップルにとってきっと簡単なことだが、iPhoneの成功を自ら破壊するイノベーションを起こすことは容易でないかもしれない。

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