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年末に「越年」現場を巡り、貧困バッシングについて考えた。の巻 - 雨宮処凛

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 さて、そんな今回の「炊き出しツアー」で、貧困バッシングについて考える大きなヒントを貰ったので、そのことに触れたい。

 私に大いなるヒントを与えてくれたのは、今回のツアーに1日参加した私の友人・A子 (30代独身、フリーランス)だ。

 彼女は30日、寿町と池袋の炊き出しに参加したのだが、その日の夜、一緒にご飯を食べていると、感想を話し始めた。「現場を見ることができてよかった」。そんなふうに語るA子は、池袋の炊き出しの後、ボランティアの人々が9時半から更に路上の人々にオニギリを配りに行くという話し合いをしているのを見て、感銘を受けたという。

 「わざわざオニギリまで配りに行くなんて、すごいなー」

 そんなふうに言っていたA子だが、お酒が進むにつれ、だんだんと「オニギリまで貰うなんて」「ちょっと甘えてるっていうか…」「もうちょっと自分でなんとかすればっていうか…」と、ホームレス状態にある人に対して、若干の苛立ちを滲ませ始めたのだった。

 「いやいやいや、今はたまたま年末年始だからいろいろやっててボランティアもたくさんいるけど、決して甘えてるわけでは…」

 なんだかしどろもどろになって言うと、A子は突然、叫んだ。

 「だって私、死ぬほどキツい中仕事してんのに、誰も私にオニギリなんかくれないんですよ!」

 そうしてA子は、続けた。

 「毎日『死ねよババア』とか言われながら生きてて、生きててもキツいことばっかですよ。だけど誰も助けてくれないし優しい言葉なんかかけてくれないしもちろんオニギリなんてくれないし!」

 A子の「魂の叫び」に思わず爆笑しながらも、なんだかそれは核心をついた言葉のように思えた。

 「誰も私にオニギリなんてくれないし」

 彼女が欲しいのは、もちろんオニギリなんかではなく、誰かの思いやりとか優しさとか、そういうものなのだろう。だからこそ、わかりやすい「善意の塊」である「路上の人々に配られるオニギリ」が無性に羨ましく思えたのかもしれない。

 それから話題は「フリーランスで仕事をするキツさ」に移っていった。A子も私同様、単身女性でフリーランス。常に100%どころか120%くらいの力で向かわないといつなくなるかわからない仕事。弱音を吐くことは許されないし、ちょっとでも「休む」ことも許されない。いつもギリギリの精神状態で仕事にしがみつかざるを得ない日々。それは私もまったく同じで、だからこそ、風邪でもこうして原稿を書いたりしてしまうわけである。そうしてフリーランスに限らず、今はほとんどの人がそんな労働環境の中にいて、周りの人間はかなりの確率で敵・ライバルで、もちろん弱音なんか吐けず、誰にも守られていない中で、どんなに満身創痍になろうとも仕事にしがみつき続けなければならない。なぜなら、失業したらアウトだから。

 最近、派遣で働く女性と話していて、驚いたことがある。パワハラが蔓延する職場で働く女性は、薬で「何も感じない」ような精神状態にして毎日出社しているのだという。また、別の派遣女性からは、パワハラやセクハラ、契約に関する不利益な話がいつあっても録音できるよう、職場では常にICレコーダーを肌身離さず身につけているという話を聞いた。

 そんなことが、「当たり前」の環境で私たちは生きている。何がおかしくて何がおかしくないかもわからないまま、すべてが少しずつ狂っているような世界。そんな中で、「他者や弱者への優しさを持て」なんていう方が無理なのかもしれない。

 さて、A子と話していて、あるテレビ番組を思い出した。それは少し前に放映された、NHKの『NEXT 未来のために 私は‟当事者”だった〜障害者殺傷事件が問いかけたもの』。この番組には、植松容疑者の残した言葉がどこか否定できないと告白する人々が登場する。障害を持つ自らの息子を長い間愛せなかった女性。また、障害者施設で働いていた女性は、仕事中に障害を持つ人に暴力を振るわれた時、彼らが「守られて」いて、そこで働く自分は守られていないということに複雑な思いを抱いたことを吐露した。

 「守られている」と思われている人々と、「守られていない」と感じる人々。ここに、「障害者差別」や「貧困バッシング」を巡る大きなヒントがある気がする。

 おそらくA子は、ホームレス状態の人々が、守られてはいないものの、自分よりは他者の善意を向けられていると感じたのだろう(しかし、前述したように、渋谷近辺だけで7人もが路上死しているという現実があるのだが)。

 と、ここまで書いて、なんだか小さく戦慄した。「障害者」や「ホームレス」が守られ、善意を向けられていると感じるほどに、普通に働く人々は「自分は誰にもどこにも守られていない」と感じているのではないだろうか。

 おそらくここに、「貧困バッシング」が生まれる下地があると思うのだ。

 では、なぜ私は、そしてホームレス支援などをする人々は、その貧困バッシングの罠にハマられずいられるのか。

 「余裕があるからじゃない?」と言う人もいる。それも一理あるかもしれないが、少なくとも私は違うし現場でもあまり感じない。私の中にあり、そして現場でも感じるのは、「人を生きさせない」システムに対する静かな怒りだ。ホームレスだから、障害者だから、貧乏だから。そんな理由で堂々と差別がまかり通り、尊厳を踏みにじってくるような政治や大きな力や行政の人々の態度や、そして人々の中に刷り込まれた差別意識への憤り。それは突き詰めていくと、「自分がそうされたら嫌だから」という一点に尽きる。

 さて、年明けには、ある集まりの新年会に行った。

 そこには、精神障害を抱える人々やこの年末に支援に繋がった人、この数年で路上から支援に繋がり、今はアパート暮らしをする人々などがいた。昨年の「ふとんで年越しプロジェクト」で支援に繋がった人や、路上を脱出してすぐの時から知っている顔がいくつかあったのだが、驚いたのは、みんながびっくりするほど明るくなっていたことだ。率先して場を盛り上げたり仕切ったりして、彼ら彼女らはとっくに「支援される対象」ではなくなっていた。支援者と元当事者が入り交じって、誰が支援者なのかもわからない感じ。人は「生きられる」算段がつき、安心して自分を出せるコミュニティがあり、いつでも相談できる場を得ると、こんなにも変わるのだ。なんだか、久々に「人間ってすごいかも」と圧倒されるような経験だった。

 そんなふうに、「人が変わる」姿を見ているから、私はこの現場が好きなのかもしれない。そう思った。

 この年末年始、多くの人が炊き出しや越年の取り組みで命を繫ぎ、そして多くの人が支援に繋がった。しかし、それは幸運なほんの一例で、この年末年始に貧困ビジネスにひっかかった人もいるかもしれないし、今も路上で凍える人がいる。空腹で、体調を崩し、途方に暮れる人がいる。

 もし、自分がそうなったら、助けてもらえる社会がいい。これを読んでいるあなたも、きっとそうだと思う。

 さて、2017年が始まった。

 安倍首相は新年そうそう憲法改正への意欲を滲ませ、アメリカではもうすぐトランプ新政権が誕生する。一体、どんな1年になるのだろう。

 年末年始に出会った人々にとって、そしてこれを読んでいるあなたにとってもいい1年になることを、心から祈っている。

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