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サッカーW杯出場国が50%も増える本当の理由。 - 多田稔

1月10日、国際サッカー連盟は、2026年のサッカーW杯の出場チーム数を現行の32チームから48チームに増やすと決定しました。
出場枠の拡大は、一連のスキャンダルによるダメージでスポンサー離れと減収に直面した国際サッカー連盟(FIFA)が新たな市場開拓を必要としたということだろう。が、インファンティノ会長はそうした側面より、W杯出場という夢の分け前にあずかれる国を増やすことが「サッカーの最高のプロモーションになる」と強調する。(「『大衆化』変質するW杯」日本経済新聞 2017/01/11付)

前回出場枠が拡大されたのは1998年のフランス大会で、このときは24から32へ8か国、33%の増加でした。今回の拡大は16か国、50%の増加ですから、いかに大胆な決定かが分かります。

この目的は、引用記事にあるように多くの国にW杯出場のチャンスを与えることでサッカー人気の底辺を広げ、スポンサー料や放映権料の増収につなげることのようです。確かにその側面はあるでしょうが、私はそれだけでもないような気がしています。今回はこのことについて考えてみましょう。

■国際サッカー連盟は“優良企業”


まず、数字でしっかりと現状を確認しましょう。国際サッカー連盟のホームページからダウンロードできる「Financial and Governance Report 2015」によると、2015年度の同連盟の収入は11億5,200万ドル(約1,267億円)です。前年の2014年度の収入は20億9,600万ドル(約2,300億円)ですから、確かに大幅な減収に直面しています。

しかし、ご存じの通り2014年はブラジルでW杯が開催された年です。収入は増えて当たり前で、その翌年に収入が下がるのもまた当然のことです。2010年南アフリカW杯の翌年である2011年の収入額は10億7,000万ドルでしたが、2015年の数字はこれを上回っており、確かにスキャンダルはありましたが、組織の屋台骨を揺るがすほどの減収に見舞われたわけではありません。

一方、支出の方は、2015年は12億7,400万ドル(約1,400億円)でした。2011年に比べると23%増加しており、この結果、ここ5年では初めての赤字に転落しています。

しかし、この支出増の原因については、レポート内でスキャンダル処理のための会議費や法務関連費など不測の費用がかさんだことが影響していると書かれています。つまり、2015年度に特有の事情が作用したのであって、この支出の増加は一過性のものであると考えるのが適切でしょう。基本的には、国際サッカー連盟の収益性は安定的な黒字体質と見て良さそうです。

同レポートに載っている貸借対照表を使って財務分析してみても、流動比率131%、固定比率76%、自己資本比率45%と、まるで経営学の入門書に出てくるような典型的な“優良企業”の体裁を整えています。

国際サッカー連盟の経営状況、財務状況はおおむね良好と言って差し支えないでしょう。

■枠拡大で、新規開拓は可能か?


当面の財務に不安がないのに、なぜ国際サッカー連盟は、W杯の価値を落としかねない出場枠の拡大に踏み切ったのでしょうか?

冒頭に引用した記事では、その理由を新規市場開拓の一環、と分析しています。そこで、今回の出場枠拡大の恩恵を受ける可能性が高い国として、2018年ロシアW杯のアジア最終予選に現在残っている12か国を抽出し、新規市場性がどの程度あるのかを考えてみましょう。

米CIAが公開している国ごとのデータ「The World Factbook」から、12か国の国全体のGDP、国民一人当たりGDP、総人口の3つのデータを取り出し、それぞれ上から並べてみました。すると、いろいろと興味深いことが分かってきます。

例えば、2022年W杯の開催地であるカタール(過去出場なし)は、国民一人当たりGDPは13万ドルあまりで断トツの1位ですが、人口が12か国中最低の220万人強しかいないため、国全体のGDPは下から3番目にとどまっています。また、人口と国全体のGDPで他を圧倒している中国(過去1回出場)ですが、一人当たりGDPにすると1万4,000ドルあまりで、シリア、ウズベキスタンに次いで下から3番目に低い数値です。

つまりこれらの国は、「金持ちは多くても人口が少ない」とか、「国は金持ちでも個人は貧しい」など、普及を促進するうえで不確実な要素が多いことが分かります。ましてや、シリアやウズベキスタン(ともに過去出場なし)といった、GDPも小さく、人口もそれほど多くない国が新たにW杯に出場しても、国際サッカー連盟への金銭的な貢献は少ないと考えられます。

「新規市場開拓」と言っても、なかなか一筋縄ではいかないのです。

■本当の目的は、“既存顧客の囲い込み”?


一方、抽出した12か国を上位6か国、下位6か国に分けてみると、3データすべてで上位に入っているのは韓国(過去9回出場)と日本(過去5回出場)のみです。またサウジアラビアとオーストラリア(ともに過去4回出場)は国全体のGDP、1人当たりGDPでは上位グループに入っており、人口も2,000万人以上と、比較的バランスが取れています。

国際サッカー連盟としては、これら出場常連国はカネ払いのよい“お得意様”でもあります。これらの国には今後もW杯に出続けてもらって、スポンサー料や放映権料を払い続けて欲しいと思うはずです。

しかし、出場国の枠が少ないと、これらの国が経済力で劣る国に予選で負けてしまうリスクがあります。実際、現在行われているアジア最終予選グループAでは、ウズベキスタンが3位、シリアが4位と、現在の規定でも出場を狙える位置にいます。9年後の2026年には、両国がもっと力をつけて日韓豪といったアジアの強豪を追い落とすかもしれません。

もしそうなったとしても、出場枠が広がっていれば、これまで通り“お得意様”をW杯に出場させ、高額なスポンサー料や放映権料の請求書を送り続けることができます。

これはマーケティング的にも理にかなっています。今後世界経済の飛躍的拡大が望めない中、企業がまず考えるべきことは「既存顧客を逃がさない」ことです。今の国際サッカー連盟の売上を作っている、出場常連国という“既存顧客”を囲い込む戦略が、今回の出場国枠拡大なのではないか、というのが私の見立てです。

【参考記事】
■富士フイルムの事業転換は、本当に"華麗な転身”なのか。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49986760-20161112.html
■シン・ゴジラでビルを破壊された三菱地所のBCPを勝手に考える。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49222132-20160802.html
■ロイヤルホストが24時間営業をやめる本当の理由。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50052834-20161121.html
■2018年開幕予定の「卓球プロリーグ」が本当に儲かるか計算してみた。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50185951-20161209.html
■「お近くの郵便局で、お手軽キャッシング!」という時代がやって来る!? (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50317197-20161227.html

多田稔 中小企業診断士 多田稔中小企業診断士事務所代表

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