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泳ぎ続けないと死んでしまう魚もいます

(我々はどこから来て、どこへ向かうのか:3)「経済成長」永遠なのか(朝日新聞)

 アベノミクスの大黒柱である日本銀行の異次元緩和はお札をどんどん刷って国債を買い支えるという、かなり危うい政策である。にもかかわらず世論の支持が高いことが不思議だった。

 思えば「成長よ再び」という威勢のいい掛け声と、「必ず物価は上がって経済は好循環になる」と自信満々の公約に、人々は希望を託したのかもしれない。

 希望をくじいたのはくしくも日銀が放った新たな切り札「マイナス金利政策」だった。昨年1月に日銀が打ち出すや世論調査で6割超の人が「評価できない」と答えた。いわばお金を預けたら利息をとられる異常な政策によって、人々がお金を使うようせかす狙いだった。これには、そこまでする必要があるのか、と疑問を抱いた人が多かったのだろう。

 政府も国民も高度成長やバブル経済を経て税収や給料が増えることに慣れ、それを前提に制度や人生を設計してきた。

 だがこの25年間の名目成長率はほぼゼロ。ならばもう一度右肩上がり経済を取り戻そう、と政府が財政出動を繰り返してきた結果が世界一の借金大国である。

 とかく経済系の言論は現実を力強く無視した信仰心溢れる代物が多いわけですが、それが朝日新聞の社説ともなれば内容の酷さは推して知るべきでしょうか。確かに「日本の」経済誌などからは総じて不評の金融緩和やマイナス金利ですけれど、この辺は余所の国では既に実績のある代物であって、むしろ日本政府の決定は「遅すぎる」と非難されこそすれ、危うい政策などと呼ばれるのは不当ではないかという気がします。何か現政権に問うべきものがあるとすれば、総理が口で言うほど「経済最優先」かどうか(別の政治的思惑を優先させていないか等々)辺りですよね。

 全体を通して時代錯誤や事実誤認を感じさせる作文ですけれど(これで編集委員が務まるのですから、偉い人は気楽なものです)、例えば「政府も国民も高度成長やバブル経済を経て税収や給料が増えることに慣れ、それを前提に制度や人生を設計してきた」との行はどうでしょう。まず事実としてバブルはおろか高度成長の時代以前から、社会保障制度も人生設計も成長を前提にして設計されてきたわけです。典型的なのは年金財政で、これは経済成長がなければ財源が破綻するように設計されている、決して高度成長やバブルへの「慣れ」に基づいて設計されていたのではなく、「それ以前から」経済が成長するという「常識」に沿って設計されています。

 世界的に見れば20年ばかり経済成長を止めてしまった日本が異常なのであって、日本以外の「普通の」国は上下動を繰り返しながらも経済成長を続けてきました。しかるに主要国では日本だけが成長を止めてしまった、これは日本のバブル後の政策の誤りを端的に示すものでしかありません。そして朝日新聞の社説では「もう一度右肩上がり経済を取り戻そう、と政府が財政出動を繰り返してきた結果が世界一の借金大国」と強弁していますが、現政権が異常な経済停滞を打破しようと財政出動に踏み切る前から、日本は借金大国でしたし、むしろ現政権ですら財政出動に躊躇して歩みを止めている部分もあるのが実態です。

 なぜ財政出動に消極的であった現政権よりも「前の」時代から日本「政府」の借金額が膨らんだかと言えば、それはまさに「経済が成長しなかった」からです。第一に日本「だけ」GDPが伸びなかったために、対GDP比での赤字額が他国よりも大きく見えてしまうこと、そして社会保障費は経済が成長しなくても増大していくためでもあります。経済成長を「目指さなかった」過去の政権下でも日本政府の借金は増大を続けていた、この現実に向き合うことが出来ているかどうかは、その論者が信用できるかどうかを計る尺度と言えるでしょう。

 経済史の泰斗である猪木武徳・大阪大名誉教授は、成長を謳歌したこの200年間を「経済史のなかではむしろ例外的な時期」と言う。そのうえで無理やり成長率を引き上げようとする最近の政策に異を唱える。

 「低成長を受け入れる成熟こそ、いまの私たちに求められているのではないでしょうか」

 成長の意義も認めてきた猪木氏が最近そう考えるのは、成長そのものの役割が変質してきたからだ。

 「かつて経済成長には個人を豊かにし、格差を縮める大きなパワーがあった。最近は国家間の経済格差は縮まったものの、上っ面の成長ばかり追い求める風潮が広がり、各国の国内格差が広がってしまった」

 この辺もまた目も当てられないと言いますか、まぁ経済学とは学問である以前に宗教ですから仕方ないのかも知れませんけれど、やはり現実に向き合う姿勢が微塵も見えません。まるで経済成長が国内格差を広げるかのようにミスリーディングが行われていますが、20年ばかり経済成長を止めた来た我が国の格差はどうでしょう。バブル崩壊まで全体としては格差の小さい国であったはずの日本は、急速に格差を拡大させてきたわけです。「経済成長に背を向けても、政府の不作為が続けば格差は拡大する」という事実を日本は国民の犠牲の上に証明してきたと言えます。反対に一人当りのGDPで世界の頂点に位置する北欧諸国が世界で最も貧富の格差の激しい社会であるのなら、まだ説得力はありますが、これも……

 だいたい成長を謳歌したこの200年間を「経済史のなかではむしろ例外的な時期」と言うのなら(実際にはこの200年の間にも大きな浮き沈みはあった、日本のバブル後のような「沈みっぱなし」こそ本当の例外なのですが)、国民主権や民主主義などは200年に届かない例外的な社会体制です。朝日新聞や「経済史の泰斗」よろしく近代を例外と見なして古代に退行するのか、それとも進歩するのか、どちらを好むかは個人の自由かも知れませんが、お偉いさんの退行指向に付き合わされる人がどのような被害を被るかは、理解されてしかるべきでしょう。少なくとも私は「例外的な時期」に入って初めて保証された人間の諸権利を重んじたいですね。

 「景気が回復したら、改革する意欲がなくなってしまう」と、小泉純一郎は語りました。小泉構造改革の旗の下、日本は成長を止め格差は大きくなりましたけれど、それは誰を喜ばせたのでしょうか。成長を続ける社会では、歩みを止めた者は後ろから走って来た人に追い越されていくものなのかも知れません。逆に日本のように止まった社会では、先にいる人が追い越されることはないわけです。デフレ下では、既に蓄財を果たした人の貯蓄が相対的に目減りすることはないのです。朝日新聞なり財界の高見から床屋政談を披露する「功成り遂げた人」にとって低成長社会ほど居心地の良いものはないのでしょう。

 しかるに成長を止めた社会では世界に取り残されてしまう、今や日本は「一人当り」のGDPで中堅国へと転落しつつあります。友達は皆が普通に手に入れられるものを、自分は(家が貧しいから)買えない、そういう領域へと日本は突入しようとしているわけです。(飢えるような)絶対的貧困にはまだ距離があっても、周りから取り残される相対的貧困は十分に近いところへと迫っています。

 そもそも経済が成長しない、すなわち将来的な収入増加が見込めない社会においては「未来への投資」が途絶えがちです。「いつかは豊かになる」ことが展望される社会であれば、当面は貧しくともローンを組んで車や家を買う人が珍しくありませんでした。しかし将来的な賃金の伸びが期待できない社会では、若いうちから守りに入ることを余儀なくされます。こうなってしまうと国内で消費が伸びない、国内企業はモノが売れなくなってしまう、経済が循環しなくなってしまうわけです。経済成長を止めた社会が持続するのは、自転車を漕がずに立っているのと同じくらい難しいと言えます。

 労働力の再生産が滞っているのも結局は、この辺に起因しているのではないでしょうか。将来的な収入増が見込めないから将来への投資が出来ない、そのような状況に置かれた若年層が子供を作って未来への種を蒔いてくれるかどうか、大いに疑わしいものです。将来的な成長が見込めない、現状維持がやっとの社会で行われるのは、成熟ではなく緩やかな腐敗=死です。既に確固たる地位を築いた人たちにとって緩やかに腐敗していく低成長世界は安住の地(あるいは終の棲家!)なのかも知れませんが、そこに次世代への希望はありません。

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