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ブログは本音メディアなのか?

■長いようで短かった10年

 当ブログを開始したのが2007年1月のことだったので、ブログを書き始めてから、早10年が経過したことになる。「短いようで長い」と「長いようで短い」という言葉のどちらかを選べと言われれば、後者になると思う。
 この年末年始に3本のブログ記事を書いたことで全記事数がちょうど500本になり、平均すると1年間で50本、1週間に1本のペースで書いてきたことになる。

 ブログを書いていて、この10年間で1番大きな出来事は、2011年にBLOGOS(当初はBLOGOS finance)に転載していただくようになったことだろうか。転載される少し前は私もBLOGOSの1読者だったので、BLOGOSに記載されている記事を目標に書いていた。
 ブログを書き始めた当初は、現在よりも文章が過激だったと思うが、BLOGOSに転載されるようになってからは、公的な意味も考えて、少し控え目になったことは確かだと思う。

 よくブログは「本音メディア」とも言われるが、実際のところ、完全な本音などはそうそう書けないと思う。「本音」と「建前」は読み手の解釈によっても左右されるので、どこまでが「本音」でどこまでが「建前」なのかという判断は難しいが、思っていることを包み隠さずストレートに言うことが「本音」あるいは「放言」「暴言」であるとするならば、私自身も完全な本音は書いていないと思う。やはり、どこかに遠慮というか、オブラートに包んだ書き方をしているとは思う。
 2ちゃんねる掲示板などには、どぎつい本音(?)が書かれていたりするが、ブログであんな書き方をすると炎上間違い無しだろうと思う。私自身は2ちゃんねる掲示板の雰囲気には馴染めないので、書き込みをしたことはない。

■ブログで完全な本音が書けない理由

 「本音」ということで言えば、皮肉なことに現状では、ブログよりも書籍の方が規制が緩いと言うか、ブログ媒体よりも本音が書かれていることが多いように感じることがある。リアルタイムで多くの人に言論チェックされるブログよりも、書籍の方が誰にも気付かれることなく本音が出回っている場合がある。現代では発禁を喰らう書籍は滅多に無いが、炎上するブログは後を絶たない。メディア側が規制していなくても、読み手が(自覚が有る無いに拘らず)検閲のような真似事をしているため、書き手(ブロガー)自身が自主規制を敷くことになる。それが良いことなのか悪いことなのか分からないが、ブログ記事はそれだけ人目に触れる機会が多いということなのだろう。

 書籍の場合は、内容全てを読んだ上で反論や批判が為されるが、ブログの場合、直ぐさま反論や批判ができるオンライン構造ということもあり、内容云々よりも、タイトルや1つの言葉だけで言葉狩りに遭遇するリスクが高くなる。私も少し経験があるが、ブログのタイトルだけで批判してくるような人もおられる。
 本を読む人の場合、長文を読むことに慣れた人が多いせいか、文章すべてに目を通してから判断が為されるが、普段から本を読まない人の場合、ブログに訪れたとしても、どこまで読んでくれるか分からない。ブログ閲覧者が1PVとしてカウントされることに違いはなくても、内容をどこまで読んでくれたのか、また理解してくれたのかが分からないので、予期せぬ事態に及んでしまうリスクがある。
 そんな構造的問題を抱えているので、ブログが完全な「本音メディア」というのは少々無理があると思うし、完全な「本音メディア」である必要もないのかもしれないと思う時がある。

■ブログのコメント欄について

 この負の構造を理解されてか、世間の多くのブロガーはコメント欄を閉じている。あるいは条件付きでコメント欄を開かれている。当ブログは今のところ、コメント欄をオープンにしているが、あまりにも建設的でないコメントばかりになるようなら、条件付きのコメント欄にするかもしれない。
 BLOGOSの方でもコメント欄を閉じられているブロガーが多くおられる。私はコメント欄を閉じる気は無いが、閉じられている人の気持ちも理解できなくはないので、悩ましい問題だと思う。紳士的(建設的)にコメントされている人には失礼な言い方になるのかもしれないが、誹謗中傷のようなコメントは想像している以上にストレスになるものなので、その辺のところは仕方がないと思う。

 5年程前は、BLOGOS会員だけでなく、非会員もコメントできるようになっていたと思うので、今よりも賑やかで様々な意見が読めて興味深かったが、ブロガーと閲覧者の間で見解の相違が生まれると余計な問題が起こり得るので、ある程度の責任が持てる会員のみのコメント欄になってしまったのではないかと思う。
 その判断は正しいとは思うものの、コメントはできなくてもいいから、記事をどう判断するかというフェイスマーク等は残してもよかったのではないかと思う。Twitterのコメントも読めなくなった現在、会員以外の人が評価する何かしらの目に見えるシステムが有った方が良いのではないかと思う。

 最近では、BLOGOS内の様々な記事を見ていても「支持する」数よりも、Facebookの「いいね!」の数の方が多いという場合が多い。個人的に思うのは「支持する」という言葉は、どこかブロガーを上位に置き過ぎているような感じがするので、返って押しづらくなっているのではないかと思う。そういう意味では「いいね!」なら、フレンドリーな感じがしてそれほど気を遣う必要もない。
 「支持する」ボタンは有るのに「支持しない」ボタンが無いのはおかしいというようなコメントを見たことがあるが、「支持しない」ボタンが無いのは悪用される場合があることを考えてのことだろうと思う。これも、先のフェイスマーク(笑顔や怒り顔など)なら、気兼ねなく押下することができるのではないかと思うのだが…。

 話が少し横道に逸れてしまったので、元に戻そう。

 私がブログ記事を書く時は、書くネタを決めるのみで、記事の内容も結論もほとんど考えないで書くことが多い。そういう人も多いと思うが、書いている(考えている)うちに内容や結論が浮かんでくる場合がほとんどなので、タイトルもキャプションも後付けになる。

 正直なところ、10年前にブログを書き始めた時は、せいぜい50本、多くても100本でも書ければよい方かなと思っていた。しかし、実際に書き始めてみると不思議なもので、時間とネタさえあればいくらでも書けるという感じに変化していった。今後は1000本を目標に書いていきたいと思う。

 ブログを書くという行為も「案ずるより産むが易し」なので、能力や技術云々よりもまず「書こう」と思うことがスタートになる。ブログを書くか書かないかを迷っている人がいるなら、ケセラセラの精神で迷わず書き始めてほしいと思う。

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