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黒人の街ハーレムとゴスペル教会〜映画『ザ・バース・オブ・ア・ネイション』

 ハーレムには教会が180軒ある。密集度は日本のコンビニどころではない。ハーレム中のあちこちで教会が向かい合わせに、または隣り合わせに建っている。規模も建築様式もいろいろだ。大きく美しく荘厳で「これぞまさに教会!」という外観ゆえに映画のロケに使われるものもあれば、“ストアフロント・チャーチ”と呼ばれる、店舗だったところを借りて教会として使っているささやかなものもある。

 こんなふうだから日曜の朝のハーレムは世界中からやってくるゴスペル教会目的の観光客で文字どおりに溢れてしまう。優れたゴスペル・クワイアを持つ大きな教会の前には長蛇の列ができる。観光シーズンの夏には並んでも入り切れないことすらある。

 ゴスペル教会にやってくる観光客は圧倒的にヨーロッパ人で、近年は特にフランス人が多いように感じる。クリスチャンも少なくないはずだが、黒人教会のゴスペル、そして礼拝そのものが自分たちの教会のそれとは全く異なるゆえに観光として成り立ってしまうのだ。

 ゴスペル歌唱は日曜礼拝の一部であり、礼拝の最重要部分は牧師による説教だ。しかし黒人教会の場合は音楽、つまりゴスペルも非常に重要であり、長い時間が割かれる。日本から訪れる人が驚くことのひとつが、ゴスペル・クワイアのバックバンドにドラムがあることだ。カトリック教会の静謐にして壮麗な聖歌をイメージしている人は不思議がる。だが、黒人教会の多くはカトリックではなくプロテスタントであり、そして黒人音楽はジャンルを問わず、リズムこそが命なのである。いったん演奏と歌が始まれば、あとは説明不要なのだが。

 それでもゴスペルとは、つまり賛美歌であって、歌詞はすべて神への賛辞。どの曲でも「神を讃えよう」「神は素晴らしい」「神は万能」「神は他の何ものにも代え難い」といったフレーズが繰り返され、合間に「ハレルヤ!」「エイメン!」の声が挟まれる。

 ちなみに日本に於けるカトリック教会と黒人教会ゴスペルの混同は、映画『天使にラブソングを!』によってもたらされた。あの映画はウーピー・ゴールドバーグ演じる黒人キャバレーシンガーが白人ばかりの厳格なカトリック教会の尼僧たちに黒人教会式のゴスペルを歌わせ、思いっきりの開放感を与えるという物語だった。

■映画『ザ・バース・オブ・ア・ネイション』

 私自身はクリスチャンではない。しかし黒人教会の在り方を知ることは黒人文化と黒人社会を理解するための大きな助けになると考えている。

 昨年、アメリカでは黒人とキリスト教のなれそめを描いた『The Birth of a Nation』という優れた映画が公開された。ナット・ターナー(1800-1831)という実在の奴隷の伝記映画だ。幼い頃から聡明だったターナーは黒人奴隷でありながら聖書を学んで熱心なクリスチャンとなり、奴隷たちにキリスト教の教えを説いた。奴隷主がターナーに説教をさせた目的は、「奴隷主の言うがままに働けば天国に行ける」と信仰を利用して奴隷を使うことだった。自身の意思とは異なる目的で説教を続けざるを得なかったターナーは、やがて白人への謀反を企てる。奴隷たちを組織し、大量の白人を殺害する。だが奴隷たちも瞬く間に殺され、ターナーも処刑されてしまう。

 劇中、ターナーの説教がどんどんと白熱するシーンがある。白人に命じられ、銃を持った白人の前で奴隷を奴隷のまま繋ぎ留めておくための説教だった。ターナーは黒人を苦しめ続ける悪魔のような白人たちへの報復の闘いの物語を祈りの言葉に忍ばせた。

 「私は祈り、あなたは歌う。神への新しい歌を!」

 奴隷たちはターナーの言葉に呼応し、精神を高揚させ、両手を天に差し出し、涙を流し、足を踏み鳴らして祈る。現代の黒人教会の祈りのシーンと全く同じだ。200年も昔のことであり、録音や記録が残っているわけでもなく、この祈りのシーンが実際のターナーと奴隷たちの様子にどれほど忠実なのかは知る由もないが、黒人教会特有の祈りのスタイルがこうして出来上がっていったであろうことは想像に難くない。黒人たちは奴隷解放後も現在に至るまで延々と続く人種差別と、それに基づく貧困などさまざまな困難を抱えている。信仰と教会は今も精神の寄りどころとして無くてはならない存在なのだ。



※『The Birth of a Nation』はサンダンス映画祭で絶賛されてアカデミー賞の呼び声も高かったたものの、主役・監督・原作・脚本のネイト・パーカーの過去のレイプ事件が報じられたことにより2016年10月の公開時には広告もほとんど為されず、興行成績も不振。賞レースからも漏れ、国外公開もキャンセルとなった。KKKを描いた1915年の『The Birth of a Nation』(邦題:国民の創世)と同じタイトルなのはパーカーの意図による。

■教会で育つ子どもたち

 現代の黒人教会に足を運んでみると、当然だが至って平和的だ。教会員同士は笑顔で挨拶し、ハグや握手が繰り返される。ゴスペルが熱く、ソウルフルに、朗らかに、歓喜をもって歌われ、時にはシニア教会員によるダンスや子どもの合唱もある。牧師の説教があり、教会員へのお知らせもある。聖書の勉強会やイベントの告知だけでなく、教会員やその家族が亡くなったり、若い教会員が大学進学のために地元を離れるといったことが報告される。教会員たちはお互いを「ファミリー」と捉えている。

 牧師の話の内容は多岐に亘る。ある日、女性牧師が聖書の中の物語〜夫に先立たれた未亡人が息子まで亡くしてしまう〜を語った。牧師はこの話を現代の女性に置き換えた。

 「夫がアテにならなくて、息子までダメになっちゃって、そんな時に他人に『大丈夫よ』なんて言われてもどうしようもないですよね!でも、イエスは貴女を見ているのです!」

 ナット・ターナーと同じ手法だ。神の話、聖書の話を生身の信者に置き換え、リアリティをもって訴えかけていく。

 こうした礼拝中に気付くことが、幼い子どもたちの存在だ。親に抱っこされた、まだ1歳くらいの赤ちゃんもいる。話の内容は分からずとも、ゴスペルのリズムに合わせて身体を揺らしている。そのうちに少しずつ言葉が分かるようになるとゴスペルの歌詞、牧師の話を理解していく。家庭でもクリスチャンの親からクリスチャンとしての価値観を日常生活の中で教わる。こうして子どもたちは自然とクリスチャンに育っていく。ある程度年齢が上がると教会に通わなくなる子どもも多いが、その時点ですでにクリスチャンだ。信仰心の篤さは個人によるし、中にはキリスト教に馴染めず、他の宗教に改宗するケースもあるが、圧倒的多数のアメリカ黒人がキリスト教徒なのである。(続く)

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